3-21 再び地方境へ
サリオス、アストリア、ジェラルディーナ、トゥーレ、フェロー、ケィテイ。
6人は、集まって話し合った。
「バシケーンとマグリブ、両方の状況は大体解った。この場合、どうすれば大がかりな戦を止められると思う?」
サリオスが口火を切ると、暫しの沈黙の後、トゥーレが答える。
「両国の関係を良くする、と言うのはかなり難しいと思います。文化の違いが相当隔たっているように思いますし、互いにそれを受け入れてゆくようでもありません」
バシケーンは、マグリブを侮ってように思える。
マグリブは、そもそも自分の地方以外の文化を、受け入れるような雰囲気では無さそうだ。
次にジェラルディーナが、口を開いた。
「そうだな、昔のように1つの国の2つの地方として、仲良くやってゆくのは困難だろう」
重い空気が、一同の間を漂う。
そしてアストリアが、声だけは穏やかに告げた。
「国力や兵力の差で、バシケーン側はこっちが有利だと思っている。このままだと、バシケーンが攻め入って、泥沼のような戦乱状態になると思う。両地方の友好は無理なら、とりあえずバシケーンに境界侵犯を諦めさせるのが、現実的じゃないかな」
自分たちに、大掛かりな戦を止めることが出来るような、軍隊や政治力がある訳では無い。
けれど何かしら出来ることがあるなら、それはきっと現場での働きなのだ。
一行は、もう一度地域境に近いドリューの町へ戻ることにした。
砂漠と化石の町、ベルペル人がいる宿場町だ。
アブドゥルがガイドしてくれたルートを逆行する旅だったが、何とか最短時間でドリューの町に到着した。
前に宿泊した宿に行き庭を見ると、あの時の老人が今日もまた敷物の奥にちんまりと座っている。
「お爺さん、お元気?」
そそくさと駆け寄って、話しかけるアストリアに、老人は驚いた。
「どうしたね?戻って来たのかい?」
「こっちに用事が出来たのよ。アブドゥルは元気にしてる?」
ニコニコと話す彼女に、老人も笑みを返す。
「ああ、今日ももう直ぐ来るんじゃないかの。弁当を届けになぁ」
部屋を取ることは兄たちに任せて、アストリアはアブドゥルが来るのを待った。
やがて彼は、以前と同じようにロバを引いてやって来る。そして彼女を見ると、祖父と同じように驚いた。
「アストリア様!どうなさったんです?・・・都で、何かあったんですか?」
「ううん、都での用事が済んだから戻って来たの。こっちでやることが出来たのよ。それで、聞きたいんだけど地方境の辺りで、変わったことは無い?」
アストリアたちはここドリューの町を拠点として、バシケーンの様子を見張るつもりだ。
おそらくだが、バシケーン側が大掛かりな戦を始めるなら、その切っ掛けになるような出来事が必要だろう。開戦の理由なら、後で何とでも作れるだろうが、攻め入る理由付けは自分たちの士気を鼓舞するためにもあった方が良い。
些細な事でも良いから、変わったことがあるなら教えて欲しいというアストリアに、アブドゥルはそれならと口を開いた。
「一昨日、従兄のナビールが来たんだけど、何か襲われそうになったって言ってたよ。なあ、爺ちゃん?」
すると老人は、話の後を引き継ぐように教えてくれる。
「儂らベルペルは、家族単位で生活しとるんだ。親戚付き合いも大事にしとる。ナビールはもっと北の方の村で暮らしとるが、嫁さんを貰ったんで挨拶に来たんじゃよ」
新婚夫婦は、地方境近くの道をラクダに乗って旅していたそうだ。
するとバシケーンの方角から、馬に乗った兵士らしい騎馬が駆けて来たという。その数は少なかったが、武器を手にしたその様子に、ナビール夫婦はすぐさま逃走に入ったそうだ。
「朝っぱらから野盗の様な様子だったらしいの。じゃが、儂らベルペルにとっては、砂漠は庭みたいなもんじゃ。上手いこと流砂のある方へ誘導したり、砂が深い場所を選んで逃げて、上手いこと逃げおおせたんじゃよ。何で兵士たちが襲ってきたのかは解らんが、一応ここに来ているマグリブの兵士には伝えておいたよ」
成程とアストリアは頷いた。
(多分、マグリブの兵たちは、襲撃された辺りを調べに行くでしょうね。バシケーン側は、それを待っているんじゃないかな・・・そして、そこから・・・)
おそらく地方境のバシケーン側には、かなりの数の兵力が集まりつつあるのだろう。何時でも攻め入ることが出来るような準備を、進めているはずだ。
(マグリブの兵士たちがドリューの町を出るのは、夕方だろうから・・・)
アストリアは、アブドゥルに尋ねた。
「ナビールさんたちが襲われた場所、解る?案内してくれない?そこまで連れて行ってくれたら、後は離れた所で待っていてくれればいいから」
「解るけど・・・行ってどうするんです?」
「行けば、解るわ」
アストリアがそう言った時、宿の中からサリオスが出て来た。
「部屋は取れた・・・」
兄の言葉を遮って、妹が叫ぶ。
「兄さん、急いで支度して。実行する時が来た!」
それだけで理解したサリオスは、宿の中へ跳び込んで行った。
アブドゥルが案内した場所は、地方境のすぐ傍で、宿からは数時間の距離だった。
アストリアの他には、サリオスとジェラルディーナ、そしてフェローがいる。
地方境を示すのは主に簡素な土塁だったが、その場所は辺りの灌木を使った脆弱な柵になっている。おそらく攻め入る場合に、楽なようにしてあるのだろう。
アストリアたちは少し離れた砂丘の上で、沈む夕日を背に受けながら、その場所を見下ろしている。
やがてマグリブの一隊が、砂煙を上げて駆けて来る。数は100騎程度だが、馬とラクダが半々だ。砂漠に慣れた傭兵たちは、見事な馬術で辺りを調べ始める。
それを待っていたのだろう。
バシケーン側から、柵を蹴散らして、数百もの騎馬が飛び出して来た。全てが軍馬で構成された隊は、雪崩のようにマグリブ側に攻め入って来る。足元が砂であることなどお構いなしだが、バシケーンの騎馬術も素晴らしいものを持っているので、あまり不利にはなっていない様に見えた。
「兄さん、ジェラルディーナ。お願いね」
アストリアが声を掛けると、剣士と女戦士は、頷いて砂丘を駆け下りてゆく。
その頭上には、1羽の鷹が舞っていた。
「それじゃ、フェローもお願いね。充分距離を取って、援護をよろしく」
「はい、かしこまりました」
矢筒を背負ったフェローは、初めて従者から従卒としての仕事を任される。それでも気負う事無く、愛馬の腹を蹴って駆けて行った。
「不満そうね、レーツェル。でも今は、これが私たちの仕事。万が一、こっちに兵士が来たら、私を守ってね」
アストリアは愛馬から降りてその額を優しく撫でると、目立たぬように砂丘の陰に隠れた。
そしてレーツェルと一緒に腹這いになり、遠くの戦いを見つめるのだった。




