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その瞳 煌めく時   作者: 甲斐 雫
第4章 海と新しい出会い

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4-2 海難事故と2人の商人

 数日後、定期便の船に再度乗船し、アストリアたちは船上の人となった。

 船は島を出航すると、大陸の海岸線に沿って航行する。見える遠景は断崖絶壁の岩肌で、ここから次の寄港地までは、ずっとこんな感じだという。


 アストリアは再び船酔い状態となり、吐き気・頭痛・悪寒の3点セットと、嘔吐に苛まれながらバケツを抱える日々だ。

 それでも、精神的には前回よりずっと楽だった。

(辛さも二度目だと、少し楽に感じるから不思議・・・先が見えるっていうか、何て言うか・・・)

 苦痛とは、先の不安で増加するものなのだろう。どのくらい続くのか、終わりがあるのか、それが解るか解らないかで相当違う。我慢のし甲斐があるのなら、なんとか頑張れるものなのだ。

(お産も、二度目は楽だって言うし・・・)

 そんな経験などは無いが、昔年配の侍女がそう言っていたのを思い出した。


 数日が過ぎ、明日には次の寄港地が見えるところまで進んだ。

 けれどそんな時、急に天候が悪化し始める。

 見る見るうちに真っ黒な雲が頭上に広がり、暴風に加えて叩きつける様な豪雨が降り始めた。

 大嵐の到来だった。


 船員たちは駆け回って帆を畳み、何とか船を安定させようとするが、こんな近海で大嵐に遭遇することは今まで無かったようで、彼らも半ばパニックである。


 アストリアたち乗客は、船室に閉じこもっているように言われたが、サリオスとジェラルディーナは手伝うと言って飛び出して行った。

 フェローも、馬たちの安全を優先させると言って、船底の馬房へ行く。


「俺たちも手伝う!指示してくれ!」

 甲板に出たサリオスが叫ぶと、船員たちが次々と怒鳴った。

「おう!助かるぜ。こりゃ最悪だ、あっちのロープを切ってくれ!」

「クソッ、樽がっ!」

 サリオスが剣を抜き放ってロープを切り、ジェラルディーナは甲板を転がって邪魔になる樽や木箱を破壊していった。

「船長が、マストを切り倒せって!」

「斧、持ってこいっ!」

 船員の大声が飛び交う中で、剣士と女戦士は嵐で揺れる甲板の上を、難なくバランスを取って駆けた。


 船底の馬房では、フェローが馬たちを出来る限り自由にしてやっていた。万が一の場合、例えそれが海の中でも、泳げるならば助かる可能性があるからだ。

「みんな、落ち着いて。外は大嵐だ。何かあったら、とにかく泳いでくれよ」

 フェロー自身も恐怖は湧いてくるが、精一杯落ちついた声で話かける。


「ヒヒィィーーン!」

 その時、ヴェルトライゼンテが高く嘶いた。

 それを聞くと、他の乗客の馬たちまでもが静かになる。マイネレーツェルさえもが、グッと気迫を籠めて集中しだした。


 一方船室では、揺すられる箱の中の人形のように、アストリアたちはもみくちゃになっていた。

 テーブルも椅子も音を立てて転げまわり、床が水平になってる時など無い。アストリアもベッドで横になってなどいられず、トゥーレやケィティと一緒に、必死に壁に掴まっていた。

「あっ泡だて器の中の、卵みたいですぅ~~!」

 手を離せば、転がって揺すぶられて、身体の中身がぐちゃぐちゃになりそうだと叫ぶケィティだが、どうしてやりようもない。


「アストリア様っ!大丈夫ですかっ!」

 バケツがゴロゴロと転がる中、トゥーレが何とか彼女の傍に来た。

「だっ・・・だいじょう・・・ぶっ」

 船酔いよりも、命の危機だ。アストリアは深呼吸して、何とか落ち着こうと努力した。



 そんな必死の努力を嘲笑うかのように、嵐は船を翻弄する。

 そして漸く、少しばかり風雨が収まったかと思った時、最悪の出来事がやって来た。


 ドガンッ!!!

 バギバギバギッ!!!


 船は流され、海底から飛び出していた岩礁にぶつかり、座礁してしまった。

 甲板にいた船員たちは、衝撃で吹き飛ばされて海に落ちる。

 けれどサリオスとジェラルディーナは、その身体能力で何とか船にしがみつくことが出来た。


 座礁しながらも、船体は激しく何度も揺れ、その動きで何とか岩礁からは離脱したが、それでもその損傷は酷すぎた。

 船体に亀裂が走り、呆気ない程バラバラになりつつある船は、沈没寸前だった。


 トゥーレは、アストリアとケィティを抱えるようにして、斜めになった甲板から出る。

「こっちだ!来れるか⁉」

 サリオスが叫んだ。

 彼はジェラルディーナと共に、舳先に近い甲板にしがみついていた。3人は這うようにして、彼らの元へ何とか辿り着く。

 その瞬間轟音が響いて、船は真っ二つになった。


 その後、何がどうなったのか、アストリアは正確に覚えていなかった。

 ふと気が付くと、自分は船の舳先部分にしがみついていて、とりあえずそこが一番安全な場所だと解る。服の裾は濡れていたが、波しぶきも掛かっていなかった。


 サリオスとジェラルディーナは、トゥーレとケィティを引っ張り上げ、少しでも安定の良い場所まで移動させている。

 雨は止み、風も収まりつつある中、直ぐ近くの波の間に、馬たちとフェローの姿が現れた。


 ヴェルトライゼンテは悠然と泳ぎ、フォルテヴェローチェはその体力の物を言わせてフェローを背に乗せたまま泳いでいる。

 マイネレーツェルも、不格好ながらも、何とか必死に泳いでいたし、カスターニョとブチも無事のようだ。


 とりあえず、仲間たちは全員無事だった。

 いつの間にか空に避難していたファルコとヤーコも、それぞれの主の肩に戻る。

 ホッと息を着いた時、彼らの耳に男たちの声が聞こえた。


「お~~い、助けてくれ~~~」

「・・・あっちは、沈んじまう~~~」


 半分溺れる様な格好で、こちらに向かって泳いでくるのは、若い男性が2人だ。

 見れば船の後ろ半分、真っ二つになった船尾側は、少しずつ海の中へ沈もうとしている。


 アストリアたちがいる場所は、大きな筏程度の大きさしかない舳先部分だが、それでも6人プラス2人ぐらいは何とか乗れそうだ。

 引き上げて貰った2人は、何とか生き延びることが出来た乗客だったようだ。彼ら以外は、全員海に沈んだらしい。


 そんな時、トゥーレがアストリアに声を掛けた。

「かなり揺れていますが、ご気分は大丈夫ですか?」

 いつも通りの優しく穏やかな声は、この状況には似つかわしくない。けれどアストリアは、小さく溜息をついて返した。

「思い出しちゃった・・・忘れてたのに」

 そうして、胃の辺りを手で押さえる。

 すると今度はジェラルディーナが、声を掛けた。

「バケツは失ってしまったからな。吐くなら海へ頼むぞ」


 その会話に、仲間たちは笑う。

 この状況は、どう考えても最悪だと思う。助けが来るとは思えないし、今も馬たちは海に浸かったままだ。このままでは、全員が馬も含めて助からないと思えるが、それでも彼らは笑った。


(この人たち・・・何者だ?)

 助けられた若い男たちは、ただ呆気に取られて彼らを見つめるのだった。



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