3-16 バシケーンを後にするにあたって
アン・ブルール公爵令嬢は、日々この上ない楽しみを味わっていた。
限られた機会は無駄にしないと己に言い聞かせ、せっせとジェラルディーナとアストリアの観察に励む。
その日、公爵令嬢は窓の外をうっとりと眺めながら、瞳をキラキラと輝かせていた。
(・・・やはり、お二人が寄り添っておられるのが、最高です~~)
ジェラルディーナとアストリアは、庭の木立の下で、小声で話し込んでいる。特に寄り添っているわけでは無いし、話の内容は集めた情報についての事で、アンが想像するような楽し気なものでは無い。
それでも話がひと段落すると、2人は他愛ない話を始めた。
「ところで、アストリアの髪のその白いひと房は、生まれつきのものなのか?」
ジェラルディーナは、何気なく手を伸ばしアストリアの髪に触れようとする。
(あっ、あっ、あっ・・・わぁ、ドキドキです~~)
カーテンの陰に身体を隠しながら、誰もいない室内から熱心な視線を送るアンである。
「ああ、これ?5歳くらいの頃からかな・・・最初は数本の白髪だったみたい。あまり覚えていないけど、母がこれを嫌ってて、見つかり次第抜かれてたの。そうしたらどんどん増えちゃって、いつの間にか、全部抜いたらハゲが出来るくらいになっちゃったのよね。それからは、白髪を隠すような髪形になったけど、旅に出てからは、これを嫌がる人はいないから隠さなくてもイイかなって思って」
アストリアの言葉に、ジェラルディーナは成程と呟いて、そのひと房を手に取る。
(ああ、そう! そう来なくっちゃ!)
アンの眼は、釘付けだ。
「似合っていると思うぞ。アストリアらしい、と言うか・・・そう言えば、サリオスもそんな事を言っていたな」
ジェラルディーナがそう言うと、アストリアは如何にも可笑しそうに答えた。
「知ってる。兄さんがヴェルトライゼンテを選んだのも、額の流星が私に前髪と似ているからだって、使用人に聞いた事があるから。でも最近は、昔ほど束縛っぽい干渉はしなくなったと思うの。良い傾向でしょ?」
兄の性癖を、冷静に見守っている風の妹である。
(ふわりとした笑顔・・・微笑返す女戦士・・・甘い空間・・・うっとりですぅ~~)
妄想のヴェールが、アンの目の前にある光景に彩りを添える。
「兄さんには、いつか素敵な女性と巡り合って欲しいと思うけど・・・何時になるやら。それはさておき、今晩あたり皆で情報交換して、早いうちにここを出発しないとね」
マグリブ地方へ入り、次はそちらの情報集をしないといけないのだ。
2人はゆっくりと踵を返し、屋敷の中へ入るが、そこでアストリアは足を止めて、内緒話のようにジェラルディーナに耳打ちする。
「さっき、アン・ブルール様が、窓からこちらをずっと見ていたの、気づいてたでしょ?」
ジェラルディーナも足を止め、小声で答える。
「ああ、視線は感じていたが、悪意は無さそうなのでな・・・」
「そうね、悪意じゃ無くて・・・多分、彼女はジェラルディーナに憧れているんじゃないかと思う。カッコいい女戦士で美人だから、憧れる娘って結構いるのよ」
「はぁ⁉・・・そうなのか?」
ジェラルディーナは妙な声を上げて驚くが、理解は出来ないようだ。
「熱っぽい視線だったような気がする。でも、恋愛とか、そういう物じゃ無いと思うから大丈夫よ、きっと」
事も無げに言うアストリアだが、自分が独りの時もアンがそんな視線を向けて来ることを、実は知っていた。けれどそれを、ジェラルディーナには言わずにいる。
以前エリンコート王国にいた時、フェローと一緒に買い出しに出て、妙な雰囲気の本屋を見つけた事があったアストリアだ。
フェローが止めるのも聞かず、店の中に入った彼女は、そこで所謂エロ本のような雑誌が売られている事を知る。けれどそこで顔を赤らめ、逃げ出さないのがアストリアなのだ。
好奇心と知識欲全開で、ざっと様々な種類の薄い本を調べ、男女に関係なく様々な嗜好があるのだということを理解した。
男女の睦言に関するいろいろな嗜好。そして同性同士のあれやこれや。
あれでも一応は王女であるジェラルディーナだから、そんな下世話な雑誌などを手に取るようなことは無かっただろうし、そもそもあまり恋愛には興味も無さそうだ。だからアストリアは、とりあえずは黙っていることにした。
そして一行は、ブルール公爵にお礼を述べ、屋敷を出てゆくことになる。
その日の早朝、アン・ブルール公爵令嬢は寝不足の眼を真っ赤にして、アストリアとジェラルディーナの元へやって来た。
ジェラルディーナが、丁寧に感謝を述べると、アストリアがそれに付け加える。
「本当にありがとうございました。それにしても何故、あの渓谷の町で、初対面の私たちを招待して下さったのですか?」
それはある意味、爆弾のような問いかけだったかもしれない。
けれどアストリアは、目の前の公爵令嬢が、綴じた紙束を握り締め、何かを言わんとしている様子に気付いていた。
アンは、ハッと顔を上げた。
「は、はい・・・あの・・・その前に、これを」
薄い本のように綴じられた紙には、自筆のタイトルが付いていた。
『この想い、果てしなく尊く』
そして公爵令嬢は、熟れたトマトのように真っ赤な顔をしながら、言葉を紡いだ。
「わ、私は・・・女学生の頃から、女性同士の・・・その・・・甘い関係が好きで・・・いえ、決して私自身がそう言う恋愛を望んでいるわけではなく・・・頭の中で想像して、それを絵に描いたり物語を作る趣味があるんです。誰にも言えない嗜好と趣味で・・・それで、お二人が私の思い描く理想を体現しておられて・・・思わず、声を掛けさせていただいてしまいました」
誰にも言えなかった自分の趣味と嗜好を、告白する公爵令嬢だ。
「僅かな日数でしたが、私は本当に楽しかったのです。それで、失礼なのは重々承知で、私が書いたものをお渡ししたいと思ったのです。気持ちが悪いと思われるかもしれませんし、勝手に頭の中で妄想したことは失礼極まりないと思われるでしょう。けれど・・・私・・・知って欲しくなったんです」
題材はどうであれ、渾身の想いで作り上げた作品を、見て欲しくなったのだろう。内容も、二人に見せることを考慮して、過激な表現は控えている。
「捨ててしまっても、構いません。私にとっては、お二人に渡せたという事が嬉しいのです」
そう言って差し出された冊子を、アストリアは穏やかな笑みで受け取った。
中身は読んでみないと解らないが、それでもこれは公爵令嬢の気持ちなのだから。
世の中には様々な嗜好の人々がいると知っている彼女は、それで相手を評価することは違うと思っていた。
そして一行は、屋敷を出てマグリブ地方へ向かった。
今まで通り、6人と5頭の馬、2羽の鳥たちはやや急ぎ目に旅を続ける。
砂漠の地方マグリブは、今までとはまた違った景色や体験を与えてくれるだろう。




