2-16 逃げる 逃げる
口封じ、というアストリアの言葉に、チンピラ風の男たちは真っ青になった。
少し考えれば解りそうなものだと思うが、浅慮と言うか何と言うか、要はあまり頭が良くない奴らなのだ。
「ヤバいじゃねぇか・・・どうすりゃイイんだよ」
「こうなりゃ、コッから逃げるしかねぇだろ。そんで、どっかに身を隠して・・・」
あたふたと言葉を交わす男たちに、アストリアは冷ややかに告げた。
「逃げれば良いわ。私も、帰るから」
身の回りの物を搔き集めて、バタバタとあばら家を出て行った男たちを見送ると、アストリアは暖炉の火の始末をして、外に出た。
いつの間にか、東の空が明るくなっている。
「う~~~寒いわっ。おまけに、頭にたんこぶが出来ちゃってるし・・・って、ここが何処だか、聞いておくのを忘れてたわ」
おそらく王都の中で間違いは無いが、どっちに向かって歩き出せばよいかも解らない。
アストリアが困って空を見上げると、1羽の鷹が朝日を受けて飛んでいるのを見つけた。
「あ! ファルコ~~~っ!」
声を上げて手を振る彼女を見つけると、ファルコは一度だけ輪を描いて飛び、そして真っ直ぐに飛び去って行った。
その後、直ぐにマイネレーツェルが全速力で駆け付けたことは言うまでもない。
その速さは、ヴェルトライゼンテも舌を巻くほどであった。
「心配かけて、ごめんなさい。でも、あまり時間が無いと思うから、ザっと説明だけするわ」
屋敷に戻ったアストリアは、仲間たちに告げた。
「端的に言えば、プレジール公爵が私たちを調べてて、何か企んでるってこと。最悪の場合、ここに来る可能性が高いってことよ」
何か、ホントにごめんなさい、と頭を下げるアストリアだ。
元を辿れば、公爵夫人の頭痛を軽くしようとしたことが発端なので、彼女としてはただ申し訳ないと思うしかない。
けれど先ずはジェラルディーナが、磊落に笑って言った。
「トラブル、アクシデントなんて、日常茶飯事さ。退屈で腐るより、ずっと良い。とにかく、急いでしなければならないことは何だ?」
「情報収集でしょう。プレジール公爵家の様子を、先ずは見て来た方がよろしいかと」
トゥールが、落ち着き払って言うと、フェローとケィティが立ち上がった。
「それは、オイラ達に任せて下さい」
2人が飛び出してゆくと、サリオスが口を開く。
「最悪の場合、ここを引き払う可能性もあるな。俺たちは、何時でも出てゆけるようにしておこう。とは言え、一時避難するにしても、どこに行けば良いか・・・」
するとジェラルディーナが、ポンと手を叩いて行った。
「王都の西門を出て少し行ったところに、崩れ落ちそうな遺跡みたいな砦のようなものがあったじゃないか。あそこは、どうだ?」
「あ、あそこか!」
以前、依頼所で引き受けた仕事で、王都の外に何度も出ていた2人である。
そんな話をしながら、バタバタと屋敷の中を片付けていたところに、フェロー達が戻って来る。
「何だか、物々しい雰囲気で、庭に私兵たちを集めているようでした。厨房で聞いたところによると、朝から公爵夫妻は、凄まじい夫婦喧嘩をしていたそうです」
アストリアは、少し考えてから口を開く。
「公爵は、私たち全員を始末してしまおうと決意したんだと思う。推測だけど、最初の聖女騒ぎの時に、公爵は何かを計画したんじゃないかな。それなのに、夫人が急にそれを止めたので、だったら聖女じゃ無くて、魔女とか妖女とかでも計画を遂行できそうだって考えて、先ずは私たちを調べようと思った・・・」
するとサリオスが、口を挟んだ。
「だが、雇った阿呆のせいで、予想外のとんでもないことになったんだな」
「うん、そう。で、その間抜けな阿呆は口封じをすれば良いけど、私をどうするか考えなければならなくなった。そして出した結論は、多分だけど・・・私を含めて全員、始末すれば良いってことだと思う」
公爵が調べて分かったことは、屋敷に居る者たちが異国の人間だという事と、強い女戦士と剣士がいるということ。そして、身分を隠して旅をしている、ということだけだ。
ここで始末してしまっても、大きな問題にはならなかろうと、公爵は考えたのだ。
後の言い訳やこじつけは、自分の身分と力でどうにでも出来るし、私兵に命じるだけで良いのだから楽だ、と。
「集めた私兵で、あばら家とこの屋敷を襲撃する可能性が高いわ」
最後にアストリアが言うと、全員がパッと立ち上がった。
「直ぐに、ここを引き払うぞ」
サリオスの言葉に、ジェラルディーナが付け加える。
「ここで迎え撃っても、負ける気はしないが、騒ぎを起こしてもメリットは無さそうだしな」
プレジール公爵の私兵たちが、あばら家と屋敷に到着した時、どちらもそこはもぬけの殻になっていた。
あばら家から逃げ出した男たちは、下町の路地裏で揉めていた。
身を隠すにしても、別行動の方が良いだろうという事になったのだが、アストリアから貰ったラディッシュ入りの小瓶を、どちらが持ってゆくかとという事で、激しい言い争いになる。
そして揉み合いになり、やがて殴り合いになって、最後は片方が出したナイフによって決着がつく。
路地裏で死体となったかつての仲間を見下ろした男は、落とした小瓶を探すが、瓶は割れてしまっていた。
男は仕方なく、ラディッシュだけを拾って、その場から逃げ出した。
数日後、彼はプレジール公爵の私兵に見つかり、呆気なく命を落とす。
私兵たちは、その死体が、握り締めていた物に気付いて、頭を捻った。
「何でコイツは、後生大事に、萎びたラディッシュなんかを握ってたんだ?」
その真相を知る者は、誰もいなかった。
一方アストリアたちは、朝の内に王都を抜け出し、遺跡のような砦のような場所に無事辿り着いていた。
崩れ降りた塀と、錆びた門扉。
開け放たれた門から入ると、中は草が生い茂っている。
そこそこ広い空間の先には、半壊した石造りの建物があった。
「何だか、変わった場所ですね。ここ、昔は何だったのでしょう?」
薄っすらと雪が積もった廃墟は、白い輝きのせいか、陰湿な怖さなど感じられない。ケィティは辺りをキョロキョロと眺めながら、興味深そうに尋ねた。
「とりあえず、中に入ってみない?」
ここで暫く過ごすのなら、先ずは居場所の確保だ。
アストリアの言葉に、一同は持って来た荷物を降ろし始めた。




