3-3 副業と 男に間違われるアストリア
青の町ファヴァルトでの滞在は、のんびりと始まった。
アストリアは兄の看病をするが、直ぐにそれはお役御免となる。
サリオスの回復はかなり早く、数日後にはベッドから起き上がり、やがて自分の事は自分で出来るようになった。
(うぅむ、ちょっと回復が早すぎたか・・・)
妹の優しく暖かい看護に、少しでも早く回復して報いたいと思ったのは事実だ。
だが結局そんな至福の時間は、あっと言う間に過ぎてしまった。
旅の剣士としての基礎体力と回復力が、高すぎたのかもしれない。
(何だか、勿体ない事をしたような気が・・・・)
とは言え、こればかりは悔いてもどうにもならない。
一方トゥーレとケィティは、かねてより計画していた自己資金調達を、実行に移していた。
それは、レシピを売るという事だ。
ケィティの料理は、どれも皆素晴らしいが、節約レシピも豊富だし、旅の中で素材が限られるような場合でも対応できる料理も多い。彼女はそれらの調理法を、全て覚えている。
トゥーレはそこに目をつけて、ケィティと相談して、そのレシピを売ってみることにしたのだ。
市場調査で、この町で好まれている料理や、流通している食材を調べた。季節的に多く市場に並ぶような素材を使い、どの家庭でも揃っている調理器具を使う。
そして『異国風 節約・簡単レシピ』として露店で売ってみたのだ。
レシピを書いたりするのは、トゥーレが受け持った。ケィティはその様子を見ながら、ついでに文字の書き方を習う。彼女は、文字は読めるけど書けない状態だったので、これは丁度良い学びの場であった。
露店に並べる時は、試食品を作って並べた。
道を通る主婦らしい女性をターゲットにし、声を掛けながら試食品を差し出す。そして、如何に簡単に、安価で作れるかを説明する。中には、余り物で出来るようなレシピもあった。
売値はレシピ3枚で、銅貨1枚と安くしたが、それも功を奏したのだろう。日々の献立を考えるのは、主婦にとって(人にもよるが)ある意味苦行に近いものだ。今晩はどうしよう、と考えながら買い物に出た主婦たちは、それらのレシピは先ず興味を惹かれる。
レシピを買う、という事に抵抗があった主婦たちだったが、日が経つにつれ、購入する女性が少しずつ増えて行った。
誰かが購入し、美味しいと周りに伝え振舞って作り方を教える。それを食べた人が、それじゃ私も別のレシピをと思って買いに来る。
そんな感じだったのだろう。
そもそも料理のレシピを書いて保存する習慣など無かったこの町の主婦だが、大抵の女性が文字は読めるけど書けないというケィティのような状況だったので、これは良いと飛びついたのだ。
そしていつの間にか、『異国のレシピ』と呼ばれるようになったそれは、露店を開くと直ぐに売り切れるほどの流行となった。
トゥーレは、空き時間の全てをレシピ書きに費やし、ケィティも練習も兼ねてひたすら紙に文字を書きつける。次々と新しいレシピを出せるのは、ケィティの頭の中のレシピが膨大だったからである。
やがて2人は、目標としていた金額を、何とか稼げるようになった。
ジェラルディーナは、老公の相手をしながら、空いた時間は馬たちを連れて町の外に出る。運動と気分転換のためだ。
この町の家は、外庭を造らない。大きな家や邸宅は、建物で周りを囲った中庭を持つ。ヴェール邸も同じで、そこそこ大きな四角い中庭の周りを、ぐるりと石造りの建物が囲むような形だ。
馬たちは、その中庭の中で自由に過ごしていたが、やはりそれだけでは運動も足りないだろう。
町中では、主にロバが運搬に使われていて、馬は他の町との行き来にだけ使用されているので、町のそとにある共同牧場で纏めて世話をされていた。
サリオスがまだ動けないため、ジェラルディーナは自分の鍛錬も兼ねて、毎日数時間は馬と過ごす時間を作っている。
そしてアストリアは、フェローと一緒に過ごす時間が増えていた。
邸宅の少ない使用人たちを手伝うために、掃除や厨房の手伝いをしたり、一緒に買い物に行ったりする。
その日も、アストリアとフェローは、青い町中に買い出しに来ていた。
この地方で採れる寒トマトの初売りで、八百屋の前はごった返していた。
寒トマトとは、春のこの時期に収穫されるもので、見かけや味は普通のトマトとさほど変わらない。料理に使っても良し、生で食べても良しの食材だ。春先の真っ赤な実は、縁起も良いので、店にに並ぶ最初の日は人々が争って買いに来るのだ。
おひとり様3個まで、と書かれた八百屋の店先には、大小様々で熟れ具合も色々な寒トマトが積み上がっている。
アストリアとフェローも、何とか3個のトマトを選び、代金を払おうとする。
「お、毎度っ!ああ、コイツはサービスだ。ちょい熟れすぎてて、潰れそうだから避けといたヤツだ」
八百屋のオヤジは、忙しくても愛想を忘れない。アストリアの掌に、小さめで柔らかく真っ赤な寒トマトを乗せてくれた。
フェローは、でっぷり太ったオバサンの陰になり、まだ代金を渡せないでいる。
アストリアは外に出て待っていようと、人混みを抜け壁際に身を寄せた。
その時、いきなり斜め後ろから近づいた男が、アストリアの右のスリットに手を突っ込む。
そしてもぞもぞと、何かを探すように手を動かした。
(えっ?・・・)
驚いて身を引き、アストリアは咄嗟に左手をもう片方のスリットに入れた。
男の手は、彼女の股の辺りにある。
(ち、痴漢っ?)
気持ち悪いし腹立たしいが、声を上げるより先に、アストリアはジュラバの中で、男の手を左手で防御する。
手に、良く熟した寒トマトを持ったままで。
「ンだと?やっぱ男か。紛らわしい顔しやがって・・・」
次の瞬間、男は忌々しそうに呟いて、パッと離れて去った。
「アストリア様!大丈夫ですか?今の男は?」
やっと代金を払い終わたフェローが、慌てて駆け寄る。
「うん、大丈夫だけど・・・私、男に間違われたみたいで・・・いや、どっちか解らなくて確認された・・・のかな?」
彼女の言葉に、フェローは通りを歩く人々を指して答えた。
「ああ、ジュラバって男性はフードを被っているのが普通だけど、女性はフードを被らずにスカーフで頭を覆っているんですよね。だから間違えた・・・のかなぁ?」
フードを被ると、ちょこんと立ったトンガリ帽子っぽくなる。それがお気に入りなアストリアは、いつもフードを被っていた。
(つまり、男にしては女みたいな顔してるから、確かめたってことみたいね。痴漢に変わりはないけど)
アストリアは、左手をスリットから出した。
手に持っていた真っ赤な寒トマトは、男に握られたせいで、少し潰れている。
つまりあの痴漢は、股間にあった寒トマトを握って・・・男のアレだと思った訳だ。
アストリアは真っ赤な実をしげしげと見て、大きく溜息をついた。
「・・・何かちょっと、これ食べたくないかも」
図太い神経のアストリアでも、流石にこれに齧り付きたくはないと思った。




