3-18 砂漠と先住民族
「ああ、そうじゃよ。お嬢さん、何か気に入った物は有るかね?」
地面に敷物を広げて物売りをしている老人は、日焼けした皺だらけの顔を上げて、穏やかに答えた。
ごわごわした感触の敷物の上に並べられているのは、小さな置物の様なオブジェや、穴が開いているペンダントヘッドらしきものだ。けれどどれも綺麗に磨かれていて、古代の生き物の姿が見えている。
「これ、全部遠い昔の生き物なのよね?」
アストリアが確かめるように言うと、老人は手元の石を磨きながら、笑顔で答えた。
「ああ、そうじゃよ。儂らベルペルは、これらをフォッシルと呼んでおる。フォッシルが入っている岩や石は、この砂漠の中で稀に見つかる物なんじゃ。儂らは昔から、フォッシルをお守りとして身に着けておる。1つのフォッシルは1つの禍を遠ざけると言うてのぅ」
アストリアはその瞳を煌めかせながら、並んでいる品を眺めた。
「このペンダントヘッドは、お幾らなの?私、あまりお金は持っていないんだけど・・・」
基本、兄に養われている彼女である。
「銀貨1枚じゃが、値切りもオッケーじゃぞ」
老人は、笑いながら言った。
ここマグリブでは、購入価格の交渉が日常で、言い値で買う事は殆ど無いという。交渉そのものを、コミュケーションの一部として楽しむような文化があるらしい。
アストリアは小銭が入った袋に手を入れ、中身を掻きまわして全部を掴み取るような仕草を見せた。そして、貨幣を掌に見せて老人に見せる。けれどそれは、所持金の半分ほどだ。
「これで、どう?」
少しばかり寂しそうな顔つきになって言う彼女に、老人は笑みを深くして答えた。
「合わせて、銅貨7枚だね。ああ、それで良いよ」
騙したわけでは無いが、アストリアの思惑は見抜かれていたらしい。けれどそれを咎めることも無く、老人は鷹揚に受け入れた。それらを含めて、コミュニケーションなのだろう。
「それじゃ、どれが良いかの?」
「う~~~ん・・・・これ」
アストリアは、真っ黒な地に薄ピンクの貝のようなフォッシルを選んだ。
「おお、これは儂もお勧めじゃよ。この色は珍しいんじゃ」
「これは巻貝なの?形はカタツムリの殻みたいだけど、この断面だと中に沢山仕切りがあるみたいに見えるわ」
こちらで言うところの、アンモナイトの化石に近いものだろう。
すると老人は、悪戯っ子のような顔で答えた。
「他にも別の形の貝みたいな物もあるしの、儂なんぞは、もしかしたら大昔には、ここに大きな湖があったんじゃないかとこっそり思ってるんじゃ」
「あはは、それはイイわね」
今は完全な砂の海だが、そう思うのも楽しそうだ。
「それじゃ、サービスに革ひもをつけてあげようかの」
老人はそう言って、工具箱の中から丈夫そうな細い革ひもを取り出すと、アストリアが選んだペンダントヘッドの穴に通した。
「ほい、出来た。身に着けておくと、きっと良いことがおきるからの」
アストリアは、薄ピンクのフォッシルがついたペンダントを首から下げた。
そっと手で握ると、どこか暖かみを感じる。
ふっと自然に笑みが浮かんだ時、背後から声が掛かった。
「ここに原石があると、聞いたのだが」
それはサリオスの声だった。宿の主に聞いたという彼は、アストリアの隣に片膝をついてしゃがみこんだ。
「ああ、はい。ございますよ」
老人は傍らに置いている丈夫そうな袋を指して、愛想良く答えた。
見かけによらず力があるようで、軽々と片手で袋を持ち上げ、敷物の外側に中身を全て出す。
「これが全部、そうなのか?」
そこらに転がっている石と変わりないように見えるそれらに、サリオスは首を傾げて尋ねる。
「中にフォッシルが入っているかどうか、見分けるにはコツ、と言うかカンが必要なんです。まあ、年の功と申しますか・・・」
そう言えば、宿の主も、この老人は信用が置けると言っていた。
サリオスは頷いて、言葉を続けた。
「そうか。実は私は、石などを磨くのが好きで・・・」
「兄さん、私は先に戻ってるわね」
話が長くなりそうだと思ったアストリアは、ニコッと兄に笑いかけて立ち上がるが、そこに1人の少年がロバを連れて老人に近づいて来た。
「爺ちゃん、弁当持って来たよ」
いかにも砂漠の民らしい出で立ちの少年は、人懐こい笑顔でサリオスたちに頭を下げると、小さな包みを老人に手渡す。
「おお、いつもありがとうな、アブドゥル」
「へへっ、またいつもの時間に、迎えに来るからさ」
老人の重い荷物を運ぶために、送り迎えをしてるのだろう。
そんな会話をしていた時、今度はジェラルディーナが宿から出て来た。
「ああ、ここにいたのか。ちょっと話があるのだが、少し良いか?」
ジェラルディーナは、手に持っていた地図を広げた。
「都を向かう街道だが、かなり大きく迂回しているようなんだ。無駄に時間が掛かるのでは無いかと思うんだが」
確かに地図の街道は、曲がりくねった上に、かなり迂回しているように見える。
すると老人の孫は、ちょろっと近寄ってきて地図を覗き込むと、したり顔で言った。
「そうなんですよ。街道は大きなオアシスを辿るように出来ているので、仕方が無いんです。でももし強い馬がいて、砂漠を突っ切っても良いなら、もっとずっと早く都へ行くことは出来るんです」
すると今度は、老人の方が口を挟んだ。
「お急ぎなら、その方が良いかも知れんですな。アブドゥルが、道案内できますぞ。この子はもう、一人前の砂漠の民ですからな」
「えへへっ・・・」
アブドゥルと言う名の少年は、照れくさそうに拳で鼻の下を擦りながら笑う。
歳の頃は、フェローよりも2つ3つ若そうだが、厳しい自然の中で暮らす人々は、子どもも逞しく育てるのだろう。
アストリアたちは顔を見合わせ、頷き合った。
出来れば早く、都へ着きたかったし、恐らく街道を進んでもそれほど情報は集まらないだろうと思ってもいたのだ。
サリオスは老人と孫に向き直って、口を開いた。
「では、案内を頼む。今日の夕方にはここを出るが、大丈夫か?」
その返事は、老人がした。
「勿論、大丈夫ですぞ。砂漠の民は、そう言う仕事もしますのでな。そうと決まれば、先ずは細かい相談をして、儂は今日は店じまいじゃ」
用意する物や案内料の相談をして、全てを済ませると、一行はドリューの町を後にした。
アブドゥルが言うには、小さなオアシスを辿るルートだが、ほぼ一直線に都へ行かれるという。
砂漠横断の旅が始まった。




