3-15 バシケーン領の都
バシケーン領主王の都レウーノは、どこか雑然とした印象だった。
エリンコートやゲルチュタールの王国風建物と、エポカドーロ国伝統の建物が、混然としている。街中を歩く人々の服装も同じで、帽子やターバン、上着もジュラバやマントなどと多種多様である。そしてそれらを、日常として受け入れている人々の様子。
異文化を受け入れて、いやむしろ他の王国の文化を積極的に受け入れて変わってゆく途上のような、そんな雰囲気の街だ。
けれどやはり、大きな戦が近いと感じている住民は、どこか落ち着かない雰囲気を纏っていた。
レウーノの街の中心に宮殿が建っていて、その近くに有力貴族たちの屋敷が存在していた。
アストリアたちを乗せた馬車たちは、その一角にあるブルール公爵家の門を潜る。その屋敷は、エポカドーロ風ではあったが、一部が石造りの北方風になっていて、ここにも文化の融合が見えていた。
当主のバーゼル・ブルール公爵は、忙しい中、時間を作ってサリオスらと面会した。
ゲルチュタール王国のノイエルング公爵家とヴェール公の傍系という彼らの自己紹介と、その雰囲気に納得して、快く滞在を許してくれた。
それどころか公爵は、親しい友人も殆どいない末娘に出来た交友関係を、ありがたく思ってもいる。他国に友人が出来たなら、今後の縁談にも幅が出来ると目論んでもいた。
滞在先が決まると、一行は早速行動を開始する。
レウーノの街中の調査であるが、トゥーレにはしなければならないことがあった。預り馬ブチを、届けることである。
「馬の仲買商って、興味があるの。一緒に行っても良い?」
アストリアの言葉に、サリオスは一瞬眉を顰めたが、フェローとケィテイも途中まで一緒に行くと言うと、渋々だがそれを許す。まだ少しばかり、シスコンが残っている彼だが、まぁこの程度なら妹想いの範疇だろう。
サリオスとジェラルディーナは、それぞれ愛馬に跨って、レウーノの内外を駆けまわった。街全体の様子を、自らの眼で確認し把握するためである。
フェローとケィティは、買い出しがてら街中の様子を詳しく観察し、噂話などを集めて回る。
そしてアストリアとトゥーレは、ブチを連れて預けられた手紙の中にある住所へと向かう。
そこは街外れの、馬の取引をする仲買商の職場だった。
「忙しい所をすみませんが、ファヴァルトの町から預かった馬を連れて来ました。こちらが、一緒に預かった手紙です」
トゥーレが服の内側から手紙を取り出すと、中年の逞しい仲買商の男は、汗を拭きながらそれを受け取った。
「・・・・ああ、成程・・・内容は解ったが、今は少し間が悪いな」
元々この地方では、斑馬は珍しい。馬のコレクターで繁殖もしている貴族の注文で、仲買商の雇人が地方を探しに行っていたようだ。他にも依頼があったので、雇い人はファヴァルトの町の共同牧場に輸送を頼んで次の仕事に向かったらしい。
けれどその貴族は、先日依頼を取り下げたという。今はそれどころではない、と言うのが理由だった。
「普段なら依頼取り消しで宙に浮いた馬は、うちに置いて、新しい買い手を探すんだが、今は馬房もいっぱいなんだよな・・・」
仲買商は、酷く困った顔つきでそう言った。
周囲には幾つもの馬房があり、狭いが沢山の放牧場がある。見回せば、かなりの頭数の馬たちがそこにいた。
「このところ軍馬と荷役馬の需要が凄くてな、あちこちから仕入れているもんで、そっちでてんてこ舞いなのサ」
すると男の背後から、大声が飛んで来る。
「親方~~っ!ベルバ男爵様の御使いの方が、いらしてます。来てください!」
「グルガンから、新しい馬が来てます!どこに収容しますか~~!」
「いつもの飼い葉が届きました!」
確かに、本当に忙しそうである。
「ああっ、解った!ちょっと待ってくれっ!」
後ろに向かって大声で返事をする男に、今だとばかりにトゥーレが言った。
「それでは、この馬はこちらで引き取りましょうか?いただく予定の礼金と引き換え、という感じで」
「は?・・・いや、それは・・・」
仲買商の親方は、一瞬躊躇した。
手紙に明示されている礼金と、馬1頭の代金では、桁が違うくらい馬の方が高い。
けれど親方が躊躇している間も、奥から掛かる声はさらに大きくなる。
「ああっ、もう・・・今、行くっ!」
忙しさに飲み込まれるように、彼は損得勘定を放棄した。
「解った、もうそれでいい!」
この忙しさの代償に得られる利益は、相当の物だ。目先の馬1頭にこだわらなくても、現在は相当に儲かっている仲買商なのである。
「そうですか、それでは・・・ありがとうございました。これで失礼致します」
トゥーレは丁寧に頭を下げて、さっさとその場を後にした。
ブルール公爵の屋敷に戻る道すがら、アストリアは感心したようにトゥーレに言った。
「流石に凄いわね。馬1頭を、手に入れちゃうんだから」
彼はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、少しだけ楽しそうに答える。
「運が良かっただけです。けれど、ブチには愛着も出て来たので、良かったと思えます」
アストリアは、考え考え歩を進める。
「軍馬や荷役馬の需要・・・確かに、戦前の雰囲気ね。貴族たちが、軍備を整えているという事よね。それでもまだ軍馬や荷場を買い入れている状況なら、直ぐに先端が開かれる感じじゃ無いのかな。少なくとも軍馬は、多少なりとも調教が必要になると思うし・・・」
少なくとも、数カ月くらいの猶予はありそうだと思う彼女の言葉に、トゥーレも深く頷いていた。
都の周囲や街中の様子を調べてきた仲間たちの話と合わせて、どうやらバシケーンの都では、およそ半年後くらいを目途に、戦準備を整えているらしいという事が解る。
後もう少し、実際に戦に出る予定の人員なども調べておきたいと思うアストリアたちは、公爵令嬢と一緒に、あちこちのお茶会や夜会に顔を出す。
そこで実際に会う事は出来ないけれど、軍事に携わる貴族たちの名前などを聞きこんでいた。




