3-5 待ち続ける幽霊
ジェラルディーナは、慌てて引き返した。
アストリアの部屋に入ると、そこには何とか彼女をベッドに戻そうとしているケィティの姿がある。
ドアを開けた瞬間、アストリアの姿は水色の淡くぼんやりした光に包まれていたが、それは直ぐにスゥっと収束する。
「どうした?」
急いで駆け寄り、よろめいたアストリアを支えたジェラルディーナだ。
「・・・・・・え?・・・何?」
けれどアストリアの方は、何が何だか解らないというような顔をしている。
「あ、あの・・・ジェラルディーナ様が出て行かれたら、急にアストリア様が青い光に包まれて、出て行こうとされたので・・・」
(どういう事だ?私が傍を離れると、アストリアがおかしくなるという事なのか?)
ジェラルディーナは、ちょっと試してみると言って、部屋を出入りしてみる。
思った通り、薄青いベールのような光は、出たり引っ込んだりした。
何だかジェラルディーナが、オンオフのスイッチのようだ。
何故かは全く解らないが、とりあえずジェラルディーナが傍にいることにして、アストリアに食事をさせる。そして、まだかなり疲れている様子の彼女に、説明を求めた。
アストリアは、困ったような顔で、それでも話し始める。先ずは町で聞いた『青い幽霊』の話からだ。
「・・・出る場所があの高台だって聞いてたから、それを見に行ったの。昼間なら幽霊は出ないだろうし、無害だって聞いてたから。そうしたら草に埋もれた石板みたいなお墓みたいな物があって、それに触れたら・・・気がついたら、ここに帰って来てた」
どうやらこの現象は、その幽霊に関係するのだろう。
ジェラルディーナは、自分だけでは荷が重すぎると思い、フェローとトゥーレにも来てもらった。
もう一度アストリアから話を聞いて、トゥーレが提案する。
「サリオス様に、お伝えした方が良いでしょう。多少なら歩いても良いという事なので、こちらにお連れします」
そして仲間が全部そろい、この状況について話し合った。
ジェラルディーナだけがオンオフスイッチになっているのかと思われたが、試してみると、サリオスが傍にいる時も青い光は出てこない。
「これは、どうしてなのか・・・」
頭を捻るサリオスとジェラルディーナだが、そこでアストリアが答えた。
「多分だけど・・・怖いんじゃないかな。何となく、解るの・・・私の中に、何かが居るっていう感じがするし、それが多分『幽霊さん』じゃないかと思う・・・話が出来るとか、そういうわけじゃないけど、何となくなら解るって言うか・・・」
そう言えば、オバサン達の話では、退治騒ぎが起きると幽霊はしばらく出なくなると言っていた。怖がりなのかもしれない。
「剣士とか戦士とか、そういう方々は闘志を纏っていると言いますからね。つまりサリオス様とジェラルディーナ様が傍におられれば、とりあえずアストリア様が幽霊に操られて、ふらふら出て行くことは無いと・・・けれど、その幽霊は、何がしたいんでしょう?」
アストリアは、少し考えてから言った。
「思い出したんだけど、あの高台で意識が無くなる前に、頭の中に聞こえた言葉があるの。カラダヲカリル、サガシニイケル・・・って。でも、それ以外のことは何も解らない・・・」
するとサリオスが、大分回復した力強い声で、仲間たちに頼んだ。
「情報が足りないと思う。ジェラルディーナは老公に、フェローとケィティは町の人に聞いてみてくれ。トゥーレは書物類などを調べて欲しい。その間は、俺がアストリアの傍にいる」
こうして情報を集める中、アストリアは自分の中にいる『青い幽霊』との対話を試みていた。
(貴女は、誰?)
〔・・・・・・・・]
(私は、アストリアよ。貴女の名前を、教えて)
〔・・・・・・・・・・・・・・]
(貴女の名前を、教えてちょうだい)
〔・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・]
根気よく、何度も繰り返し問い続ける。
(何を探しに行きたいの?)
〔・・・・・・・]
(誰かを、探しに行きたいの?)
〔・・・・・・]
問いを変えては、諦めずに優しく尋ねる。
(あの高台で、何を待っていたの?)
〔・・・・]
(誰を、待っていたの?)
そして最後にその問いを投げかけると、微かな音のようなものがアストリアの胸の中で響いた。
〔・・・・ク・・・アン・・・]
(クアン? クアンさん? 彼を待っているのね?)
けれど声は、アストリアに答えることもなく、ただその名を途切れがちに繰り返すだけだった。
翌日、各々が何とか得た情報を持って集まった。
「幽霊さんは、クアンって言う人を待ってるみたい。多分、男性だと思うけど、それ以外は解らない」
「老公に聞いてみたが、ここに住むようになってから、何度か噂を聞いた事があるというだけだな」
「酒屋のお爺さんに聞いてみたら、子供の頃に母親に教わったっていう話をしてくれました。昔、恋人の帰りを待っていた娘が居て、死んだ後も幽霊になって、帰らない彼を待っているという話だそうです」
「町外れに住んでるお婆さんに聞いた話も、同じだったよ。その恋人は、薬を買いに行ったんだって言ってました」
そしてトゥーレが、古く分厚い本を広げながら言った。
「書庫にあったこの町の歴史関係の書物を調べましたが、この町が青い塗料で塗られるようになった理由の記述に、関連性がある事柄を見つけました。ここです」
『ファヴァルトの町は、遠い昔、白い石灰岩と漆喰で作られていた。青く塗られるようになったのは、200年くらい前の頃であるらしい。青色は病魔を退けるという、この地の先住民族の言い伝えを知ったある家で、家の外と中を塗り替えたのが始まりと言われている。当時は、青い薬は万能薬だと言う話も信じられていて、それを求めて旅立った者もいたという。やがて町の人々は、比較的安価で入手しやすい青い塗料で、町中を塗るようになった』
「幽霊の青い色が、何か手掛かりにならないかと調べていたんですが、幽霊が探しているクアンという男性が薬を求めて旅に出ているなら、少しは関係があるのかなと思いまして」
トゥーレの言葉を聞いて、何となく話がまとまったような気もするが、まだ解らないことが多すぎる。
解決策の手掛かりさえ掴めない状況で、皆大きく溜息をつくしか無かった。




