2-18 魔女もどきが、公爵を退ける
フェローとケィティは何度も王都と遺跡を往復し、プレジール公爵の動向を探った。
公爵家の厨房で得た話では、夫人の聖女信仰は続いており、公爵はそれを魔女信仰だと決めつけて、使用人たちにもそう言い聞かせているそうだ。
そしてそれを理由に、離縁を突き付けたらしいが、夫人はあっさりと受け入れたとか。
近々、縁者を辿って母国に帰るそうだが、夫人は寧ろ晴れ晴れとした顔でいるらしい。
ストレスの元から離れて暮らすのなら、少なくとも頭痛からは解放されるだろう。例え戻った先で苦労があったとしても、聖女信仰が彼女を支えるかもしれない。たった独りの、修道女生活のようになるのかもしれないが。
そして公爵は、私兵を使って王都の中の捜索を続けていた。数日後には、例のチンピラ風の男たちを見つけ、1人はすでに遺体だったが、もう1人の方も始末を終える。
けれど、アストリアたちの行方は、杳として知れないままだった。
公爵夫人の話に安堵はしたが、アストリアは溜息をついて口を開く。
「でもまだ、諦めずに探しているんでしょ?しつこいなぁ~~」
まぁ公爵にすれば、命じておくだけで始末できるのだから、楽なモノなのだろう。
「そのうち、捜索範囲を王都の外に拡大しそうだし、それならいっそ先手を打って、釘を刺しておいた方が良いかもね」
アストリアは、人の悪そうな笑みを見せた。
数日後の夕方、2つの騎影が王都に現れた。
堂々とプレジール公爵の屋敷に近づき、その姿を見せると、出て来た私兵たちを嘲笑うかのように悠然と駆け去る。当然、私兵たちは追いかけた。
陽が沈み、夜の帳が降りて来る。気温は氷点下をはるかに下回り、凍てつくような寒さだ。
辺りが暗くなる中、速度を調節して、私兵たちを廃墟に誘導すると、サリオスとジェラルディーナは、前庭の中央で愛馬に跨ったまま武器を構える。
けれど私兵たちは、壊れた門から入らずにいた。
プレジール公爵への知らせに対する、返事を待っているのだろう。王都の外なので、一応許可を取っておいた方が良いだろうとの判断らしい。
けれどそれは、アストリアたちにとっては好都合だった。
暗ければ暗い程、良い。
今宵は新月で、この夜を狙っていたのだ。
この廃墟の前庭は、一風変わった造りになっている。
建物の玄関が地面から2mくらい高い場所にあり、扉の前に広いスペースがある。演劇の舞台のように見えるその真ん中から、地面に向かってスロープが作られていた。
そして段の直ぐ下には、1m程の深さの溝が掘ってある。昔はそこに水を張っていたのかもしれない。
けれど、それを知っているのは、サリオスとジェラルディーナ、そして隠れている仲間たちだけだ。
闇はどんどん深くなり、やがて灯りは私兵たちが持つ松明だけとなった。
門から先は、鼻を摘ままれても解らないような漆黒の空間になる。
サリオスたちは、その隙に姿を消した。
私兵たちがジリジリと待つ中、やがて王都の方角から騎馬が駆けて来る。
プレジール公爵自身と、護衛だった。
ようやく居所が解ったアストリアと仲間たちの最後を見届けて、魔女の濡れ衣をしっかりと掛けておこうというつもりなのだ。
彼らの遺体を王都に運んで、吊るすのもアリだと思っていた。
「逃げ出した気配は無いな?」
確認した公爵は、数名の私兵に自分の周りを囲ませて、門の中へと歩を進める。
総勢で、200人ほどはいるだろう。数の上では充分な人数だと思っている公爵は、胸を張って堂々としていた。
半数ほどが前庭に入ったところで、公爵は声を張り上げた。
「魔女アストリア!エリンコート王国プレジール公爵が、直々に・・・」
そこまで行った時、突然周囲が明るくなった。
門の周辺、侵入者たちの周りだけが、煌々と照らされる。
それは、闇の中に潜んでいたフェローとケィティが、灯した篝火のせいだ。
「ぅおっ・・・何だ?」
脚を止めたプレジール公爵と私兵たちの姿だけが、篝火に照らされて闇に浮かび上がる。
慌てて周囲を眺めまわす彼らの眼に映ったのは、数メートル先にぼんやりと白く浮かぶ、幾つもの騎馬。それはさながら、騎馬武者に幽霊のように見える。
「ヒッ!」
公爵たちは、息を飲んで硬直した。
それは、アストリアが考えて、皆で協力して作った仕掛けだった。
ここ数日は寒さのピークで、日中でも氷点下の日々が続いている。その気温と、廃墟の地下室で見つけたものを利用していた。
浅く大きな染色用の容器に水を張り、姿見よりも大きな一枚氷を作り、それを外す。
出来上がった透明な氷の裏に、黒布を張り付けた物は、鏡のような代物になった。
当然、本物の鏡のようなガラスの透明度は無いし、完全な平面も出来ていない。けれど、夜のガラス窓のように、明るい物をぼんやりと映す程度の効果はある。
前庭が闇に沈んでいる間に、サリオスとジェラルディーナは、それらの即席氷鏡をあちこちに立て掛けていたのだ。
輪郭が曖昧なぼんやりとした騎馬姿は、公爵たちの姿を映したものだが、はっきりしない分余計に不気味さが募った。
「なっ・・・・な・・・」
声も出せず、後ずさりする公爵たちだが、次の瞬間、前方が明るくなった。
いや、玄関扉の前にある、舞台のような段の下の方。深い溝の中に置いていた篝火が、灯ったのだ。
そして本来玄関扉がある筈の場所には、ぼんやりとした影が浮かび上がっている。
溝の中の篝火を灯したのはトゥーレだったが、彼は直ぐにその場を去っている。そして溝の中にしゃがんでいたアストリアが、ゆっくりと立ちあっがていた。
彼女の姿は、舞台のような段の上に設置した、大きな氷で作った鏡に映っている。
それは、直前に公爵たちが見た、亡霊のような自分たちの姿と同じ原理で映し出されたものだ。
ただ違うのは、壇上の即席氷鏡が前方に向かって斜めに倒されていることだ。それによって、溝の中で明るく照らされているアストリアの姿が、鏡面に映し出されている。
溝の篝火の熱もあり、斜めに立てかけられた氷の板は、少しずつだが溶けて歪んでくる。それにつれて、布を被って顔の半分を隠したアストリアの姿も、滲むようにゆらゆらと揺れていた。
「ヒッ・・・ヒッ・・・ヒッ・・・」
プレジール公爵の喉から、過呼吸のような呼吸音が漏れた。
「まっ・・・魔女・・・」
私兵たちも、恐怖に青褪めてすっかり腰が引けていた。
「・・・プレジール・・・公爵・・・以降、二度と私の名を口にせぬよう・・・平穏な人生を、送りたくば・・・・・・」
静まり返った廃墟の前庭に、低く流れる言葉。
それを最後まで聞くことも無く、プレジール公爵たちは、脱兎のごとくその場を逃げ出した。
そしてそれ以降、彼は二度とアストリアの名を口にすることは無かった。




