5-8 ライとの再会 そして別行動
その夜だった。
焚火を囲んでいたアストリアたちの元に、暗闇の中から1つの騎影が駆けて来る。
気づいた馬たちが警戒の声を上げると、3人は直ぐに立ち上がって足音の方向を見つめた。
サリオスは剣の柄に手を添えて身構えるが、ジェラルディーナはハッとして緊張を解いた。
「ライっ!」
焚火の近くで馬から跳び下りた男は、ジェラルディーナの婚約者、ライ・カルストンだった。
「無事だったんだな、ジェラルディーナ。探していたんだ、ずっと」
駆け寄ったライは、彼女の手を取って恭しく口づけをする。作法通りの仕草は、彼の冷静さを表しているようだ。
「それはこっちの台詞だ。だが、とりあえず会えて良かった。話を聞かせてくれ」
ジェラルディーナは、相手が婚約者であるとは思えないほど、冷静に言葉を紡ぐ。今は、唯ひとり残った王族としての立場を優先している。
「解りました」
ライは、そんな婚約者の態度に応じて口調を改め、焚火の傍に腰を下ろして話し出した。
クーデターの顛末は、あちこちで拾い集めた噂と殆ど変わりは無かった。
ただその直前に、カルストン公爵家では、突然の出来事が起こっていたと言う。
「父である公爵が、亡くなったのです。私はその時、領地と王都からも離れていました。訃報を聞いて戻る途中で、クーデターが起きたのです。王都の状況を知って、とりあえずこっちに来たのですが、父の死には不審なことがありました。病死と言うことでしたが、私は毒殺ではないかと思っています」
ライは俯いて、それでも淡々と話し続ける。
「今は、父の死を秘しています。王都の状況は少しずつ知らせが入って来ていますが、私はこっそりと館を出て、貴女を探していました。ファルコが来たので、近くにいると解りましたから」
鷹が戻ってこなかったのは、本当の主の命を優先したからだと解る。
一緒にジェラルディーナのところへ行くと、ライがファルコに言ったのだろう。そして鷹に導かれて、彼は彼女のところに来たのだ。
ライ・カルストンの話を聞いて、サリオスが尋ねる。
「そうするとライ殿は、カルストン公爵になったという事で良いのですか?」
後継ぎとしての手続きは済んでいる筈で、父が亡くなったらのならそうなるのが当然だろう。けれどライは、頭を振った。
「いいえ、正式にはまだですね。現在王都では、クーデターの首謀者であるジュエラー男爵が、将軍王を名乗って戴冠式を行うと聞いています。彼が私を後継ぎと認めるかどうかさえ、解りませんので」
正式な文書が届いていないので、ライの立場は宙ぶらりんだということらしい。
彼のそんな話に、アストリアは違和感を感じた。
「だが実質的に、今領地を管理しているのはライだろう?とりあえず、館に行かせてもらっても良いか?今後の事を、相談したい」
ジェラルディーナが、そう言って許嫁の顔を見る。彼は笑みを浮かべて答えた。
「数日前あたりから、不審な人物がいると言う知らせを受けています。王都からの諜報員の可能性がありますが、3人なら夜のうちに裏門からこっそり入れば大丈夫でしょう」
アストリアは、ずっとライの顔を見ていた。
そしてそれまでずっと黙っていた彼女は、彼に向かって尋ねる。
「他の諸侯の動向について、解っていることはありますでしょうか?」
「え?ああ、それらについても、館でゆっくりとお話しましょう」
アストリアはゆっくりと焚火の始末をしながら、更に言った。
「ザっとで構いません。片づけをしながら、聞こうと思うので」
ライは、軽く首を傾げながら話し始めた。
「下級貴族の殆どが、将軍王の配下であるということくらいでしょうか。王都に近い領地を持つ貴族は、おそらくこの先恭順の姿勢をとってゆくのではないかと思います。王都から遠い諸侯たちについては、まだ解っていません。クーデター勃発時に、それぞれの領地に戻っていたようなので、今はそこで様子見なのではないかと思います」
現時点での兵力の違いで、そうするしかない状況になっていると思える。
「有力貴族ならば、南の方だとダコール伯やギムレット侯だな。後はモンテファスト公国とゲルチュタール王国、両方の国境付近が領地のクライ辺境伯か」
ジェラルディーナが、思い出しながら付け加える。
アストリアは、焚火の中から最後まで消えずに残った1本の木を手に持って、静かに立ち上がる。
そしてその灯りで、それぞれの顔を照らしながら言った。
「でしたら、手分けして調べたら良いと思います。私たち3人は、北へ。ライ様は、南へ。今から出発すれば、それだけ早く解りますよね」
そして更に、口早で話し続けた。
「許嫁同士が一緒だと、あちら側にとっては解り易くて目立ちますから、別々の方が良いでしょう。ファルコがいるから、お互いの連絡は問題ないでしょう。私たちは今までずっと、一緒に旅をしてきましたので、ご心配には及びません。レジネッタに入ってからも、何も問題なくここまで来れましたし」
「あ、いや・・・」
ライはアストリアの言葉を遮って、口を挟んだ。
「ひと晩くらい、館で休まれても・・・」
けれどアストリアは、きっぱりと言い切った。
「私、せっかちなんです。ひと晩の遅れが、大切な何かを取りこぼしたり、失ったりすることもあると思うので」
にっこりと笑うアストリアだが、せっかちと言う言葉がこれほど似合わない彼女だ。
けれど彼女の言う事は、確かに尤もだと思うジェラルディーナとサリオスである。
「それじゃ、夜のうちにもっと北の方へ移動するか。夜間の方が、人目に付かないしな」
サッサと愛馬に荷物を括りつけるサリオスに、残る2人も倣った。
「では、ファルコをまた借りてゆく。南の方は頼んだぞ、ライ」
ジェラルディーナは、颯爽とフォルテヴェローチェに跨って、自分の許嫁に声を掛けた。
夜の中に消えてゆく3つの騎影を、呆気に取られたように見つめるライ・カルストンは、眉を顰めて小さく溜息をついた。
「・・・・上手くいかんな・・・」
そして踵を返すと、ライはカルストン公爵家の館へ戻った。
奥の一室に向かい、その扉をノックして入る。すると直ぐに、声が掛かった。
「ああ、戻ったか。王女は?」
「ジェラルディーナ王女は、北の方へ向かいました。ここに連れて来ることが叶わず、申し訳ありません」
初老の男性は、カルストン公爵その人だった。




