3-22 剣と双刀は満天の星空の下で
サリオスとジェラルディーナは二手に分かれ、なだれ込んで来るバシケーン隊の両側に接近した。
戦場での名乗りも省略し、2人は馬上で抜刀すると、そのまま突っ込む。
サリオスの剣が翻り、最初の相手の腕を手綱ごと切り落とす。血煙が上がる中、ヴェルトライゼンテはその類稀なる速度で駆け抜け、馬上の主が次々とバシケーンの騎馬兵の身体を切り落としてゆくのを助ける。それは疾風怒濤の体現でもあった。
抜刀したジェラルディーナも、相手の騎馬兵たちの中へ突っ込み、縦横無尽に双刀を振るった。フォルテヴェローチェはぶつかる相手の馬を跳ね飛ばし、そのパワーと気迫で圧倒する。血煙を背景とするその姿は、侵略し続ける烈火のように見えた。
突然現れた正体不明の、とんでもない攻撃力の敵に、バシケーンの騎馬兵は驚愕する。
あっと言う間に、辺りには戦闘不能になって馬から落ちた兵士の身体や、その身体の一部が転がった。
悲鳴にも似た呻き声が響く中、サリオスとジェラルディーナは更に相手の兵力を削いでゆく。
そしてフェローは得意の矢で、ファルコは空からの急襲で、2人を的確に援護した。
その様子を、マグリブの騎馬兵たちも目を丸くして見ていた。
「あれは・・・助っ人か?」
「鬼神のような戦いぶりじゃないか。凄すぎる・・・」
それでも彼らが味方であることは、間違いない。
彼らは砂地を軽々と移動しながら、数の上をの不利をものともせずに戦った。
満天の星空の下、美しいまでの動きを見せながら戦う剣士と女戦士は、相手の隊の戦意を着実に奪う。
人馬一体で疲れも見せずに刃を振るうその姿に、味方は鼓舞され、敵はその数をみるみる減じていった。
やがてバシケーン側から撤退の合図が響くと、攻め入って来た彼らは這う這うの体で逃げてゆく。それを確認すると、サリオスとジェラルディーナはさっさと姿を消した。
ドリューの町へ戻った彼らは、宿に入ってトゥーレたちに報告する。
「お疲れ様でした。皆さん、ご無事で何よりです」
ホッとしたように迎えるトゥーレとケィティは、暖かい食事と共にサリオスらを迎えた。
「ありがとう。お陰で、上手くい行ったよ。1回だけで、目的は達成できないと思うから、まだ何度も出て行かないといけないがな」
サリオスの言葉は、確かにその通りだろう。
彼らが話し合って決めた事。
それは、両地方の戦力の拮抗を目指す、と言う物だった。
バシケーンが攻め入って来る度、必ず確実に、手痛い被害を与えて追い返す。マグリブ側の力をバシケーンに知らしめて、そう簡単に思い通りにはさせないという意思を見せつける。
けれど、マグリブからは決して向こうに攻め入ることはしない。
寧ろ、余裕を見せつけることが出来ればなお良い。
それによってバシケーンに、考える時間を与え、とりあえず一旦、先端が開かれる時期を延ばす。
それはその場しのぎの策に違いないが、少なくとも時間稼ぎにはなる。
ヴェール公のやって来たことは、それと似たようなものだっただろう。だからきっと、この行動は彼の遺志に沿うものだと思う。
そしてそれから、アブドゥルや老人に手伝って貰って、バシケーンが攻め入る切っ掛けを全て潰すために、サリオスとジェラルディーナは何度も戦いに赴いた。
月日が流れ、やがて少しずつ状況が変わってゆく。
マグリブは2人の助っ人を天の助けと捉え、2人を神格化するほどにまでなった。
バシケーンも、マグリブの強さを思い知らされ、生半可な戦力では目的を達することは出来ないと気づく。
ある時、アストリアがケィテイに言った。
「人と人が仲良くなるのと違って、国や地方が仲良くなるのって凄く難しい。人の数が多ければ、それだけ色々な考えの人がいるでしょ。現在仲が良いと言われている国や地方って、それぞれ相手に対して嫌悪感や無関心を抱く人の数が少ない状況なのよ」
できるだけ解り易く話すアストリアに、ケィティは何度も頷いた。
「今のマグリブとバシケーンは、そういう人たちが多いのよね、きっと。そこでバシケーンの領主王や貴族たちが、マグリブを飲み込んでしまおうと計画したみたいね。それはバシケーンの宮廷内の情報で、解ったことよ。だから一旦攻め入ることを止めても、次はもっと準備を整えてやり直す可能性はあるわ」
ケィティは、暗い顔になって呟く。
「よく解らないけれど、つまりまた同じことが起きるっていうことですか?」
けれどアストリアは、穏やかな表情で微笑んで見せた。
「そうね、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。未来がどうなるかは誰にも解らない。でも、戦なんて無い方が良いって思う人が、増えたら変わるかもしれないし、私たちのように考えて行動する人達が出てくるかもしれない。悲観的に考えてもどうなるか解らないなら、後のことは任せたって気楽に考えても良いのよ、きっと」
私たちに出来ることはやった。
後は、エポカドーロの人々が考えて行動すれば良い。
突き放したような考えだが、異国人である自分たちが出来るのはここまでだという客観的な意見である。
やがてケィティは、いつも通りの向日葵のような笑顔で言った。
「そうですよね。私たちは、私たちなんだから、後は任せましょう」
それから数日後、ジェラルディーナが仲間たちに告げる。
「老公の遺志は、これで出来る限り果たしたと思う。お爺様は、きっと笑って頷いてくれているように思えるんだ。だから私たちは、また旅を続けないか?」
このエポカドーロの地で、自分たちも多くの事を学び、実践で鍛えることも出来た。
決して満足できる結果では無かったかもしれないが、現実はきっとこんな物なのだ。ジェラルディーナがそう思えるならば、仲間たちに否やは無い。
一行は老人とアブドゥルに別れを告げ、再び旅立った。
天の助けとして砂漠に遣わされた戦神のような2人は、やがてベルペル人の昔語りになる。
青鹿毛の馬に乗った『青い風の剣士』と漆黒の馬に乗った『赤い炎の女戦士』が、砂漠の平和を守ったという話だが、それはずっと後の事で、サリオスとジェラルディーナがそれを知ることは無い。
旅を再開するにあたり、どちらの方へ進むかという話になる。
バシケーンに入るのは、流石に危ないだろう。マグリブ側で戦った2人の姿は、かなり知られている筈だ。そうなると、方向的にはマグリブの都へまた向かう方が良いだろう。
「そう言えば、アブドゥルから聞いたんですが、都の北の方に港があって船が出ているそうですよ」
滞在中に小さな砂漠の民と仲良くなったフェローが、ニコニコしながら言った。
するとアストリアが、同じように笑顔で言う。
「都へ行くなら、また後宮の市に参加したいわ。あれからどうなったのか、ちょっと聞いてみたいことがあるの」
それはバシケーンのアン公爵令嬢に手紙を出したいと言っていた、あの娘の事だ。
もし文通が出来ているのなら、自分もあの公爵令嬢に手紙を書きたいと思っていた。
それなら先ずは、マグリブの都へ行こうと決めた一行であった。




