3-1 エポカドーロ国 青の町
国境の山脈は、険しい岩山だったが、そこを越えると景色も気候もガラッと変わった。
アストリアたちは、エポカドーロ国のバシケーン地方に入る。
地図上では北東から南西にかけて斜めに長い国土を持つエポカドーロ国だが、彼らは街道が導くまま北東方向から入国した。
薄茶の大地と赤茶の岩石が織りなす色は、どこか殺風景だが、僅かな灌木の茂みが点在して、微かな命の息吹を感じる。
そんな街道を進んでいると、小高い丘の中腹に、一色の塊が見えた。
「あ! あそこは何ですか?青いけど」
ケィティが上げた声に、ジェラルディーナが笑みを含んで答えた。
「ファヴァルトという町だ。もう少し先に分かれ道があって、そこから行かれるのだが、知人がそこに住んでいるかもしれないので、立ち寄りたい。良いだろうか?」
特に当てがある旅でもないし、あの青色には惹かれる。
一行はジェラルディーナの提案に、快く従った。
ファヴァルトの町に入ると、そこは青の渦だった。
空のような青、湖のような青、濃い淡い、緑っぽい、黄色っぽい、白っぽい青。
そんな様々な青が、家の壁や石垣、道や階段までも染めている。扉や窓、植木鉢さえも青く塗られていた。
何度も塗り重ねられたらしいそれらの色は、石垣や階段の角さえも滑らかになっている。固いマシュマロのような形状は、メルヘンチックでもある。
「・・・すご・・・」
「徹底しているな。何故、青なのか・・・」
「ほら、ああやって塗っているみたいですよ」
道端の女性が、青く水っぽいペンキに浸したブラシで、家の壁を擦りながら塗っていた。汚れを落としながら、新しい青を上塗りしているのだろう。
何とも不思議な気分に包まれ、やがて一行は宿屋を見つける。
「私は早速、知人を訪れようと思う。多分、人に聞けば解るだろうからな」
ジェラルディーナはそう言って、フェローを連れて出て行った。
そしてアストリアたちは、無事に部屋を取ると、ぶらぶらと街中を散策しに出掛ける。
ここまで真冬装備だったので、それらを売って適切な衣服に着替えるつもりだった。
ジェラルディーナは、町外れにある大きな邸宅の門前に立っていた。
彼女の旧知の間柄である相手は、デヴィアス・ヴェールと言う名で、住まいは直ぐに分かった。この町で大公と呼ばれる彼は、この町では誰もが知る人物らしい。
既にもう高齢で、隠居生活を送っている大公だが、町に人々には好かれているようだ。
「私は、ジェラルディーナ・レジネッタと言う。老公に、取り次いでいただきたい」
そう名乗ると、使用人らしい男は困ったように答えた。
「ご主人様は、今日はご気分が優れず、伏せっておられますので・・・」
「では、本人に告げて貰えまいか。レジネッタのジェラが来た、と。それでもお会いできないようなら、また明日にでも窺うから」
使用人は奥に引っ込んだが、直ぐに駆け戻ってきた。
「ご主人様が、お会いするそうです。どうぞ、こちらに」
ジェラルディーナが案内されたのは、心地よく整えられた寝室だった。
少し驚いたのは、家の中も上品な空色に塗られていたことだ。おそらくこのファヴァルトでは、全ての家の中が青いのだろう。
「おお!・・・本当に、ジェラではないか。うんうん、ちゃんと面影がある。だが・・・凛々しくなったのぅ。美しい女戦士じゃ」
皺だらけの老人が、ベッドから半身を起こして、嬉しそうに言った。
「ヴェール大公、お加減はいかがですか?無理を言ってしまったのでは?」
体調が良くないと聞いていたジェラルディーナは、ベッドに近づきながら気遣う。
「いやいや、もうすっかり老いてしまっただけじゃよ。足腰も弱ってしまって、物忘れも激しくなってしまってのぅ。老いぼれ爺、そのものじゃ」
老大公は、笑って言った。
老人特有の自虐的な台詞だが、その笑顔は寧ろあどけない程優しい。
「いえ、そんなことは・・・・」
けれどジェラルディーナの方は、何と言えばよいか解らない。
「それにしても、まさか会えるとは思わんかったのぅ。生きていれば良い事もある。ジェラや、レジネッタからわざわざ来てくれたのかね?」
老人の言葉に、ジェラルディーナは思い出していた。
デヴィアス・ヴェールは、レジネッタ王家と血脈で繋がっていた。
彼の祖母は、ジェラルディーナの祖父の妹に当たる。二代前のその時代、デヴィアスの祖母ルチアはエポカドーロ国に嫁いでいたのである。
異国から嫁いできた後妻という事で、ルチアの子は王位に絡むこともなかった。デヴィアスもその孫ではあったが、普通の王族として外交面で働く。
そしてよくレジネッタを訪れていたので、幼い頃のジェラルディーナを可愛がってくれていたのだ。妻帯してはいたが、子どもに恵まれなかったこともあったのだろう。
「武者修行の旅の、途中なのです。仲間たちと、もう長いこと一緒に旅をしています」
穏やかな笑みを浮かべて言う彼女に、老人は孫娘に言うように優しく答えた。
「ほう・・・そうか、そうか。それでも、こうやって会えたのは嬉しいのぅ。神様のご褒美かもしれんて。冥土の土産になりそうじゃ。ジェラは昔から、活発で武芸が好きじゃったが・・・もう、ジェラなんて呼べんかの。ジェラルディーナ王女」
「いいえ、ここではどうぞジェラのままで。私も、お爺様と呼ばせていただきますから」
「フォフォフォ・・・昔に戻ったみたいじゃ。ところで、お仲間たちはどうしておるんじゃ?」
「宿を取って、きっと今頃は町中を散策しているのではないかと」
「そうか、もし良かったら、紹介してくれんか?ああ、そうじゃ。ここは無駄に広いので部屋は余っているから、揃って滞在してくれると嬉しいんだが・・・」
この寝室まで案内してもらった時も、邸宅の広さに対して使用人が少ないと感じていたジェラルディーナだ。訪れる人も、たまに町の誰かが来るくらいで、宮廷からは忘れ去られているのだろう。
ジェラルディーナは、穏やかに微笑んで頷いた。
「今晩、宿に戻って、仲間に聞いてみましょう」
その頃アストリアたちは、青い空間の中を歩いていた。
「青は嫌いじゃ無いが、何だか酔いそうだ」
ポツリと呟いたサリオスに、妹はあっさりと聞き流して、おねだりを始めた。
「兄さん、私、あんな服が欲しい」
彼女の指さす先には、この地方の民族衣装らしいゆったりとした上着を着る男女がいる。
アストリアは、兄の返事も聞かず、傍らの衣料品店の中に入っていってしまった。
「えっ・・・ああ、まったく・・・」
慌てて妹の後を追うサリオスを、トゥールとケィティは肩を竦めて微笑んでいた。




