4-5 販路開拓への助力
ジェラルディーナが放った鷹ファルコは、今度は早く戻って来た。翌日の夕方である。
距離的には順当な往復の時間だが、今回は早いなと、彼女は少しばかり首を傾げる。
ファルコが持ち帰った文には、短い言葉が並んでいた。
『記載されていた住所に、すぐ送る。数日後には着くだろう』
(ライは、忙しいのだろうか?)
ジェラルディーナは、レジネッタの王都にいる筈の婚約者、ライ・カルストンを思い出した。
以前同じように路銀の手配を頼んだ時は、わざわざ自分で持って来たというのに。
(まぁ、あの時は、ついでだと言っていたからな・・・)
そうと解っていても、あまりに短い事務的な文に、何故か残念な気持ちになる。
わざわざ持ってこられても、困りこそしないが面倒ではある。それなのに、こうなったらなったで、何か物足りないような気になるのが不思議だ。
そして数日後、文の通りに早馬がやって来て、金貨の入った袋を彼女に渡した。
「手紙は、無いのか?」
ジェラルディーナが問いかけると、彼の部下らしい男は、生真面目な顔で答えた。
「はい、ございません」
それだけだ。
「そうか、レジネッタの様子はどうか?」
「特に変わりはございません」
問われたらそう答えよ、と言われているように思えた。
ジェラルディーナは、気にはなったが、それ以上なにも聞かなかった。
サリオスが細工師に送った手紙の返事は、半月後に届いた。彼が希望した携帯用の砥石と一緒に届いた手紙の内容は、歓喜の言葉に溢れていた。
素晴らしい原石だと褒めたたえ、創作意欲が湧くと書いてあり、出来ればもっと欲しいとあった。サリオスはアニス兄弟と相談して価格を決め、返事を送る。小さな取引だが、それは継続され、やがてフォッシルのアクセサリーは流行するようになるが、それはずっと先の話である。
ジェラルディーナのお陰で当面の生活費は何とかなったが、それに頼る訳にもいかない。サリオスと、元気になったアストリアは、この街にもある依頼所で依頼を引き受けて働きだした。サリオスは害獣退治や獣の素材集めがメインで、アストリアは採集だ。サリオスが請け負った依頼には、ジェラルディーナが鍛錬の意味もあるからと付き合い、アストリアにはフェローが一緒に行くことが多い。トゥーレとケィティは、またこの街でもレシピ売りを再開した。
やがて数カ月がたち、彼らは漸く以前と同じ装備を整えることが出来、アニス兄弟の商売も軌道に乗り始めた。
そろそろ旅を再開しようかと一行が考え始めた頃、アニス兄弟から相談を受ける。
販路を拡大したいのだが、何か良いアイデアは無いかと言うものだった。
「現在は海路での貿易なので、少しばかり不安定なんです。海難事故の危険もありますし、天候次第で欠航になることもあります。幸い今までは順調で、資金もそれなりに出来たので、ここで新しい販路を開拓したいんですよ」
兄のイオルが言うと、ウィットも傍で頷く。けれどアストリアたちには、商いの知識など無い。困っていると、ジェラルディーナが口を開いた。
「レジネッタの方と、取引はしないのか?まぁ、こちらも海路がメインになるのか」
ここライトフルとレジネッタ南端の町とは、一応街道で繋がってはいる。ただ崖の一部を通れるようにした隘路なので、あまり商売には向かなそうだ。
するとウィットが、頭を掻きながら答えた。
「それも考えたんですけどね、そもそもレジネッタと取引すると、どうしても親父が関係してくるんですよ。少なくとも今はまだ、スターアニス商会とは絡みたく無いなぁ、って」
百戦錬磨の大商人である父親や、その下で修業を続けている長兄とは、距離を取っておきたいと考えているのだろう。足元を見られる可能性もあるし、こちらが擦り寄っていると思われたくないのだ。
すると今度は、トゥーレが言った。
「そうなると、後は北の方ですね」
北には断崖絶壁と言えるような、山肌が連なっている。山脈と言うより、規模の大きな海岸段丘に近いのかもしれない。
その岩壁を縫うような山道が、あるにはある。けれど馬さえ通れないような、細くて岩だらけの山道なのだ。ロッククライミングよりはマシ、というレベルらしい。
「そうですね。そうなると、人が背負って山道を上り下り出来るような商品しか扱えなくなります。断崖を上がってしまうとゲルチュタール王国なのですが、あの辺りは一応辺境扱いになっていたと思います・・・けれど、あまりよく知らないのです」
イオルが眉を顰めて、全員に告げた。旅人ならば、多少は知識があるのではないかと思っての言葉だ。
サリオスはアストリアを顔を見合わせ、彼女が頷くと意を決したように口を開いた。
「私とアストリアは、ゲルチュタールの公爵家の出だ。今は領地を離れて旅をしてるが、王国内のことは多少知識がある」
そう前置きして、彼は話し出した。
「ゲルチュタールの南、つまりあの断崖の上辺りは、確かに辺境扱いになっている。けれどその地形のお陰で、特に軍事的な防衛設備を置かず、領主も辺境伯のような扱いは受けていない。確か、ルセル・プロスパー子爵の領地だったはずだ。子爵は、温厚な人柄だ。詳しい地理は解らないが、農村が点在していたと思う」
するとそれまで黙って話を聞いていたアストリアが、口を挟んだ。
「確か、水晶が採れる洞窟、と言うか穴があるんじゃなかったかしら。昔お母様が自慢していたブローチが、そこで採れた水晶だって言っていたの。凄く質が良いらしいわ」
「そうか、宝石か!」
アニス兄弟は、揃って声を上げた。
水晶は、結晶の状態で採掘できる。質の良いものを選び、結晶の状態で運べば、重量のわりに売値は高くなるだろう。人が背負って山道を運ぶことも、楽にできるはずだ。
「それで、こちらから持って行く商品は、ナツメヤシで良いと思う。あの地方は果物の類があまり採れないはずだから、珍しい事もあって喜ばれるんじゃないかな?」
ナツメヤシなら、売るほど(当たり前だが)備蓄されている。アニス兄弟は、相談した甲斐があったと喜んだ。
そしてその後、サリオスが提案する。
「その取引を続けながら、あの山道で運ばずに済む方法を作ってはどうだろう?」
「は?・・・方法?」
「・・・空を飛べ、とか言わないですよね?」
意味が解らないと言う彼らに、サリオスは少年のように目を煌めかせて言った。
「リフトさ。昇降機だよ」




