3-4 青い幽霊の噂 憑依
その日アストリアは、ジェラルディーナと一緒に、馬たちの放牧に向かった。
久しぶりに主と一緒に牧場へ向かうマイネレーツェルは、傍目にも解るくらい嬉しそうで、ウキウキとステップを踏むような足取りである。
町のすぐ外にある共同牧場は、広い放牧場があり、ヴェルトライゼンテとフォルテヴェローチェ、そしてマイネレーツェルも伸び伸びと自己鍛錬に励んだ。
アストリアも久しぶりに乗馬をして、すっきりとした気分になるが、ふとある事を思い出した。
それは先日、フェローと一緒に買い物に行った時の事だ。
忙しいトゥーレに頼まれた、紙とインクを買いに出るフェローに付いて来たアストリアだが、その店で女店主が客と話している内容が気になった。
「また『青い乙女』が噂になってるねぇ。あそこにいるだけなんだから、放っておいてやりゃあイイんだよ。騒いでみたって一旦消えるだけで、またしばらくすれば出て来るんだしさ」
「そうだよねぇ。確かに幽霊っちゃ幽霊だけど、特に悪さもしないんだし」
「そうそう。けど今度は粉屋の息子が、退治するんだって息まいてるんだよ」
「ああ、あの道楽息子か・・・まぁ直ぐに飽きるんじゃないかねぇ」
他愛のない噂話だが、アストリアは笑っているおかみさん達に声を掛けてみた。
「その幽霊って、どこに出るんですか?」と。
(そう言えば、確か共同牧場の手前の高台にあるって聞いたけど・・・)
アストリアは振り返って視線を上げ、愛馬から降りる。
(あの辺りかしら?ちょっと見て来ようかな)
彼女は、まだフォルテヴェローチェと一緒に鍛錬を続けているジェラルディーナに声を掛けた。
「ちょっとあそこの上に行ってくるわね。直ぐに戻るから」
高台を指さすアストリアに、ジェラルディーナは笑って答えた。
「ああ、足元に気を付けて」
坂道を登って高台の端に上がったアストリアは、心地よい風に吹かれながら辺りを見回した。
数本のオリーブの木が生えているその場所は、雑草の野原になっている。アストリアは、そぞろ歩きながら考えていた。
(幽霊がでそうな場所じゃないけど・・・まぁ今は昼間だし、悪さをしない幽霊ならこんな場所もアリなのかしら・・・)
「あ・・・いい眺め・・・」
ふと呟いて微笑んだアストリアの足が、コツンと何かに当たった。
「え?・・・ああ、石?」
草に埋もれた石板のような石に、軽く躓いたらしい。
「かなり風化してるけど、文字が彫ってあったみたい。読めないけど・・・あ、もしかしてこれ、墓石かしら?」
幽霊が出ると言われる場所だから、お墓があっても不思議では無いだろう。
「・・・すみません、失礼しました」
アストリアは跪いて、軽く墓標の石の表面を手で払った。
〔・・・・アア・・・ヤット、ミツケタ・・・]
ふいに、風の中、いやアストリアの頭の中に、囁くような声が聞こえた。
「えっ・・・誰?」
顔を上げて辺りを見回すアストリアに、再び声が聞こえる。
〔オナジダカラ・・・カリレル・・・カラダ、カリル・・・サガシニイケル]
問い返そうとしたアストリアだが、それを言葉にする前に、急速に意識が暗転した。
直ぐに戻ると言ったアストリアが、なかなか戻ってこないのを訝って、ジェラルディーナは高台に上がった。けれどそこにアストリアの姿は無く、風が吹きぬけているだけだ。
(・・・先に帰るなら、そう言ったはずだ)
彼女は馬たちを集め、とりあえず急いでヴェール邸に戻った。
案の定、アストリアは帰宅していなかった。
「また、攫われたのか?・・・今度は誰にだ?」
思わずそう呟くジェラルディーナだが、立て続けにこうなると、拉致され体質でもあるのかと思ってしまう。
「高台に、そういった痕跡が無かったのなら、事情があって独りでその場を離れたといことも推測出来ます。先ずは手分けして、お探しして・・・サリオス様にお伝えするのは、その後でも良いかと思います」
現段階では至極真っ当なトゥーレの言葉に、サリオスを除く全員が支度をしている時、ふいに玄関の扉が開いた。
「アストリア様っ!」
最初に振り返ったのは、トゥーレだった。けれど逆光の中に立っているアストリアの身体には、ぼんやりとした薄青い光が纏わりついている。
ハッとしたトゥーレだが、次の瞬間ジェラルディーナが叫んだ。
「アストリアっ!どこに行ってたんだ!」
両手を伸ばして駆け寄る姿に、アストリアの身体が一瞬硬直する。
そして彼女を覆っていた薄青色の光は、すぅっと吸い込まれるように消えた。
「・・・え?・・・ここ、どこ?」
ジェラルディーナに肩を掴まれたアストリアは、辺りを見回して呟く。
「帰って来たの、私?・・・どうやって・・・ここまで・・・っ」
キュッと眉を寄せたアストリアは、ふらつきながら額に手を当てた。
「おい、大丈夫か?」
慌てたように彼女の顔を覗き込んだジェラルディーナの目の前で、アストリアは膝から崩れ落ちた。
「疲労と貧血、でしょうか。暖かくしてゆっくり休ませて、起きたらしっかり食事をさせてあげて下さい」
呼ばれた医者は、アストリアを診察してそう告げた。
外傷も無く、ただ疲れて軽い貧血を起こしただけだと言われたアストリアは、ベッドの中でぐっすりと眠っていた。
暫くして、アストリアは目を覚ます。付き添っていたジェラルディーナは、ホッとしたように声を掛けた。
「大丈夫か?気分はどうだ?」
「ん・・・ちょっとぼうっとしてるけど、大丈夫」
「そうか。ケィテイが食事を用意しているから、先ずは持って来て貰おう。話は食べ終わってからだな」
ジェラルディーナが廊下から声を掛けると、直ぐにケィテイがトレイの上に暖かい食事を乗せて運んで来る。
「私はその間に、馬たちの様子を見て来よう。急いで帰って来たから、馬たちも何かあったんだと心配してるだろうからな」
ケィティと入れ違いに、廊下に出たジェラルディーナが中庭に通じるドアの前に来た時、アストリアの寝室の方から、声が届いた。
「アストリア様っ!どちらへ行かれるんです!まだ、休んでいないと・・・」
それは慌てふためくケィティの声だった。




