3-8 老公との別れと決意
翌朝は、綺麗に晴れた。
突き抜けるような青空は、町のどの青より透明で美しい。
そんな朝の食事を、アストリアの部屋に運んで食べる一同である。
和やかな朝食の席だったが、そこにノックの音が響く。
入ってきたのは、この邸宅の執事をしている男だった。
「失礼いたします。今朝がた、主が亡くなりましたことを、お伝えに上がりました」
真面目で寡黙な執事は、感情を殺した声で淡々と告げた。
「なんだとっ!そ、そんな・・・昨日はお元気で・・・」
ジェラルディーナは、ガタンと椅子を倒しながら立ち上がる。
「今朝、お声を掛けにお部屋に伺った時は、もう息を引き取られておりました。眠るように安らかなお顔で・・・おそらく昨晩の内に、召されたのではないかと・・・」
長年仕えた主の死に、執事は言葉を詰まらせる。
ジェラルディーナは、テーブルの端を掴んで、がくりと肩を落として呟いた。
「まだ・・・ずっとお元気で、いてくれるものだと思って・・・」
サリオスは立ち上がって、彼女の肩に手を置いた。
「ご老公は、幸せだったと思う。最後のひと時を、ジェラルディーナと過ごせたんだから」
ヴェール公はかなりの高齢で、ジェラルディーナたちが来る前は、静かに死を迎えるつもりだった。自分の死期を、知っていたのだろう。訪れる町の人にも会わず、召される日も近いと覚悟していた。
そんなあの日、突然やって来た懐かしい王女。
そして賑やかな、一行。
おそらくそれからの日々が、老公にとってはご褒美のようなものだったかもしれない。
最後のひと月ほどが人生のおまけとして、楽しく過ごせたことは、彼にとっては幸せだったに違いない。
葬儀はしめやかに行われた。
町の人々も参列し、ジェラルディーナたちも親族のように棺に寄り添う。都の遠い血縁者には連絡をしたが、亡くなる前から様子を伝えていたにも関わらず、返事さえ寄越さなかった相手だから、今後もそのままなのだろう。
忘れられた寂しい老人の死になるはずだったヴェール公だが、町の人々とジェラルディーナたちの手によって、手厚く葬られた。
葬儀には参加できなかったアストリアだが、町を出る日の朝、その新しい墓に参った。
身体はもう殆ど回復し、旅を続けられるようになった彼女だが、今までのお礼をせめて墓前で伝えたかったのだ。
持って来た花束の一つを墓前に供え、祈るアストリアの背後で、ジェラルディーナが仲間たちに頼んだ。
「亡くなる前に、話をしたんだ。老公の心残りについて・・・彼は、今のエポカドーロ国の現状を憂いていた。いがみ合って戦も勃発しかねない、2つの地方の未来を心配していた。だから私は、出来る限り彼の心残りを解消して、安らかに眠っていて欲しいと思う。もし可能なら、協力しては貰えまいか?」
仲間たちは暫く考えていたが、やがてサリオスが口を開いた。
「我々に何が出来るかは解らないが、ヴェール公には大変お世話になった。恩返しも出来ないままなのだし、ジェラルディーナの頼みなら喜んで引き受ける」
ジェラルディーナは、深々と頭を下げた。
「ありがとう、恩に着る。そうなると、先ずはバシケーンの都へ行くのが良いと思うのだが」
するとアストリアが、墓前に跪いていた格好から、静かに立ち上がって言う。
「そうね、道のりは大分あるけれど、行く道々で情報を仕入れながら旅をしましょう。あ、あとここを出発する前に、イチルのお墓に寄っていきたい」
アストリアが不用意にそこに近づくのは、リスクが高いのではないかと思うサリオスだが、全員で行けば大丈夫だろうと思い返す。
そして馬や鳥も含めた一行は、高台にあるイチルの墓石の前に立った。
アストリアは、持って来ていた花束のもう1つの花束を供えた。2束購入したのは、その為だったのかと納得する兄である。
(あんな目に遭ったのに、花を供えるのか・・・アストリアは、本当に優しいな)
サリオスはそう思って目を細めるが、妹の方は、優しさとは微妙に違う気持ちがあった。けれどそれを、誰かに言うことは無い。
高台から降りながら、ふいにトゥーレが言った。
「それにしても何故、イチルの霊はアストリア様に憑りついたのでしょうか。無害な霊という話でしたし、長い間あそこに出ていただけなのですよね。逃げて引っ込むだけの臆病な幽霊と聞いていましたが」
彼は優しく穏やかに、アストリアを見つめていた。
けれどその瞬間、ほんの僅かな瞬間だが、彼女がぎくりとしたように見えた。
アストリアは、俯きがちに答えた。
「・・・最初に聞こえた声は、『同じだから、身体を借りれる。探しに行かれる』だったわ。多分、イチルと私が同じだったんじゃないかな。性別とか年齢とか・・・もしかしたら生前の見かけも、似ていたのかもしれない。幽霊の彼女は、髪も目の色も青かったけど、生きてるときは違ったんだと思うし」
するとジェラルディーナが、納得したように言う。
「なるほどな・・・幽霊になって青く染まったような感じか。自分では移動できないようだから、地縛霊なのだろう。その地の影響を受けたのかもしれん」
たまたまアストリアが、生前のイチルに似ていたのだろう。
そう納得した一同だったが、トゥーレだけは微かな引っ掛かりを感じていた。それが何かは、全く解らなかったけれど。
そうして一行は、青の町ファヴァルトを後にする。
一旦街道に戻り、バシケーン領の都を目指すが、道は緩やかに南西方向に向かっていた。
最初に到着したのは、バレットと言う村だった。
荒野の中の村は街道沿いということもあり、宿屋や店が多く、それになりに賑わっている。
周囲の岩石で作ったらしい家々は、黄色っぽいのが殆どで、青色に慣れた彼らの眼には、こっちもなかなかに凄い色だと言う印象だった。
良さげな宿を取り、そこの食堂で食事をしていると、宿の主が寄ってきて話しかけた。
「お客さんたちは、都の方へ行くんですかい?」
「ああ、そのつもりだ。ここでは補給と休息が目的だが、何か見どころはあるか?」
世界を旅して回ることが当初の目的だったサリオスは、時間に余裕があるなら色々と見ておきたいのだろう。
「そうだなぁ・・・この村の近くにあるのは古戦場くらいで、特に面白いのは無いですなぁ」
遠い昔の古戦場で、幽霊が出るという噂もあり、村人たちも近づかないようなところだという。
荒野のど真ん中に石碑が立っているだけの殺風景な場所だが、馬で行くなら10分程度のところだという。
陽が沈むまでにはまだだいぶ時間もあるしと、サリオスたちは買い出しをフェローとケィティに任せて、古戦場の石碑を見に行ってみることにした。




