3-10 青と黄色は溶け合って
ヴェルトライゼンテの速力は、乗り手を気遣いながらでも素晴らしく、その晩のうちにトゥーレは青の町に戻った。
高台の下で馬を降りると、トゥーレは軽く頭を振りながら坂を上がる。
(・・・速すぎる馬に乗ると、頭がクラクラするな・・・)
そんな彼に、中にいるクアンの霊が話しかけた。
〔イチルに会ったら言えないかも知れないから、今のうちに言わせてください。トゥーレさん、ここまで連れて来てくれて、本当にありがとうございました。憑依できる相手に、巡り合えたのは、奇跡なのだと思います。あの場所で、石碑を見に来た人たちに数えきれないほど試してみたんです。でも、同じ年齢の男性で見かけが似ている人でも駄目だったんです。多分ですけど、トゥーレさんの心の中にある想いに、同調したから出来たんだと思っています。何のお礼も出来ませんが、せめて貴方の『届かぬ想い』が届くことを、心から祈っています]
「・・・ああ、いや・・・ありがとう」
トゥーレは、クアンの言葉に納得したが、別の思考が浮かんで来る。
(という事は、アストリア様の場合も同じだったのだろうか。同調したから、憑依された・・・アストリア様も、『届かぬ想い』を抱えていた?)
アストリアの届かぬ想いについて、トゥーレはあることを思いついた。
(それは、サリオス様に対する想いかもしれない。誰よりも大切にしてくれる相手を、男性として愛していて、けれどそれは兄であるという事実。アストリア様はそれを理解しているから、あのような態度をとっていらっしゃるのかもしれない)
彼女の本質は、時々羽目を外すことはあるが、冷静沈着で理性的だ。
アストリアの『届かぬ想い』が、サリオスに対するものならば、納得できると思うトゥーレだ。
大きなため息をつきながら、トゥーレは高台に上がった。
(元々身分違いの『届かぬ想い』だ。届かぬ理由が増えても、あの方を想う気持ちに変わりはない。ただ・・・アストリア様が、お気の毒だとしか・・・)
そこまで考えてイチルの墓石の前に立ち、トゥーレは肩の上のヨウムに声を掛ける。
「ヤーコ、ヴェルトライゼンテのところに行っていてくれ」
サリオスから借りた軍馬は、坂の途中で待たせている。賢いヨウムは、心配そうに首を傾げながらも、言いつけに従って飛んで行った。
薄い黄色の霊体が、トゥーレの身体から滲み出るように離れ、草に埋もれた墓石に近づく。
〔イチル!来たよ!帰って来た!彼が連れて来てくれた]
そんな呼びかけに答えるように、墓石から青い霊体が沸き上がる。
〔クアン!・・・ああ、クアンっ!]
イチルの霊は、待ち続けた夫に飛びついた。
青と黄が、輝くように混じり合う。
その中で、イチルの声がトゥーレに届いた。
〔アストリアさんに、伝えて下さい。ごめんなさいとありがとうを。苦しめてしまったのに、お詫びもお礼も言えなかったから・・・]
やがて光は、美しい緑色になり、滲みながら夜空に向かって昇ってゆく。
(ああ、綺麗だ・・・アストリア様の瞳のように、美しく煌めいて・・・)
トゥーレは、愛する相手のことを思いながら、黙ってその様子を見つめていた。
(さて、帰ると・・・ッ・・・)
全てを見届けて踵を返したトゥーレだが、その瞬間、ガクンと膝が落ちる。
予想していたより遥かに、体力は消耗していたようだ。
(大見得切って、このザマですか・・・情けない)
辺りを見回せば、まだ夜明けには遠そうな気配だ。
(少しだけ・・・休んで・・・)
草の中に腰を下ろし、立てた膝の上に頭を乗せる。
そのまま眠りに落ちるかと思われた時、ふとすぐ傍に気配を感じた。
「迎えに来ちゃった」
そこには悪戯っぽく笑う、アストリアの姿があった。
「はぁっ!何で・・・アストリア様!」
眠気も疲れも吹っ飛ぶほど、驚いて声を上げるトゥーレだが、アストリアの方はしれっと笑って言う。
「付いて行くのは断られたけど、迎えに来るのはダメって言われてないでしょ?」
アストリアは、着ていたジュラバを脱いで、彼の隣に腰を下ろしながら続けた。
「宿に着いてから、ジェラルディーナにだけそう言って出て来たの。レーツェルも近頃は一端の軍馬みたいになってるし、脚も早くなってるから大丈夫だって説得してね」
渋々ではあるが、アストリアの主張を受け入れたジェラルディーナは、サリオス並みに彼女に甘くなっているのかもしれない。
「さぁ、大人しく横になって。朝まではまだ時間もあるし、眠った方が回復が早いしね」
アストリアが連れて来たのだろう。ヴェルトライゼンテとレーツェル、そしてヤーコも傍に来た。
肩を引かれて横ざまに倒れ込むような形になったトゥーレだが、その頭の下には彼女の膝がある。
「ア、アストリア様・・・これは、畏れ多すぎます」
慌てて起き上がろうとするが、それを阻止するように彼女に身体を抑えられた。
「いいから、いいから。・・・よいしょ」
アストリアは手に持ったジュラバを広げて、トゥーレの身体に掛ける。
ゆったりとした民族衣装は、彼の上に暖かく広げられた。
「そ、それではアストリア様が、寒く・・・」
再び襲って来た眠気に、必死に抗うトゥーレだが、ここまでが限界だったようだ。
「大丈夫。レーツェル、お願いね」
彼女の愛馬は、静かに四肢を折った。
アストリアが上体を預けて寄り掛かれるような、そんな位置である。
「うん、暖かいわ。ありがと」
鹿毛の身体に包まれたアストリアが、優しく語り掛けるその声を、もう眠りに落ちたトゥーレは聞くことが出来なかった。
朝日が昇ると、トゥーレは何とか目を覚ました。
「・・・う~~~・・・朝・・・か・・・」
まだ身体は怠いが、何とか戻ることが出来そうだ。
短時間の熟睡だが、それで動けるようになるのだから、そこは流石と言えるだろう。
何気なく視線を動かし、そうしてやっと彼は、自分がアストリアの膝枕で寝ていたのだと知る。
「うっ、うわぁ~~~!」
思わず声を上げ、ガバッと起き上がったトゥーレだが、カァッと顔に血が昇った。
(アストリア様の、膝枕でっ!・・・うぅ、もうこれだけでこの先、生きていける・・・)
そんな事を思った時、マイネレーツェルに寄りかかって寝ていたアストリアも目を覚ました。
「ん~~~・・・朝ぁ~~~」
両手で目を擦りながら呟く仕草が、あどけない。
「ぁ・・・目が覚めてたの?どう?体の調子は?」
アストリアは、まじまじとトゥーレの顔を覗き込んだ。
真っ赤な顔で、あたふたとしている彼だが、少なくとも血色は良い。
「うん、馬には乗れそうね。お腹も空いてるだろうけど、もう少し我慢してね。食料を持って来れば良かったわ。失敗した~~~」
ふわふわ、のほほんとした声と表情で言いながら、アストリアは立ち上がろうとして・・・
盛大にすっ転んだ。
感覚が無くなるほど、完全に足が痺れていたからだった。




