2-19 西の国境を越えて
冷静かつ傍観者の眼で見れば、あの夜の出来事は馬鹿げたマジックショーのようなものかもしれない。
けれどプレジール公爵には、効果抜群だったようだ。
数日後、王都へ探りに行ったフェローとケィティの話によると、公爵は私兵を解散して大人しく屋敷に籠ったそうだ。夫人との離婚も確定し、いずれは独身に戻る公爵だが、しばらくは魔女の呪いを怖がって身を慎むだろうという使用人たちの言葉を得た。
そして1週間後、アストリアたちは西へ向かって旅立つ。
春浅い季節とは言え、街道の雪も消え、一行は久しぶりの旅に心弾ませていた。
エリンコート王国の西南には、エポカドーロという国がある。
斜めに長い国土は、バシケーン地方とマグリブ地方に別れ、それぞれの領主が共同統治する珍しい国だ。
一行は、エリンコート王国と隣接するバシケーンから、入国するつもりだ。
のんびりとした旅の途中、街道沿いの宿に泊まった時、食事をしながらアストリアが口を開いた。
「エリンコートでは、最後にひと騒動あったから、結局トゥーレとケィティの就職先は見つけられなかったわね」
肩を落として言うのは、それも自分に責任があるのではないかと思うからだ。
けれど、現在無職の2人は、頭と手をブンブンと振った。
「あっ、あの・・・私は、その・・・今はどこにも就職したくないんです。このままずっと・・・出来れば一緒に旅をして、皆さんの料理を作りたいなぁって・・・図々しいとは思うんですが、旅が続く限りご一緒したいんです」
ケィティは、必死に言い募る。
そしてトゥーレも、居住まいを糺して真摯な態度で言う。
「私も、同じです。実質的に旅の中では、ケィティほど役に立っていないのは自覚しております。けれどもしお許しいただけるなら、旅の仲間の一端に加えていただければ、本当にありがたく思います」
それはつまり、この先エポカドーロに入っても、就職先は探さないという意思表示だ。
それに対して、代表するようにサリオスが告げた。
「それは全く構わないし、仲間として一緒に旅をするのは大歓迎だ。だがもし、旅を終える時が・・・今のところ、全く予定は無いが、その時が来たらどうするつもりなんだ?」
トゥーレとケィティは、口を揃えて言った。
「それはその時、考えます」と。
問題は、この2人が現状自分たちで金を稼ぐことが出来ていないという事だ。今までのように、仲間のために食事の用意や雑用をこなすだけでは、自分自身が自由に使える金が無いのである。特にトゥーレは、今回の旅に必要な馬の費用で、財布が情けない状態になっている。
エポカドーロに着く前に、その点をなんとかしようと考えているトゥーレとケイティだった。
寝る前に宿の外に出て、愛馬たちの様子を見終わると、サリオスはふと夜空を見上げて考えた。
(・・・随分変わったな、俺も・・・)
様々な場面や日頃の鍛錬で、剣や槍の腕も上がった。けれど、特に精神的な部分が変わったと思う。
妹アストリアに対するシスコン的な感情や言動が、かなり治まっていると自覚していた。
旅の当初は、妹はただ全力で保護する対象だった。
大人しくて口数も少なく、従順で環境に耐えているか弱い妹。守ってやれるのは自分しかいないと、金で売られる縁談から、アストリアを逃がすために一緒に旅に出た。
けれど、旅に出てから知った彼女の本性。
意外に肝が据わって図太く、好奇心旺盛で知識や思考力が高く、決断力もある。
穏やかでほわほわとした外見からくる印象とは全く違う妹の様子に、サリオスは驚きながらも嬉しく思っていた。
そしてジェラルディーナたちと出会い、しばらくしてから彼女に言われた言葉。
「サリオス殿が、妹を大切にしているのは良いことだと思う。だが、少々行きすぎな部分があるのではないか?」
そんな言葉に対して、彼が返したのは素っ気ない程の台詞だった。
「貴女に、何が解りますか」
それでも何時しか仲間が増え、彼らとの絆が結ばれてゆく中で、サリオスの頑なな心は少しずつ緩み始めた。
それは、折に触れて根気よく言葉を掛けるジェラルディーナのお陰だったのかもしれない。
「大事な相手を、囲い込むように守っていては、その相手の自由を奪う事になるのではないか?本当に大切な相手なら、その望みを叶えることも大事だと思うぞ。その幸せを、本当に願うならばな」
ジェラルディーナの言葉は、自分自身の事が根底にあったからだろう。婚約者が、自分にしてくれたことだ。
その言葉で、サリオスは多少ながらも吹っ切れた。
そして少しずつ、普通の兄妹のように、過剰な保護が無くなっていったのだ。
(だが、あの時は・・・我を忘れたな・・・)
アストリアが拉致されたと解った時のことだ。
(トゥーレの言葉で、何とか落ち着くことが出来たが・・・)
そこで一旦、頭を冷やすことが出来たのは、仲間たちのお陰もあるが、サリオス自身の心が成長したのもあるだろう。
王都の中を区切って手分けして、馬たちにも協力して貰って、走り回った夜。
アストリアを失うかもしれないという焦りと不安に、何とか打ち勝つことが出来たのは、仲間たちへの信頼があったからだ。
サリオスは、夜空に瞬く星々を眺めながら、キュッと右手を握りこんだ。
(まだまだ、これからだ。新しい旅先、エポカドーロでは、何を見て何を経験できるのか・・・)
世界を旅して回りたいという自分自身の願いを、もう一度再確認したサリオスだった。
そしてジェラルディーナも、この先の事について考えていた。
(エポカドーロ・・・か。老公は、お元気だろうか・・・最後にお会いしたのは、私が10歳くらいの時だったが・・・)
仲間たちには、既に自分が王女であることを告げ、それでも変わりなく受け入れて貰っている。
(会いに行ってみるか・・・お住まいが、変わっていなければ良いが)
西の空を眺めて、ジェラルディーナは、フッと口元を綻ばせた。
それぞれの想いをのせ、6人の西への旅は続く。
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次の第3章では、舞台をエポカドーロ国へと移します。
内戦勃発間近な異国で、彼らは何をするのでしょう。




