3-17 砂漠の街道で
バシケーンとマグリブの地方境は、まるで国境のようだった。
争いが絶えない国同士のように、土塁や柵が延々と続いている。まだそれほど古くはないその境界線は、両地方の不穏な状態が始まった頃に作られたのだろう。
バシケーン領内を数日掛けて旅をしてきたアストリアたちは、早速その関所のような場所で長々と取り調べを受けることになる。
ここでは寧ろ、身分が高い方が怪しまれる。例え異国からの旅人とは言え、貴族らしい様子の男女が使用人を連れて移動していれば、変に勘繰られてもおかしくはない。そのくらい、この付近では両地方の関係は悪化していた。
ここを通過するにあたり、仲間たちはそれぞれの役割を決めていた。
先ず、この旅は学者先生の研究に伴う調査のためとし、その学者役がトゥーレ。
サリオス、ジェラルディーナ、アストリアは、雇われ冒険者で護衛役。
フェローとケィティは、一行の世話係という役どころだ。
長時間拘束され、色々と質問攻めにはなったが、それでも何とか通過できた彼らである。
ぐったりとしながらも、マグリブ領に足を踏み入れたわけだが、目の前に広がる砂漠には目を奪われた。
連なる砂丘と広がる大空。
崩れる寸前のような岩山がある場所の傍は、ゴロゴロとした岩石が点在するが、それ以外はただ砂しか存在しない。
街道の近くには灌木がまばらに生えていたが、やがて宿場町に近くなると、ナツメヤシやオリーブの木々が増えて来る。砂漠の中の、オアシス周辺に作られた町らしい。
ドリューという宿場町は、街道沿いで地方境に近いということもあり、バシケーンと同様に戦の前らしい雰囲気が漂っていた。軍馬を連れた兵士らしい男たちが往来を行き交い、商店や酒場も喧騒に満ちている。
「やっぱりこっちも、何となく騒然としてるわね」
アストリアの呟きに、身が引き締まる仲間たちだ。
「向こうもそうだったが、こちらも戦闘は騎馬が中心のようだな」
サリオスの言葉に、一同は頷いた。
石造りの比較的良さげな宿を取り、食事がてら主人に話を聞いてみる。
「そうですなぁ、確かにいささか不穏な感じですが、まだ切羽詰まった様子じゃ無いですよ。この辺りは、先住民族のベルペル人が多いんですが、彼らは砂漠の民で、遊牧民なんです。砂と共存して暮らす彼らは戦いとは無縁で、町中にいる兵士たちは都の方から来てる奴らばかりですね」
どうやらマグリブは、バシケーンとはかなり文化が違うようだ。
出来れば戦を回避する方向で、出来るだけの事をしようと考えている仲間たちは、相当の困難を覚悟しないといけないようだ。
「ところで、この宿のあちこちに飾られている、あの石のオブジェは何ですか?」
宿の主に向かい、アストリアが指さして尋ねた。
「ああ、あれはこの砂漠で採れた岩を加工した物です。大昔に岩に閉じ込められた生き物がいて、それが見えるように断面を磨いているんです」
アストリアはその話に、思い切り好奇心を刺激されたようだ。
トゥーレを誘って、それらのオブジェを一つ一つ見て回る。
「こういうのを、調査研究しに来た学者っていうことにしましょ。ここにしかない珍しい物なら、戦の前の時期でも、調査に来たって言う理由になるじゃない」
そう言われたトゥーレは、軽く頷いて答えた。
「解りました。そうすると、付け焼刃でも知識を仕入れないといけませんね」
2人は宿の受付に置いてあった、観光用のパンフレットなどを貰い、それらにしっかりと眼を通す。
「大昔って、ここに人が住むようになるもっともっと前ってことみたいね」
気が遠くなるような昔、ということらしいが人類発生の起源さえ知られていない世界である。今はいない不思議な形をした生き物が、岩の中に閉じ込められたまま、その形を保っているという認識だ。
「でも、面白いわ。こっちは百合の花みたいだし、あっちはダンゴムシとかムカデなんかの虫みたいだわ。貝もあるけど、これは大昔の貝なのね。岩を割って断面を磨いくと、模様みたいにも見えるし、綺麗よ」
「そうだな」
そこにサリオスが、ヌッと現れて言った。
岩を割るとか断面とか、磨くという言葉に反応したらしい。そう言えば彼は、以前立ち寄った町で、石を磨く道具を手に入れ、磨き方も教わっていた。器用で単調な作業を苦もなく続けられるサリオスの趣味は、今は石磨きなのだろう。
「わ、びっくりした。そう言えば、兄さん、あの石はどうしたの?ほら、あの職人さんのところで手に入れたやつ」
アストリアは、思い出す様に問いかける。
するとサリオスは、胸の内ポケットから掌大の石を取り出して見せた。
「ほら、もう出来上がっているんだ。お守り代わりにここに入れていたんだが・・・これは、お前にやるよ。俺はまた、次のを磨くから。そうだな、今度はここでそれを見つけるとするか」
サリオスは、事も無げにその石を妹の掌に乗せた。
「えっ?イイの?・・・すっごく綺麗なんだけど」
石はすべすべに磨かれ、黒と茶色の縞模様を横断するように白い線が入っている。
白い部分は僅かに湾曲し、アストリアの白い髪に似ているように思えた。サリオスがそう見えるよう、少しずつ丁寧に磨き上げたのだろう。
そして彼は、そんな石を妹の手に渡した。
特に決意や強い思いがあったわけでは無く、ただそうするのが自然なように思えたのだ。自覚してはいなかったが、それはきっと、彼がシスコンから卒業した時だったのかもしれない。
砂漠を進む旅は日暮れから夜明けまで、と言うのが基本だ。街道を歩くにしても、その方が楽である。
一行は夕方までのんびりと休み、それから出発することにした。
とは言っても、それまでの間ずっと寝ているわけにもいかない。アストリアたちは、少しだけ宿の外へ出てみた。
宿の前は小さな広場のようになっていて、ナツメヤシの木がその周りを囲んでいる。その木の根元に、荒い繊維の敷物が広げられ、その奥に老人が1人座っていた。
アストリアはチョコチョコと小走りに近寄り、敷物の前にしゃがみ込む。
「お爺さん、これを売っているの?」
薄赤く染められた素朴な敷物の上には、手作りらしい品が幾つも並べられ、老人の傍には幾つもの小ぶりな岩が転がっている。
どうやらこの老人は、ここで作業をしながら出来上がった物を並べて売っているようだった。




