3-19 砂漠の夜とマグリブの情勢
砂漠に沈む夕日は、見事の一言だった。
オレンジ色に染まる砂丘。クリーミーなオレンジ色の砂が、太陽が沈むにつれて輝くような色へと変わってゆく。砂と空が燃えあがるような色どりは、砂丘の表面に描かれた砂紋を際立たせる。
煌めいているのは、砂粒なのだろう。
そして沈む太陽に背を向ければ、地平線から上がって来る夜の帳。
壮大な景色の中で、サリオスは元より、他の仲間たちも感激していた。
一生のうちで、こんな光景を拝めるとは思ってもいなかった。これが旅の、醍醐味なのだと。
アブドゥルは、ガイドの経験もあり、礼儀正しく朗らかだった。単調な砂漠の旅の中で、楽しい会話を心掛けてくれる。高等教育など受けていないはずだが、覚えることと考えることを、厳しい自然の中で育んできたのだろう。
「マグリブって、どんな感じ?暮らしぶりとか、名物とか。都の様子も、知っておきたいの」
アストリアは、気さくに話しかけ、この砂漠の小さな民と会話を楽しむ。
アブドゥルは、先ずエポカドーロの民族性について話した。
「そうですね、オイラ達ベルペル人は、数は少ないけど結構尊敬されて?・・・う~~ん、ちょっと違うけど、特別扱いされてる感じです。エポカドーロ人でも、家族や親戚にベルペル人がいると、それだけで自分はベルペルだって言うくらいなんです。元々エポカドーロ人は、海の向こうから来た渡来人なので、歴史が浅いから、古い伝統を持つベルペルに憧れてるのかも」
楽しそうに相槌を打つアストリアに、アブドゥルはさらに続ける。
「だから結構仲良くやってるんですよ。マグリブのエポカドーロ人は、自分たちの母国の伝統を守りながらも、オイラ達の暮らしも尊重してるって感じです」
「マグリブの伝統って、どういう感じ?」
「都の中の事はあまり良く知らないんですけど、領主王っていう人がいて、王宮には後宮があって、貴族たちはそれぞれ領地を持ってて、贅沢に暮らしてるみたいです。一度都の中で行列を見たことがあるんですが、ヴェールを被った女性が、腕や腹を丸出しにした格好でした。ビックリでしたけど」
どうやらマグリブの宮廷文化は、かなり異質のようだ。
へぇ、と言ったきりちょっと言葉に詰まるアストリアである。
「都の中の普通の人たちは、暮らしは質素だけど楽しく過ごしてるみたいです。毎日、広場に市が立つし、物売りや見せ物なんかも多くて賑わってます」
そんな話を聞き、アストリアは首を傾げた。
「戦が起こりそうな気配は無いの?」
「バシケーンとの戦ですか?・・・どうでしょう・・・」
アブドゥルは褐色に日焼けした顔をで、首を傾げた。
バシケーンとの関係は、もう随分昔からだという。アブドゥルがまだ幼い頃から、地方境の近くでは小規模な争いが頻発していた。それは領民間の喧嘩だったり、家畜や作物の奪い合いだったり、発端は小さな諍い程度だった。たまにそれが、地主同士の争いになったりもしていた。
けれど少し前までは、私兵や傭兵たちが戦って、どこからか仲裁が入り、収まるのが常だった。それはおそらく、現役だった頃のヴェール公の働きだったのだろう。
アブドゥルは、考えながら続ける。
「そう言われてみれば、近頃都の中でも、粗暴な者たちが増えてるような気がします。多分ですけど、傭兵が集まりつつあるのかもしれません。この地方の戦は、地方の地主たちが私兵や傭兵を集めて、騎馬で戦うのが普通らしいです。地主同士の争いは多いですけど、大規模な戦って無いんですよね。だから都の人々も、あまり深刻になっていないんじゃないかなぁ」
それでもバシケーン側の状況は、嫌でも解る。
もし攻め込まれたら、全力で戦うだろうが、マグリブ側からは攻め込む意思は無さそうだ。
「砂漠の戦では、こちらに分があると、皆考えているんだと思います」
アブドゥルの言葉は、マグリブの状況をある程度正しく表していると思われた。
纏めてみると、戦に積極的なのはバシケーンの方であり、攻め込むのはそちらであるだろう。
ただ客観的に比較して、例え地の利がマグリブにあるとしても、兵力はバシケーンの方が大きいと言える。
この場合、どのようにすれば戦が避けられるのだろう。
マグリブの都フェザは、異国情緒あふれる街だった。
人々の衣服は開放的で、肌の露出が多いように見える。ロバも多いが砂漠に適したラクダもいて、賑やかな街中は陽気な喧騒に包まれていた。
「何だか、緊迫感は感じられないな」
ジェラルディーナが言う通り、バシケーンのようなピリピリした感じはない。暢気な国民性なのだろうか。あまりにも違う雰囲気と文化に、肩透かしを食らったような一行だ。
とは言え、一応は情報を集めなければならない。
けれど今回は、政治の中枢である王宮に入る手立ても、貴族と呼ばれる富裕層に近づく伝手もないのだ。
「一応都の周囲と街中をザっと調べるか。いつも通り、俺とジェラルディーナで行くが、王宮や貴族たちに関することは、任せて良いか?」
サリオスの言葉に、アストリアは頷いた。
「解ったわ。とりあえず、王宮に入れる方法を探してみる」
フェザの街は、象牙色だった。石造りの家々が密集し、飾りは小さなタイルを張り付けて模様を作っている。細い路地が多く、旅人にとっては迷子になる危険性が高そうだ。
アストリアたちは王宮周辺だけを歩き回り、さり気なく聞き込みをした。すると意外にも、王宮に入る方法が難しくないと知る。
「月に一度、王宮の裏手にある庭で、ちょっとした市が立つのさ。後宮の女たちが買い物をするんだよ。女たちは外に出られないから、そこで必要な物を揃えるんだ。露店の数に制限があるから、中に入りたいなら早い者勝ちなんで、前日から並べばイイぜ」
そんな情報を仕入れたアストリアたちは、早速適当な品物などを用意して、前日から門の前に並び、中に入ることが出来た。
時間になると、露店が並ぶ庭に女たちが出て来る。身分が高い王妃や側室たちは来れないので、その侍女や使用人たちだ。
月に一度の買い物は、彼女たちにとっては最高の楽しみなのだろう。給金が少ない下女でさえ、ウキウキわくわくと言った顔つきで、露店を見て回る。
焼き菓子や果物、化粧品やアクセサリー、文具や本を扱う露店もある。
そんな中、アストリアたちは仕入れて来た古着や雑貨などを持ち込んでいる。当然荷物は多くなるが、それが狙いだった。運び込むのに必要な男手ということで、サリオスとトゥーレも商人の格好で参加している。念のための護衛も兼ねていた。
売り手はアストリアとフェローで、今回ジェラルディーナとケィティが留守番だった。
がやがやワイワイと賑やかな庭の中で、世間話として王宮内の様子を聞き集める彼らだったが、流石に後宮内なのか、サリオスとトゥーレに注目が集まっていた。




