3-2 服の罠 青の町に滞在
アストリアが買いに走った服は、バシケーン地方の伝統的な衣装で、ジュラバと呼ばれている。
長袖で丈の長い上着はフードが付いていて、それを被るととんがり帽子のようになるのが特徴だ。
色はベージュか白に近い灰色の物が多く、ゆったりしたシルエットが彼女の好みにぴったりだった。
妹が楽しそうに買い物をしている店の外で待っているサリオスに、トゥーレとケィティは近くを見て回って来ると言ってその場を離れた。
彼らは、少し前から話していたある計画を、実行しようとしている。その為の市場調査をしておきたかったのだ。
やがてアストリアは、買ったジュラバを着て出て来た。ベージュの柔らかい布に、縫い目にあしらった緑のステッチがアクセントになっている。服の両方にあるスリットに手を突っ込んで、アストリアはくるりと回って見せた。
「兄さん、どう?」
「ん?・・・ああ、似合ってる」
「着ていた防寒具全部ひと揃いと交換で、手を打ってもらったの。荷物が増えなくて良かったわ」
この地では着ているだけで暑いようなコートや帽子、手袋などを纏めて引き取ってもらえたなら、旅人にとってはラッキーだっただろう。
どうやらアストリアは、交渉術にも長けているようだ。
そんな話をしながらブラブラと歩いているうちに、2人はいつの間にか町外れに近い場所まで来てしまっていた。トゥーレやケィテイを見つけられなかったことでもあるしと、アストリアたちは来た道を戻ることにする。
するとその時、前方から大声が聞こえた。
「そいつを捕まえとくれーーーっ!」
真っ赤な顔をしたオバサンが、棒切れを振り上げながらドスドスと駆けて来る。
「ウチの娘を、騙しやがってーーーっ!」
するとサリオスたちに向かって歩いて来たジュラバ姿の男が、バッと振り返って怒鳴った。
「煩せぇっ、クソババア!痛ぇえメに遭いてえのかよっ」
そう言うなり、右手でナイフを翳した。
「おい!止めろ!」
素早く動いたサリオスは、男の右肩を左手でグイっと掴んだ。右手は男のナイフの対応のために空けてある。
「何だ、テメェ・・・っ、あ、いや・・・こ、こいつは脅しで・・・」
男は慌てて、ナイフをスリットの中へ仕舞った。剣士然としたサリオスの出で立ちは、その雰囲気でかなり腕が立つことが解る。
「往来で、そんな物を振りまわすんじゃない」
サリオスは、男の右の二の腕をがっちりと掴み、その動きを封じた。そして走って来た中年女性を見て、声を掛ける。
「とりあえず捕まえましたが・・・」
次の瞬間、男が素早く動いた。
「ウッ・・・グ・・・・」
サリオスの身体がガクッと折れ、男を掴んでいた腕の力が緩む。
男はあっと言う間に彼を突き飛ばし、凄い勢いで駆け去って行った。
「兄さんっ!」
アストリアが駆け寄ると、サリオスは油汗を滲ませた顔で、それでも無理やり笑って見せる。
「大丈夫・・・だ。クソ、油断した・・・ヤツの右手は抑えていたのに・・・」
アストリアは鞄から布を取りだして、彼の脇腹に強く押し当てながら言った。
「アイツ、右手のナイフをスリットから中に入れて、ジュラバの中で左手に持ち替えたのよ。このスリットは、ポケットの入り口じゃ無いの」
そう言う事か、とサリオスは痛みを堪えながら思った。
見た目だけで、ポケットだと思い込んでいたのが失敗だったのだ。
男は左手に持ち替えたナイフを逆手に掴み、後ろに向けて押し込むように、サリオスの脇腹に刃を埋め込んだのだ。
「だ、大丈夫かいっ!とりあえず、うちの店に運び込んで、医者を呼ぶから・・・」
怒鳴りながら追いかけて来たオバサンが、慌てて声を掛ける。
けれどその時、誰よりも信頼できる仲間の声が聞こえた。
「やられたのか、サリオス!アストリアは、無事か?」
それはヴェール公の邸宅から出て、宿に帰る途中のジェラルディーナだった。
「ジェラルディーナ!」
アストリアは、彼女の名を叫ぶ。それは、大きな安堵を含んでいた。
「奥さん、そのエプロンをくれ」
傍らでオロオロしている中年女性は、ハッとして赤いストライプ模様の大きなエプロンを外して寄越す。
ジェラルディーナは、それを使ってテキパキと止血の応急処置をした。何度か小規模な戦に参加したこともある彼女は、こういう場面に慣れていた。
「ここからなら、私が訪ねていた邸宅の方が近い。医者を呼ぶのも便利だろう。サリオス、歩けるか?肩を貸すぞ」
「ああ・・・すまん・・・」
ジェラルディーナが肩を貸し、彼が何とか立ち上がった時、道の向こうからトゥーレとケィティが駆けて来るのが見えた。
「申し訳ございません、突然怪我人を担ぎこみまして」
アストリアは、デヴィアス・ヴェール老公の前で、深々と頭を下げた。この老人の身分などは、ジェラルディーナから聞いている。ジュラバを着た姿では失礼かもしれないが、それでも感謝の気持ちは精一杯伝えたい。
「ああ、気にせんでよい、よい。ジェラルディーナの仲間なら、役に立てて嬉しいからの。して、怪我人の様子はどうじゃな?」
ヴェール老公の様子は、ジェラルディーナが最初に訪問した時よりも、遥かに元気そうに見えた。
非日常の出来事で、老人が活性化するのは珍しいことではない。
「幸い内臓への損傷は無さそうで、出血も最小限に抑えられたのですが、かなり深くまで刃が入っているので、しばらくは安静にするようにとのことです」
アストリアは静かに答えたが、それでもどこか辛そうに見えた。普段はシスコンの兄の言動を、かわして流しているような態度だが、それでも大切な兄なのだ。
「ふむ、それでは完治するまでここに滞在するが良いぞ。総勢6人だったな。賑やかで良いわい」
ついでに馬も鳥もいるので、賑やかになることは間違いない。
けれど老人は、窪んだ瞳を煌めかせて、いかにも楽しそうに笑った。
こうしてアストリアたちは、サリオスが回復するまでの間、青の町ファヴァルトのヴェール邸に滞在することとなった。




