2-17 廃墟の謎は、大したことなかった
馬たちを連れてサリオスが裏庭に回ると、かなり古いが頑丈な厩らしき建物があった。
遺跡のような場所にあるにしては、新しいのではないかという感じだが、数十年前くらいに建てられたものではないかと思う。
「とりあえず、この辺りにいてくれ。表の方に行く時は、誰かに見つからない様にすること。ここは、隠れ家だということを理解しててくれ。皆を頼むぞ、ヴェルトライゼンテ」
愛馬に頼んで、サリオスは仲間の元へ戻った。
「それにしても、奇妙な場所だな、ここは」
裏口のような扉から中に入り、正面玄関に通じる広間に来ると、ジェラルディーナが辺りを見回して言う。
「おそらく、遺跡のような場所を、数十年前に誰かが部分的に使っていたのだろうな。外観はそのままにして、必要な場所だけを使えるようにしたんだろう」
サリオスが答えると、ケィティが嬉しそうに言った。
「これなら、割と普通に暮らせますね」
とは言え、こちらも逃げ出して隠れているのだから、こっそりと暮らすようにはなる。それでも暗くならないのが、この仲間たちの良い所なのだろう。
「1階には、この広間の奥に、使える小部屋が幾つかあります。地下に降りる階段も、この通路の奥にありました」
ざっと見て回っていたフェローが、駆け戻って来て報告する。
一同は、早速地下へと降りていった。
地下へ向かう通路と階段は広く、メインで使われていたような感じだった。
埃っぽくはあったが、不気味な感じは全く無い。
やがて階段を降りた先に大きな扉を見つけると、松明を持ったサリオスを先頭に全員で中に入った。
「広いなぁ・・・」
地下室にしては広く、何かの作業場のように見える空間には何も無い。
ただ床に、幾筋もの溝が作ってあり、浅いプールのような場所が幾つもあった。一番奥の壁際からは、細い水がちょろちょろと流れ落ちている。
「昔は、もっと沢山水を引いていたみたい。この溝を流れていて、プールを満たして、あっちの排水溝から出していたんじゃないかな」
湿気が籠っていないのは、それを逃がす仕組みがあるのだろう。黴も生えていない地下室は、それなりに快適そうに見える。
「こっちに並んでいる扉の向こうは、作り付けの棚があるだけの部屋と、倉庫みたいな部屋があっただけです」
サッと身軽に動いて、他の部屋を調べてきたフェローが報告すると、それまで何かを考えていたトゥーレが、徐に口を開いた。
「この国の歴史を少し調べたことがあるのですが・・・・エリンコート王国には、百年ほど前、製法が門外不出の特産品があったそうです。素晴らしい発色の布で、エリンコート染めと言われる希少なそれは、大層高額な値で取引されたとか。もしかしたら、ここはその作業場だったのではないでしょうか」
昔、高額で取引された布を、染色する場所だったのではないか、とトゥールは言った。
「・・・確かに、布を染める時には、水が必要になる場合が多いものね。染めた布を、川で晒したりするし。それをこっそり行うために、この遺跡に作業場を作ったってことね」
アストリアの言葉に、トゥールはにっこりとして答えた。
「はい、地図によるとこの遺跡の近くに川がありますし、そこからここに水を引いてのではないでしょうか。ですが、そのエリンコート染めは、製法が流出したせいで一気に下火になり、生産されなくなったそうです。それが、20年ほど前の事です」
トゥールの話に納得し、けれど一応倉庫の方を見ておくかと、一同は奥の部屋の扉を開けた。
けれどそこには、染色に使われたらしい底の浅い大きな容器と、作業用に使われたらしい壊れたランプが幾つか積み上げられているだけだった。
地下室を調べ終えた一行は、とりあえず1階に戻って、その1室に集まった。
家具調度の類は無いが、旅の支度は整えて逃げ出して来たので、充分暖をとって寝ることが出来そうだ。
そして簡単な食事を取り、全員でこれからの事を話しあう。
「その前に、ちゃんと私は謝らないと・・・こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるアストリアだが、仲間たちは皆、笑った。
それは、『この方が、我々らしい』という一言に要約されているのだろう。
「ここから直ぐに旅に出るとなると、時期的にはまだ厳しいだろうと思う。せめて、あと1~2週間くらい先にした方が良いと思うが」
「そうね、そろそろ雪解けも近いけど、そうなると雪崩も心配だから、山を避けて西へ向かうのが良いと思う」
「だが、それまでの間、あのプレジール公爵とやらが、ここに来ないとも限らんぞ」
「それが、一番厄介よねぇ・・・」
「そうすると、先ずは公爵の動向を探る、と言うのがやるべき事になるのでしょうか」
最後のトゥーレの言葉で、当面の行動は決まった。
「プレジール公爵の動向は、オイラとケィティで探ります。オイラ達は、全く警戒されて無いので」
フェローの申し出は、確かにそうだと思うしかない。
アストリアが屋敷に帰ってきた後、直ぐに公爵家の様子を見に行った時も、難なく厨房に入ることも出来たのだ。
公爵にとって、アストリアの仲間は、兄と執事と女戦士だけで、下働きの少年と少女はカウントされてもいない。身分が低い連中は、ただの雇人という認識なのだ。
「それはそれで、ちょっとムカつくけど、今はそれがラッキーってことだから、ヨシとしましょう。大変だけど、よろしくね」
アストリアの言葉に背を押され、年少の2人は、張り切って出て行った。
栗毛のカスターニョに、厩近くで見つけた荷車をつけて行ったのは、ついでに買い物をしてくるつもりだからだ。
サリオスとジェラルディーナは、目立たないよう気を付けて、廃墟の近くで狩りをする。それは主に、食料を得るためだ。
そして、アストリアとトゥーレが、留守番をすることになる。
(アストリア様は、何を考えておられるのだろう?)
荒れ果てた庭を歩き回りながら、彼女は時折立ち止まっては、何かをメモしている。
特に、門から玄関扉までの空間を、丁寧に調べているようだ。
そんな彼女の後をついて歩きながら、トゥールはこっそりとその時間を楽しんでいた。
2人だけになる時間など、そうそうあるものでは無い。
切ないほどの片思いの相手ではあるが、そもそも身分も釣り合わないので、想いを悟られることさえ許されないと思っているトゥールである。
(おっとりとして穏やかで、優しくて静かな印象のアストリア様だが、その中身は、類稀なる才能が潜んでいらっしゃると思う。頭の回転や決断力が、素晴らしい。見た目とのギャップが凄いけれど、それが魅力なのだと思う)
だからこそ、時が経つごとに、更に惹かれてゆくのだ。
(・・・一生、お傍で・・・お仕えさせていただきます。その覚悟で、おりますので・・・)
それが自分の愛だ、とトゥールは自らに誓うのだった。




