3-12 水と緑と岩壁の町
街道の分かれ道から暫く行くと、川に出る。そこからは上流に向かって川沿いに進むこと半日で、切り立った断崖に到着した。
辺りは木々が生い茂り、緑が濃い。今まで岩と土ばかりの荒野をを旅してきた一行にとっては、心身ともに癒されるような心地がする。
川は岩壁を割るようにして流れ出ているが、その流れに沿うように狭いが豊かな平地が、上流に向かって伸びていた。
「こうして坂を上がってゆくと、右側からも左側からも岩壁が迫って来るようね」
アストリアの言葉通り、少しずつだが実際に平地は狭くなっているようだ。
しばらく行くと、川の両側に幾つもの家屋が見えて来る。この辺りが、ディフィートの町なのだろう。道はまだ先へと続いているが、このまま進めばマグリブ地方へ抜けるのだろうと思われる。
「この辺りで、宿を取るか」
サリオスの言葉を聞いて、フェローが駆けてゆく。
やがて一行は、中の上程度の小綺麗な宿に入った。
水が豊富な地域だけあって、宿の傍には馬専用の洗い場もある。ずっと頑張ってくれていた馬たちの慰労もあって、先ずはそれぞれの愛馬を水場へ連れてゆく一行だ。
渓流の流れを引き込んで浅瀬を作ってあるそこは、膝くらいまでの深さで、底には小石を敷きつめてある。馬たちの馬具を外し、人間も足を捲って水の中へザブザブと入れば、ひんやりと冷たく綺麗な水が気持ち良い。
馬たちはひとしきり水を飲むと、それぞれの主が身体を洗ってくれることを理解して、頭を下げたまま大人しくしている。
頼めば馬の世話は宿の方でしてくれるのだが、それは断っていた一行だ。
備え付けの手桶で川の水を汲み、馬の頭や首筋に丁寧に水を掛け、馬用のブラシで擦る。鬣も丁寧に洗い、もつれない様に梳いてやる。
どの馬も気持ちよさそうにジッとしていたが、マイネレーツェルだけは、どこかウズウズとしているようで、最後は我慢できなかったのか、思い切り頭をブルブルと振った。
「ぅわ!レーツェル、冷たい~~」
はしゃぐような声を上げたアストリアは、そんな愛馬が可愛くてならないのだろう。
近頃すっかりオトナになり、ふざけたり悪戯をしたりというような行動は無くなっているマイネレーツェルである。それはとても素晴らしいことだが、アストリアは少しばかりつまらないと思っていた。
「ぁはははっ!やめてやめてっ!レーツェル~~」
笑いながら言うアストリアは、久しぶりの愛馬の甘えが嬉しかった。
そんな様子を、呆れるように見ていた軍馬2頭だが、ジェラルディーナが漆黒の愛馬に向かって、揶揄う様に言った。
「フォルテ、羨ましいか?遊んでも良いぞ」
けれど見事な青鹿毛の馬は、その濡れた馬体を輝かせて、頭をそびやかした。
最強軍馬のプライドが、そんな真似を許さないといったところか。
他の馬がいる場面では、その限りでは無いことを、ジェラルディーナは良く知っている。
「そうか、ではまた、今度な」
そう言って、愛馬を洗う事に集中する女戦士だった。
サリオスの愛馬ヴェルトライゼンテや、フェローのカ馬スターニョも、大人しく洗って貰っていたのだが、そんな中でひときわ大騒ぎになっているのが、トゥーレの預り馬ブチである。
水が嫌いと言うわけでは無さそうだが、触られるのがあまり好きでは無いらしい。浅瀬でバシャバシャと水を蹴立てながら、勝手気ままに振舞う斑馬に、トゥーレは四苦八苦している。
それでも、他の誰かが手伝おうとすると、今度は本気で暴れ出すからどうにもならない。
トゥーレだから、何とかなっていると言えるのだろう。
そしてその晩は人間たちも、大きな浴槽とたっぷりのお湯という贅沢な入浴を楽しんだのだった。
翌朝から一行は、当初の目的通りディフィートの町で情報を集めることにする。
サリオスとジェラルディーナ、そしてアストリアは、マグリブ地方へ通じる道を馬で先へ進んでみる。地方の境を越えるつもりは無いが、その途中で住民に出会ったら、話を聞いてみるつもりだ。
トゥーレとフェロー、そしてケィティは、店屋や他の宿屋を回って雑談がてら色々と聞いてみることにした。
渓谷の上流へ馬を走らせると、岩壁が最も狭まったその場所に、物々しい関所のような門と木柵があった。
人通りは無いが、門の手前にあった番小屋には人がいる。
アストリアたちは、そこの門番たちに話を聞いた。
「都から役人が来て、政情不安だからマグリブとの交易は止めろって言われたんだ。それでここに急いで門と柵を作ったんだよ」
「まぁそれも、こっちの町長とあっちの村長が、話し合って決めたんだけどな。元々、向こう側の村とは、仲良くやってたんだ。なんか、向こうでも同じような事を言われたみたいで、とりあえず門と柵を協力して作ったんだな」
奇妙な共同作業である。
けれど仲違いをしているわけでもなく、上からの命令を上手く誤魔化す様に、体裁を整えたという事なのだろう。
番人が柵の向こうに手を振ると、マグリブ側でも番小屋の傍にいた人物が手を振り返してきた。
帰り道で、ジェラルディーナが言った。
「少なくともここでは、一触即発の危機は無いようだな」
するとアストリアが、考え深げに答える。
「そうね、でももし両方の地方の、大掛かりな戦が始まったら・・・いいえ、始めようとする時かもしれないけれど、ここの渓谷は重要地点になると思う。ちょっと軍略を知る人間なら、ここから精鋭部隊をこっそりと通過させれば、奇襲や援軍とかに使えるでしょうし。そう、どっちの地方にとっても、ね」
ここは、覚えておかなければならない地域だ、と3人は頷き合って坂道を下った。
かなり早く用事が済んだので、アストリアとジェラルディーナは、町の服屋を見つけて寄り道をするとサリオスに言う。
「そろそろ新しい下着も欲しいのよ。兄さんは、先に帰ってて」
妹にそう言われると、大人しく従うしかない。女性たちが下着を買う場面で、役に立つことなど無いのだから。
そして2人は買い物を済ませると、それぞれの愛馬の轡を取ってのんびりと歩き出す。
町中とは言っても家屋はまばらで、小さな果樹園や家畜小屋なども見える長閑な景色だ。
岩壁に向かってなだらかな斜面が続き、木々が茂ってはいるが、立派な屋敷も垣間見えた。それらは高級ホテルか、貴族の別荘のように思える。
「あ、あそこで少し休んで行かない?さっき買った焼き菓子、味見したいわ。美味しかったら、戻ってもっと買おうと思うの。みんなへのお土産になるし」
アストリアが指さした先には、細かな白い花を咲かせる木があり、その下に座り易そうな岩があった。
「ああ、いいな」
ジェラルディーナは楽し気に答えて、アストリアと一緒に木の下へ歩み寄る。
その様子を、少し離れた場所から、熱心に見つめる目があった。




