4 蝙蝠と鉱石と
坑道の入り口近くは、そこそこの広さがあり、そこから奥に向かって、4~5人が横に並んで歩けそうな幅になっていた。
サリオスは、村で買って来た松明を灯し、坑道の奥へ翳す。
バサバサバサ・・・・
羽音と共に飛び出してきたのは、コウモリの群れだった。
「ぁひゃぁ~~~」
それまでのんびりとした顔つきだったアストリアが、珍妙な声を上げる。
知識として、コウモリがいるだろうという事は知っていたが、実際に無数にも思える数が飛び出してくれば、驚きの声が上がるのも無理はない。初心者なのだから。
「いにゃ、ひょえぇ~~~」
乙女の悲鳴とは程遠い声を上げながら、アストリアは外で拾って来た棒切れを振りまわした。
「ア、アストリア!大丈夫、コウモリだからっ」
サリオスは慌てて声を掛けるが、コウモリはぶつからないまでも、すれすれの至近距離で飛び回っている。寧ろジッとしている方が良いのだろうが、アストリアは棒を振りまわすばかりだ。
けれどそんな物に当たるような蝙蝠ではない。棒が当たるのは、岩の壁ばかりである。
サリオスも、近寄れないでいる。
ガッ・・・ゴツッ・・・バキッ・・・
「アイタッ!」
棒が当たって飛ばされた岩の破片か、折れて飛んだ棒か。
どちらか定かでは無いが、何かが顔に当たってしまったサリオスである。
「ご、ごめんっ・・・ごめんなさい、兄さん」
兄の声に、我に返ってしゃがみ込むアストリアの頭上を、コウモリの群れが通過して行った。
サリオスの顔は、幸い切れることもなく、多少腫れただけで済んだ。
「本当に、ごめんなさい」
申し訳なさそうに手当てをする妹の優しい手に、顔には出さず、嬉しくなっている兄である。
とりあえず2人は、近場で石拾いに取り掛かる。
変な声を上げてしまったのが恥ずかしかったのか、アストリアは黙々と地面や壁を探し回った。松明の明かりの下、サリオスも辺りの石ころとは違うように見える岩の破片などを集める。
そして一旦外に出て、拾って来た物を地面に広げて調べる兄妹だ。
「これとか、これとか・・・図鑑で見た、可燃石だと思う。あ、これも・・・」
アストリアが分けた可燃石は、かなり良質のように見えた。
「採掘が盛んだった頃、運び出す時に、落ちた物かもしれんな」
サリオスがそれらを袋に入れると、中くらいの袋いっぱいになる。これなら、売ることが出来そうだ。銅貨数枚でも、多少の買い物が出来るだろう。
「あと、この岩・・・ここに青い筋が入ってる。小さなレア鉱石か貴石が、中に入ってるかも」
アストリアが取り分けた小さな岩は、5つあった。
「詳しいな・・・鑑定学でも勉強したのか?」
妹の知識に、素直に驚いてみせるサリオスだが、アストリアはあっけらかんと答えた。
「図鑑で覚えただけだから・・・カンよ、カン」
うふふん、と笑いながら、彼女は最後に漬物石くらいの大きさの岩を兄に見せる。
「で、これもカンだけど・・・中に何か入ってるような気がするから、持って帰ろう」
ゴツゴツした焦げ茶色の岩は、一か所だけ白っぽい部分がある。けれど、流石に重くは無いだろうか。
けれどアリスヴェルチェは、暢気に言葉を続けた。
「初めてにしては、上出来じゃない?少し重いけど、ライゼなら文句も言わないでしょ」
レーツェルなら嫌がりそうだけど、と続けたアリスヴェルチェは、全てを兄とその愛馬に運ばせる気でいるようだった。
その日の夕方近くに村に戻ったサリオスたちは、1軒の鉱石買い取り屋の店に入った。
慣れない石拾いの労働に、運んだのは馬とは言え、かなりの重量の鉱石類を全て持つ羽目になったサリオスは、ヘトヘトの一歩手前だ。精神的に疲れたのかもしれないが。
「あ~~こりゃ、良質の可燃石だぁねぇ。近頃は品薄なんで、少量でもありがたいさ」
実直そうな店の女主は、ルーペでじっくりと見定めた後、壁に掛かっている価格表通りに買い取ってくれた。廃坑寸前で採掘量が少ない中でも、こうして商売を続けていられるのは、その人柄ゆえなのだろう。
「でも、こっちの鉱石類は、加工屋に持ち込んだ方が良いと思うよ。素材として、買い取ってくれる場合もあるからね。アタシの知り合いで、腕のいい細工師がいるから、そこに行ってみたらどうかね。そっちで売れなかったら、ここで買い取るよ。安くなっちまうけどね」
良心的な女主の言葉を受けて、次は教えて貰った細工師の元へ向かう2人である。
細工師の家は、村はずれにあった。
思っていたより若い細工師は、朗らかにサリオスたちを迎え入れ、鉱石類を調べ始める。
「ああ、うん・・・イイ感じだね。こっちの小粒なヤツは、加工次第で手頃なアクセサリーに出来るかな。全部買い取るよ。それよりこの一番大きな奴だけど、少し待っててくれるかい?」
細工師は、工房に置いてある幾つかの測定器具を使って、重さや体積を測りだした。
容器に入った水に石を沈めて、目盛りを読んで体積を測る。大型の天秤を使って、正確に重量を測る。軽く叩いて、音を聞く。
そんな細工師の様子を、アリスヴェルチェは興味深そうに、瞳をキラキラさせて見守っていた。
一方サリオスの方も、工房の中にある様々な道具を、失礼にならないよう気をつけながら、しげしげと見入っていた。
「よし、オッケー。この小岩、かなり面白そうだ。けど、ここ見てくれ。クラックが入ってるだろう?多分加工中に割れると思うから、先に2つに割っておこうと思うんだ。イイかな?」
若い細工師は、僅かな岩の割れ目を指してそう言った。
するとサリオスが、少し言いにくそうに言う。
「それは構わないが、割った小さい方を加工させてくれないだろうか。つまりその・・・磨き方とかを教えて欲しいんだが」
それを聞いたアストリアが、口を挟む。
「そう言えば兄さん、そう言うの好きだったわよね。小さい頃、よく木で玩具を作ってくれたっけ」
「ああ、父に見つかって、全部取り上げられたけどね」
子供の頃から、サリオスは手先が器用だった。木の枝を削り、小石やボロ布を使って、いろいろ工夫して何かを作ることが大好きだったのだ。実は今までも、こっそりと見つからないように、ちょっとした品を作ったりもしている。
それを聞いた細工師は、寧ろ嬉しそうにサリオスの頼みを聞き入れてくれた。
「オッケー、それじゃ早速やろうか。先ずは、割って・・・」
そこまで聞いて、アストリアが口を挟んだ。
「終わるまで、どのくらい時間が掛かりそう?」
「え?・・・そうだなぁ、磨き方までざっと教えるなら、数時間かな」
すると彼女は、兄に向かって言った。
「それじゃ、私はその間、買い物して来るわ。塩とか、買いたいし」
「えっ、あっ、いや・・・独りじゃ・・・」
サリオスの、過保護と心配性が発動した。
「大丈夫よ~~、危ない場所には行かないし、酔っぱらいには近づかないから」
居酒屋で懲りた、と笑う妹にメンタルの強さを感じる兄である。
結局、細工師に比較的安全な商店街を教わって、ウキウキと出かけて行ったアストリアだった。




