3-13 変わった趣味の御令嬢
「・・・これは・・・絵になりますわっ!」
公爵令嬢アン・ブルールは、思わず出てしまった自分の声にハッとして、辺りを見回した。
「お嬢様、どうされました?」
近くにいた侍女が、小走りに駆け寄って慇懃に尋ねる。
「いえ・・・風が気持ち良いです」
令嬢はそう言って、微かに指先を外側に向かって動かす。それは「離れていなさい」という合図で、独りにして欲しい時などにする仕草だ。
侍女は黙って下がり、距離を取って控えた。
(・・・素敵だわ。なんて綺麗で美しいお二人・・・私の理想に、どストライク)
アン・ブルールは、念のため声には出さず、心の中で歓喜の声を上げた。
(高貴で凛々しい女戦士のようなあの方は、きっと燃える様な情熱を秘めていらして、戦いの場では炎のように猛々しく敵をなぎ倒すの・・・あの髪と瞳のように)
ジェラルディーナは、アストリアより頭一つ分背が高い。燃える様な赤毛を軽くまとめ、黒い長衣とズボンにブーツと言う姿だ。
(それに、ご一緒のあの方・・・穏やかな雰囲気で上品で、優しげだけど凄く知的な感じがする。あの前髪の白いひと房は、その英知を表すようね)
アストリアは、今は上着を脱いでいて、白いシャツと鹿革のズボンとブーツだ。飾り気のない姿だが、着華奢な体形とのんびりした動きが、嫋やかさと可愛らしさを体現しているように見える。
(私が夢に描いた、理想のカップル・・・ああ、ドキドキしますぅ~~)
アン・ブルールは、胸の前でギュッと両手を握り締めて、うっとりと2人を眺めている。
そう、彼女は御令嬢にはちょっと珍しい趣味の持ち主だった。
(女学校にいた時以来です・・・近頃は本当に、私の好みの方々には会えなくて・・・ああ、こんな機会は本当にめったに無いのです)
そうなると、是非この機会を有効活用したくなるではないか。
公爵令嬢アンは、小さく深呼吸をして居住まいを糺すと、ゆっくりとアストリアたちの元へ近づいた。
「失礼いたします。私はアン・ブルールと申します。父はバシケーンの公爵で、私は現在あちらの別荘に滞在しております」
最大限の敬意を籠め、礼儀正しく挨拶をする御令嬢は、その身分に相応しい出で立ちで、エリンコート風のドレスを着ている。
ジェラルディーナは怪訝そうな顔をしたが、それでも丁寧に返事をした。
「ご丁寧に、ありがとう。私はジェラルディーナと言いますが、何か御用でしょうか?」
アストリアも続けて、腰を屈めながら挨拶をする。
「私はアストリアと申します。エリンコートの方から参りまして、都へ向かう旅の途中です」
何処から来たのかと問われる前に、先に言っておこうと思ったアストリアだ。「~の方」と言うのは方角で、出身地では無いが、嘘は言っていない。まぁ、詭弁である。
「やはり旅の方でいらっしゃいますのね。もしよろしければ、当家の別荘にいらっしゃいませんか?私も明後日には都へ戻りますので、ご一緒出来ればと思いますの。こちらでは、話し相手にも不自由する日々で・・・お見かけしたところ、ご身分もお高いのではと思いました。大したおもてなしも出来ませんが、是非お出でいただきたいと・・・」
いきなり初対面の相手に、家に遊びに来いと言ったようなものだが、アンは必死である。
人には言えないような自分の趣味、と言うか嗜好だが、一度思い込んだらまっしぐらな性格なのだろう。
ジェラルディーナは、奇妙で面倒な相手に会ったとしか思わなかったので、丁重に断る気だったが、意外にもアストリアはにっこりと笑って答えた。
「私たちは、仲間と一緒に旅をしています。人数は私たちを含めて6人で、馬が5頭と鳥も2羽いるんです。それなりに大所帯ですし、仲間たちの承諾も必要です。それでもよろしいですか?」
公爵令嬢は、飛び上がらんばかりに喜んで承諾する。
「では、お宿を教えて下さいませ。後程使用人を行かせますので、その時にお返事を頂ければと思いますわ。承諾いただけたなら、そのまま使用人がご案内いたします」
アン・ブルール公爵令嬢は、足取りも軽く別荘へと帰って行った。
「まさかあそこで、招待を受けるとは思わなかったぞ」
宿屋の部屋に集まって、皆に説明をしたアストリアに、ジェラルディーナが口を挟む。
「うん、何だか面倒くさそうな臭いもしたけど、バシケーンの公爵家と多少なりとも繋がりがあったほうが、都での情報集めが色々と便利になりそうだと思ったのよ。私と兄さんはノイエルング公爵家の名前を出しても左程問題は無いと思うけど、ジェラルディーナはレジネッタ王国の王女と言うのは隠しておいたほうが良いでしょ?あの公爵令嬢と会うまでは、ヴェール公の遠縁という感じでいけば何とかなると思っていたけど、それだけじゃ詳しい情報を得るには、少し立場が弱いんじゃないかとも思ってたし」
成程、と一同は納得した。
大規模な戦が始まりそうな状況を詳しく知りたいが、そうなると戦に関係する様々な貴族たちの話を聞いてみたい。公爵家の客として都に入ることが出来れば、その点はかなりスムーズに進められるのではないだろうか。
アストリアの先読みの能力は、これまでに何度も目にしてきて信頼もしている。
一行は、アン・ブルール公爵令嬢の招待を受け入れ、一緒に都へ行くことを選択した。
ブルール公爵家の別荘は、濃い緑の木々の中に建つ白亜の邸宅だった。
そわそわと待っていたアンは、一行の到着を知ると嬉々として迎えに出て来る。
「ようこそいらっしゃいました。アン・ブルールでございます」
サリオスに向かって、小腰を屈めて淑女の礼を行うと、令嬢は彼らを応接室へ案内する。
「いつもは家族でこの別荘に静養に来るのですが、今回は私1人なのです。父も母も、兄や姉たちも皆忙しくしておりまして・・・噂では戦が近いということらしくて、そのせいでは無いかと思うのですが、私にはよく解らないのです」
アン・ブルール公爵令嬢の話に、ジェラルディーナとアストリアはチラッと視線を交わす。
どうやら確かに、都では戦準備が始まっているようだ。バシケーンの領主王の宮殿では、王族貴族が忙しく動いているのだろう。
アンのような、まだ社交界デビューを果たしていない令嬢は、蚊帳の外でのんびりと普段通りに暮らしているようだ。
「とは言え、皆さまは私のお客様なのですから、どうぞゆっくりとなさって下さいませ」
応接室のソファーに座ると、先ずはサリオスが口を開き、お茶の時間が始まった。




