4-3 遥か遠い海の記憶
仲間たちと笑い合いながらも、アストリアは必死に考えていた。
この状況を何とかする手立ては無いだろうか、と。
(・・・何にしても、現状の把握かな?)
今、どの辺りにいるのかさえ解らない海の上だ。
「ジェラルディーナ、ファルコを飛ばしてくれない?陸地の方向が解るかもしれない」
肩に鷹を乗せた王女は、大きく頷いた。
するとトゥーレも、提案してくる。
「ヤーコも行かせましょう。ファルコのような強い翼はありませんが、陸地に辿り着けたらなら救援を求める言葉がしゃべれます」
「そうだな。ファルコ、ヤーコのサポートをしながら飛んでくれ。出来るな?」
鷹は甲高い鳴き声を上げ、翼を広げて舞い上がった。
〈ヤーコ、ガンバルーーーッ〉
ヨウムもそう叫びながら、鷹の後を追うように飛んだ。
上空に舞い上がったファルコの高さを目測したジェラルディーナは、けれど小さく溜息をつく。
「あの高さまで上がらないと、陸地が見えないのだろう。かなり遠そうだから、助けが来るとしても時間が掛かりそうだ」
それまで、自分たちはもつのだろうか・・・馬たちも含めて。
そんな中、沈みかけていた船尾部分が、急激に海に吸い込まれてゆく。
それによって出来た大波が、アストリアたちがいる舳先部分に来た。
筏のようになっている部分は、大きく揺れてザブンと海水が掛かる。
「ぅわっ・・・プ・・・」
舳先部分が壊れたり沈んだりするようなことは無かったが、アストリアさえも頭から海水を被ってしまった。
その瞬間、彼女の胸元から滲みだす様に、薄桃色の光が漏れた。
(えっ⁉)
思わず胸に手をやると、固い手触りに気付く。
(あ、これ・・・)
それは砂漠の民の老人から、お勧めされて買ったペンダントヘッドだった。薄桃色の貝のフォッシルが入っている物を革ひもに通してもらい、アストリアはそれ以来、服の下に隠してずっと身に着けていた。
襟元からそれを引っ張り出すと、フォッシルから宙に湧き出る靄が多くなって光り出す。
(な、なに・・・これ?)
アストリア以外の全員が、目を丸くしてその様を見つめた。
やがて淡く光る薄桃色の靄は、少しずつ形を作る。それは、裸の幼児の姿だった。
長い髪の細い房が、宙を踊るような様子は触手のようにも見えるが、禍々しい感じは微塵も無く神々しさを感じる。
〈やっと・・・来れた。感謝する・・・ありがとう〉
透き通るような子供の声が、静かに響いた。
〈我の親は、この海を統べるものであった。何億もの子のうち、我だけがその力を受け継ぎ、長じたら代替わりする予定だった。けれど・・・それは叶わなかった〉
宙に浮かぶ薄桃色の幼児は、穏やかな笑みを浮かべて続ける。
〈長い長い間、石の中に閉じ込められている時間の中で残った思いは、海に還りたいということだけだった。そして今、最後に叶った〉
遥か遠い昔の、海を統べるものの子は、海原に視線を投げる。
〈我はもう、直ぐに海に溶けて消えるだろう。だがその前に、礼と義務を果たそうと思う。この海は我がいた頃とはすっかり様変わりしているが、それでも声は伝わる筈だから・・・最後にフォッシルとしての役割も果たすことができて・・・ただ嬉しく・・・満足だ・・・〉
そして薄桃色の幼児の姿は、静かに波の間に沈んでいった。
「何だったんだ・・・あれは・・・あ、あれは何だ?」
呆然と呟くサリオスの目に、遠くから海面を跳びながら高速で泳いでくる生き物の姿が映る。
それを見たアストリアが、驚きの声を上げた。
「イルカ!あれって、イルカじゃない?」
一頭のイルカが、数頭の仲間を連れて泳ぎ寄って来た。
キュゥーーーキュゥーーーコココッ・・・
高い音程の鳴き声を上げ、先頭のイルカが筏の上に頭を乗せる。それはまるで、任せて下さいと言っているかのようだ。
他のイルカたちは、それぞれが馬たちの腹の下に入り、グッと持ち上げるようにして浮くのを助けている。かなり疲れが出ていた馬たちは、それでだいぶ楽になった。
「ぅわわわっ!何だ、あれっ!」
その時、ふいにフェローが海面を指さして叫んだ。
波立つ海面は、少し先で大きく盛り上がっていた。
そして次の瞬間、巨大な山のような身体が姿を現す。黒光りする背中が、海面から浮き上がって静止した。
「今度は・・・クジラ?」
巨大な体の浮上で立った波に揺られながら、アストリアは声を上げた。
イルカもクジラも、以前図鑑で見た記憶があるだけだ。特にクジラは、熟練の漁師たちでさえ、生涯に一度も見ることが出来ないくらいに珍しいと書かれていた。
船とぶつかって沈没させるとも言われる、伝説級の海の王者。いや、大海の皇帝とさえ呼ばれている。
「次から次へと、物凄いですね・・・」
トゥーレが口を開くと、イルカたちが筏をクジラの方へ寄せてくれる。
「これは・・・乗り移れって事か?」
サリオスの言葉も待たず、ジェラルディーナはひらりとクジラの背に飛び乗った。
「大丈夫そうだ。意外に滑らん。多分馬たちも、乗れるだろう」
何やら雄々しくクジラの背に立つ王女様の言葉に、遭難者たちは馬たちも含めて全員が乗り移った。
「・・・不思議なことが、あるものね」
潜ることなく海面を泳ぐクジラと、その近くをついて来るイルカたち。
お伽噺の光景のような状態に、アストリアは小さく呟いて、胸元に下がるペンダントヘッドを握り締めた。
今はただ黒光りする石となったそれは、フォッシルが抜けだしたかのように沈黙している。
「世界は本当に、不思議に満ちているな」
サリオスは、風に頬を嬲らせながら、どこか楽しそうに声を上げた。
やがて前方から、ファルコがゆっくりとこちらに向かって飛んで来る。
その後ろから、何艘かの船が付いて来ているところを見ると、案内しながら飛んでいるらしい。
きっとヤーコは、先頭の船の舳先に止まって、叫んでいる事だろう。
〈スグニツクヨーーーーマッテテーーーー〉と。




