3-23 港町ロンザンから船出
マグリブの都フェザに着くと、後宮の市の日に、アストリアは再び露店を開いた。
持ち込む商品は前回よりグッと少なくし、フェローとケィティを連れてゆく。護衛役の2人は少し心配げだったが、今回はあの小麦色の肌の娘と会う事が目的なので、終わったら直ぐに店を畳んで戻るつもりだと言って、門の外で待機してもらう。
そうして後宮の裏庭へ入ったアストリアだが、目指す娘は直ぐに現れた。
「あっ、またお会いできて嬉しいですっ!いつかまた、きっと来てくれるんじゃないかって思ってたんです」
あの時の娘は、前回と同じように数冊の薄い本を抱えていた。
「多分、ここに来るのはこれが最後になると思うけど、気になってたから来たの。あの本の作者に、手紙は送ったの?」
アストリアが言うと娘は、嬉しそうに答える。
「ええ、実はもう何度もお手紙を交換させてもらってるの。お互いに名前で呼び合って、厳重に包装した例の種類の本を交換したりしてる。私の友達も文通したいって言ってるのよ。アンの方も、この前の手紙で、同行の士の友達が出来たって書いていたわ」
アストリアは、嬉しくなった。
あの公爵令嬢に、そういう友人が出来たこともそうだが、マグリブの後宮とバシケーンの御令嬢たちの間に、交流が芽生えたことが凄いと思う。
アストリアはあの柔和な笑みを浮かべ、娘に頼んだ。
「手紙を、アンに届けてもらえる?最後に、伝えておこうと思う事があるの」
露店の台の上で急いでしたためる手紙は、短いけれど心を籠めたものだ。
以前貰った自分とジェラルディーナの話を、譲ってしまったことに対する謝罪から始まって、今の自分たちの事を書いた。そしてまた遠くへ旅立つことと、アン公爵令嬢が同じ趣味の友人を得た事を喜び、彼女の幸せを願った。
そして最後に、遠く隔たった異なる地方の間に、交流の芽が生まれた事の素晴らしさを書く。
『平和だから出来ること。互いに共通の想いがあれば、理解し合う事や相手を尊重することが出来ること。それは小さすぎるくらいの芽かもしれないけれど、いつかそれが育って、両方の地方がお互いを理解し合えるように広がっていけば、平和や友好も夢では無いと思う』
それは馬鹿々々しすぎるほどの、楽観的な文章だったかもしれない。
それでも常に1は、いや0・1でも、必ずゼロより大きいのだ。
だからアストリアは、大真面目に書いた。
遠い未来でも、いつかこの国に友和が生まれることを心から祈りながら。
そして一行は、都を離れて北を目指した。
マグリブの港町ロンザンは、活気のある町だった。
交易も盛んなようで、海からの様々な品は都へ送られているようだ。港には大小さまざまな交易船や、漁船が数多く停泊していた。
一旦宿を取った一行は、連れ立って町中に出る。
アストリアは、行儀悪くナツメヤシを齧りながら歩いていた。
「アストリアは、本当にそれが好きだな」
呆れたように言うジェラルディーナが言うと、彼女はあっけらかんと答える。
「船出したら、もう食べられないかもしれないしね。だからここでも、買っておこうと思ってる」
小袋の中からもう1つ、赤茶色の実を取り出して再び口をつけるアストリアに、サリオスは苦笑いでそれを見る。太るぞ、と言いたかったが言わずに済ませた。
船着き場に来ると、漁船から荷揚げされた魚類を、籠に仕分けながら賑やかに集う女房たちがいる。猫たちがうろつき、頭上にカモメの群れが舞う場所を、アストリアたちは貨客船を探して歩いた。
ロンザンの港からの航路は幾つかあったが、彼らは南へ向かう船を探していた。
エポカドーロ国の南は、険しい山脈が連なっている。そこを越えるよりも、海路で向かった方が楽なのだ。しかも山越えのルートでは、アストリアとサリオスの母国ゲルチュタールを掠めることになる。まだ、出来るだけゲルチュタールと距離を置きたい2人にとっては、船での旅の方が気楽でもある。
南へ向かう貨客船は中型の帆船で、それは直ぐに見つかった。
海岸線を辿るように、幾つもの町や村に寄港するその船は、住人にとって大切な足なのだろう。船賃も左程高くなく、危険も少なそうなその船旅は、海そのものが生まれて初めての者が殆どの一行にとっては、とても都合が良かった。
「南の町や村には、どんな景色や珍しいものがあるのかしらね」
アストリアは、緑の瞳を煌めかせながら、青い海に立つ白波を眺めて呟いた。
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次の第4章では、海と岩壁の町を舞台に、新しい出会があり、捨てた筈の公爵家の現状を知るアストリアたちになります。そろそろ旅の終わりが近づいていきます。




