3-14 ブルール公爵令嬢の嗜好と趣味
アストリアとジェラルディーナは、アン・ブルール公爵令嬢と一緒に、馬車に乗って都へと向かっている。
公爵家の別荘には2晩泊らせてもらい、令嬢の精一杯のもてなしを受けた。
食事やベッドは勿論の事、それぞれの衣服までも用意してくれる。令嬢の好みを反映した服は、本人たちはあまり好みではなかったが、それを口にするほど礼儀知らずではない。
馬車の中では、女性3人が他愛のない話を続けている。喋るのは主にアンだったが、そこに上手く相槌を打ったり、さり気なく話を誘導したりして、現在のバシケーン貴族や王族たちの様子を聞き出していた。
サリオスは、女性3人と馬車の中で長時間一緒にいる面倒は避けたかったので、馬たちの様子を見ながら行くという言い訳をして、気楽に愛馬に跨っていた。
公爵令嬢と最初に顔を合わせた時は、思い切り不審そうな目で見られたのだが、アストリアの兄だと自己紹介し、ついでにノイエルング公爵家の者だと言うと、妙にホッとしたような顔をされた。
ジェラルディーナは、レジネッタの名は出さずヴェール公の名を借りている。異国に暮らすヴェール家の傍系ということにしていた。今回は、先日亡くなったヴェール公の件で都へ行くと言ってある。
トゥーレやフェロー、そしてケィティは使用人の括りに入ってはいたが、それぞれ新しいお仕着せを貰っている。都へついても恥ずかしくない様に、という公爵令嬢なりの気遣いなのだ。
そして彼らは、サリオスと共に馬車の後をついてゆく。
軍馬に慣れる良い機会だからとジェラルディーナに勧められて、フェローはフォルテヴェローチェに乗った。荷役馬であるカスターニョには、こちらも乗馬の練習としてケィティが乗る。トゥーレは斑馬の調教のように、苦労しながら歩を進めていた。
馬車の中では、疲れも見せずにアンが問いかけていた。
「お二人とも、フルーツがお好きと伺いましたが、こちらではどのようなフルーツが、お気に召されましたか?」
ジェラルディーナは、答えに詰まった。
(まぁ果物も好きだが、肉類も好きだぞ。と言うか、食べ物の好き嫌いは全く無いのだが)
するとアストリアが、穏やかな笑みと共に答える。
「そうですね、まだあまり多くの種類に巡り合っていないのです。バシケーンでは、どのようなフルーツが特産品なのでしょう?」
「先ずは、ナツメヤシですわね。品質が良いものは、貴族でもいただきますわ。他には、温室で作られたメロンなどもございます」
そこでアストリアは、さり気なく話題を変えてゆく。
「ナツメヤシとは、どんな植物なのでしょう?味とか、保存はどのように?」
「え?・・・そうですわね、私はあまり詳しくはないのですが・・・ああ、あそこに生えているのが確かナツメヤシの木では無いかと」
馬車の窓から見える木々を指さして、公爵令嬢は答えた。
景色は既に荒野に近くなっているが、それでも街道沿いには緑が点在している。生えているのは主にオリーブと、教えてもらったナツメヤシの木ばかりだ。
「味は、ねっとりと甘くて美味しゅうございますわ。種が大きいのが面倒ですが、干してあるものですので、1年中食べれますのよ。他にも甘いものは、沢山ございますけどね」
そこからは、どんなスイーツがあるかを話し出すアンだが、その度にアストリアはどの地域が一番美味しいかなどと聞いて、都周辺の地名などを覚えておく。
やがてアストリアは、ブルール公爵家の人々の人となりや、その交友関係までも聞き出していた。
そして、アン・ブルール公爵令嬢自身の事も。
ブルール公爵家の末娘であるアンは、父親の意向で異国風の教育を受けて育った。末っ子でもあるので、ゆくゆくは異国の有力貴族に嫁がせるつもりだったのだろう。
ある程度の年頃になると、アンはエリンコート王国の女学校へ留学させられた。異国の礼儀や社交の機微などを、学ばせることが目的だったようだ。
修道院が経営するその女学校は、貴族の子女を預かる厳格で慎ましやかな教育の場だった。
身分の上下なく、修道女のような制服を一律に身に着けて過ごす日々ではあったが、そこはそれ、若い娘が生活を共にして学ぶ場には、こっそりと華やぐ場面もあるのである。
親元から届く本や雑誌をこっそり回し読みし、服の流行から恋愛談義に花を咲かせる。中には既に親が決めた婚約者が居る令嬢もいるのだから、夢や想像が乱れ散るのは無理も無かろう。
そんな中で、アン・ブルールは少し変わった嗜好を持っていた。
教師である若いシスターや、素敵な上級生のお姉さまに心惹かれていたのである。けれど、それを周囲に知られるのはデメリットが多いこともよく解っていた。
(シスター・イグナチアは知的で禁欲的な美しさが素敵・・・アナベルお姉さまは、穏やかな微笑みが天使のよう・・・)
心の中だけでこっそりと呟き、決して外には漏らさない。
異国からの留学公爵令嬢としては、きっちりと体面を保たなければならない立場である。
なのでアンは、自分の嗜好をさり気なく趣味に投影した。
絵画と秘密の日記の執筆である、
好みのシチュエーションで描く絵は、学生生活の一部のように見えた。チャペルの前に佇むシスターの姿や、木陰で本を開く上級生。その人数が2人であっても、決して不自然ではない。
日記帳は鍵付きで、誰に見られることも無いと、ドキドキしながら想像の物語を書いた。
同好の士もいなかったそんな学生生活だったが、アンはそれを心から楽しんだ。
けれど留学期間が終わって帰国すると、自分の周囲には心惹かれる様な相手が皆無だった。同じ年頃の貴族令嬢との交流は、ただ退屈で面倒に思えるくらいだ。
女学生時代を思い出しながら、ただ自己満足のための絵を描き、妄想の物語を文字にする。
そんな日々を過ごしていている間に、彼女は嗜好と趣味を拗らせてしまった。
性癖は決して男性嫌いではなく、恋愛対象は普通に男性である公爵令嬢だが、ただ趣味が大分普通では無いというだけである。多分探せば、他にもそういう趣味を持つ御令嬢もいるかもしれないが、アンにはそれを探すことも出来ず、巡り合う事も無かっただけだ。
ごく普通に日常を送りながら、こっそりと楽しむ趣味である。
それゆえ、ジェラルディーナとアストリアを見つけた時に、秘めていた嗜好が溢れ出てしまったのだろう。
見かけも雰囲気も完全に自分好みの、美しい女性2人。
(これで、趣味がはかどります~~~)
燃料が投下された公爵令嬢は、出来る限り長い間、交流を続けるつもりでいた。
数日後、馬車はバシケーン領の都であるレウーノと言う名の大きな街に到着した。




