3-6 馬たちも鳥たちも、仲間なのだから
アストリアに憑りついた幽霊を何とかしたいと、仲間たちは諦めずに行動する。
町の中にある教会を訪ねたり、怪しげな占い師や祈祷師の元へも話を聞きに行った。古本屋や古書店を当たり、参考になりそうな書物を入手して調べたりもする。
アストリアも、自分の中にいる幽霊の娘と、何度もコンタクトを試みた。
青い幽霊はクアンと言う名を口にして以降、少しずつ意思の疎通が出来るようになっている。
(私は、アストリアと言うの。貴女の名前は?)
やがてある時から、幽霊は人の言葉らしい音の繋がりを伝えるようになった。
〔ワタシ・・・ナマエ・・・私の、名前は・・・イチル]
コンタクトを取れる時間は、限られていた。
憑依されているという状態は、相当に体力を消耗させるものらしく、アストリアの体調がどんどん悪くなっていったからだ。
頬が削げ、顔色が悪くなり、眼が窪んでくる。食事さえ、まともに取れなくなっていた。
それでも、アストリアは起きている時間の全てを、イチルとの対話に費やした。
イチル自身が、長い年月の間に失った記憶もあったようで、断片的な事しか伝えてこれないが、ここで漸くある程度の事実が解って来た。
イチルはファヴァルトの町がまだ白かった頃、ここに住んでいて、クアンという男性と結婚した。夫婦仲はとても良く、幸せな結婚生活が続くはずだった。
けれどイチルは、病を得てしまう。それはその時代、不治の病と言われるものだった。
クアンは妻の病を治すため、医者や薬以外にも、祈祷や占い、そして古い言い伝えにも頼った。
彼は2人の家を青く塗り、家の中も青く染めた。青が病魔を退けるという古い言い伝えを実行したのである。
そして、それでも彼女の病が進行すると、クアンは『青い薬』なら効くかもしれないという噂を聞きつけ、藁にも縋る思いで、それを買いに行くと言い出す。
イチルは、彼が行くのを止めたかった。傍にいて欲しかったのだ。
けれど、クアンの気持ちも痛い程解っている。可能性があるならそれに賭けたいと言い募る彼は、やらずに後悔したくは無いのだろう。
結局イチルは、クアンを見送った。
青く塗られた家の中で、イチルは夫を待った。
けれど月日が経っても、彼は帰ってこない。イチルの病は進行し、ついに死を迎える。
イチルは、アストリアに言った。
途切れ途切れで解りづらかったが、纏めるとこんな感じだ。
〔死ぬ少し前、お見舞いに来てくれた人が言ったの。『待ち続ける想いを懲り固めるより、諦めて平穏な心でいた方が良いんじゃないか』って。想いや恨みが残ると、天国へ行けないよって言いたかったんだと思うわ。それに『夫にしてみれば、病み衰えてゆく妻の傍にいるのが、ツラかったのかもしれないしね』とも言われた。私、その時それに納得してしまって、頷いたの]
〔けれどその後、凄く後悔した。彼が『きっと帰る』と言った言葉を、信じきれなかった。彼を疑って、その想いも否定した。だから、その償いをしなければならないと思ったの。それは、待ち続けること・・・いつまでも、今度こそ信じて、待ち続けること]
〔私は、あの墓標の傍から離れられなかった。せめて町の中や、家を探しに行きたかった。クアンがどこかにいるかもしれないって思ったの]
幽霊の事情は解ったが、こちらの状況、つまりあれから何百年も時が経っていることを、理解させることは出来なかった。
イチルの中では、自分が死んだ後の時間経過は、ほぼ無いに等しいのだろう。アストリアが必死に伝えても、反応さえ無く、ただクアンに会いたいと言うばかりだ。
しかも、自分の身体から出て行って欲しいと伝えても、全く聞く耳を持たない。その辺りは、年月が経ち過ぎた幽霊が、悪霊になるのに近い現象なのかもしれない。
かと言って、アストリアの体力にも限りがある。
こうなったら、試せることは全てやってみようという事で、サリオスとジェラルディーナが本気で闘志をぶつけてみることにした。剣士と女戦士がそれぞれ1人でアストリアの傍にいると、幽霊が彼女の中から出てこない。それなら2人で、闘志と言うか覇気と言うか、そういう物を思い切り纏ってみたらどうだろうという事だ。
サリオスが剣を、ジェラルディーナが双剣を構え、ベッドに起き上っているアストリアに向けて、真剣勝負並みの覇気を纏う。
(・・・何だか、妙な気分ですねぇ。病床の魔王みたいな?)
アストリアの方は、のほほんとしているが、確かに自分の中の変化を感じた。
「・・・イチルの存在が、少し縮んだ感じがします。でも・・・出てゆく気配は無いかな」
するとそこへ、肩にヨウムのヤーコを乗せたまま、トゥーレが入って来た。
お茶の時間を告げに来ただけだが、アストリアに向けて武器を構えて、今にも切りつけそうな様子のサリオスとジェラルディーナを見て、思わず叫ぶ。
「なっ、何をしてっ・・・」
けれどその言葉が終わる前に、肩のヤーコが叫んだ。
〈ギャ、ギャ、ギャーーーーッ!〉
翼をバタバタと激しく動かして、ヨウムの鳴き声を大音量であげるヤーコだが、そこでアストリアが声を上げた。
「あっ!もっと縮んだ!」
鳥の警戒と威嚇の大きな鳴き声は、人間の覇気と通じるものがあるのだろうか。
それに気づいたジェラルディーナは、窓を大きく開けて指笛を鳴らした。
鷹のファルコが、その合図に応じて窓から飛び込んでくる。そして直ぐに、幽霊の存在に気付いたのか、鋭く鳴いてからジェラルディーナが差し出した腕に降りた。
「どうだ?」
ジェラルディーナの問いに、アストリアは唇を噛みながら答える。
「ーーーーっ・・・凄く・・・小さくなったけど、暴れるみたいな感じで・・・でも、出ていかないっ」
多分、あと少しだ。
サリオスとジェラルディーナは、限界まで覇気を高めるが、それでもイチルがアストリアから出てゆく気配は無い。
一方、中庭にいた馬たちは、ヤーコの鳴き声にピクッと耳を動かし、それを聞きとっていた。
真っ先に動いたのは、マイネレーツェルだ。いまでずっと大切な主人に、何か良くないことが起こっていると感じてはいたが、ジリジリしながら心配だけを募らせていたのだ。
額に『?‼』の流星がある鹿毛の馬は、建物の内部に通じる扉に突進した。
ドカン!メリッ・・・
大きな音が響くが、丈夫な木の扉は歪んで軋んだだけだった。
すると、黒鹿毛のヴェルトライゼンテが、マイネレーツェルと扉の間に割って入って、その身体を押しのける。そして、後方に控えた青毛のフォルテヴェローチェをチラッと見た。
ドガガガッ・・・ドゥンッ!バキィッ!
助走をつけた真っ黒な馬の、鍛えあげられた身体は、見事に扉を粉砕する。
マイネレーツェルは開けてもらった通路を駆け、アストリアの部屋の前に来ると、再びドアに身体を打ち付ける。ごく普通のドアは、あっさりと壊れたが、流石にその入り口は狭かった。
けれど鹿毛の馬は、驚く室内の人間たちを無視して、無理やり身体をねじ込む。
擦れて千切れ飛んだ茶色の毛と、幾つもの擦り傷から滴り落ちる血。
そしてマイネレーツェルは、そのままベッドに駆け寄ると、両方の前脚を高々と上げた。




