2-15 軟禁環境を改善しましょう
アストリアは、もぞもぞと移動してドアから離れた。
すると中に着ている服のポケットから、カチンと音がする。
(あ・・・入れたままだったわ。割れてはいないようだけど・・・これ、使えるかも)
隣の部屋にいる男たちは、公爵の言葉で、自分を魔女か妖女かもしれないと思っている。
それならば、それを利用してみようと考えるアストリアだ。
縛られた足を延ばして、トントンと軽くドアを蹴る。すると直ぐに、男が顔を出した。
「なっ、なんだ・・・」
あばた面の男が、虚勢を張って声を出す。
アストリアはそんな相手に向かって、寧ろ穏やかに答えた。
「ここ、寒いのですが?」
既に夜は更けて、あばら家の中は酷く寒くなっていた。
手足を縛られたままで床に座り、表情を消して口を開いた彼女の眼が、どこか得体が知れないように細められている。
こういう時、その気になれば、完全に肝が据わるアストリアである。
「私を生かしておかないと、拙いのではないのですか?このままだと、明日の朝には私は凍死体になると思いますが・・・それは私も、嫌なので・・・」
抑揚を押さえて話す声が、男2人の怯えが生じている心を鷲掴みにした。
「しっ、仕方ねぇ。こっちの部屋に移してやる」
男たちは、おっかなびっくりにアストリアの身体を隣の部屋に移動させた。
どうやらこのあばら家は、2つしか部屋が無いようだ。移動した部屋は直ぐに外とつながるドアがあり、粗末ながらも暖炉がある。隙間風も隣室よりはマシで、ここなら凍死の心配は無さそうだ。
「暖かい所に連れて来てもらったお礼を差し上げようと思うのですが、少しの間、手の縄を解いてくださいません?」
今度は、笑みを浮かべて言うアストリアは、いつもの穏やかな表情だ。
急に雰囲気が変わった彼女に、男たちはそれでもまだ少し警戒している。
「外は寒いですし、逃げたりしませんよ。貴方達も、お気の毒だなぁと思っていますし」
「お気の毒って・・・どういう事だよ」
男の1人が、怯えたように答えた。
「それをお伝えするためにも、先ずは縄を解いてくださいな」
男は念のため、持っていたナイフを翳しながら彼女の手を自由にする。
ゆっくりと体を起こして、アストリアは静かにポケットの中から小さな瓶を取り出した。
「どうぞ」
彼らに差し出した小さなガラス瓶は、両手で包み込めるくらいの物だ。口が細く蓋は無い。香水瓶として使われていたような形である。
けれど中は、空では無かった。
「何だ?・・・こりゃ、ラディッシュか?」
「えっ・・・けど、これ・・・どうやって中に入れたんだ?」
瓶の口は細く、中にラディッシュを詰め込むことは出来ない。ラディッシュだけが丸のまま、葉もつけた状態で傷1つなく生き生きとして入っていた。
まじまじと小瓶を眺めながら言う男に、アストリアは微笑んで答えた。
「持っていると、良いことがありますよ・・・多分」
それはここ半月くらい、アストリアが暇つぶしにやっていたことだった。
ラディッシュ、つまりハツカダイコンの栽培である。小瓶の中にハツカダイコンの種を1粒入れ、少量の土と適量の水を与えて、暖かい室内で育ててみたのだ。
発芽しなかったり腐ったり、枯れたりしたものもあったが、20個ほど集めた小瓶の中でいくつかは立派なラディッシュとなった物もあった。
その内の1つを選び、中の土を水で洗い出して綺麗にしたものを、ポケットに入れていた。夕食後に仲間に見せ、話のネタにしようと思っていたのである。
そんな小瓶の中のラディッシュを、男たちは不思議なモノだと信じてしまった。
魔女だか妖女だか知らないが、目の前の女が不思議な力で、こしらえたモノだと。
男たちは、半歩下がってアストリアを見る。その眼には、怯えの色が滲んでいた。
「貴方達のお気の毒な運命に、幸運が働きますように」
そして彼女は、ゆっくりと自分で足の戒めを解く。
その様子をぼんやりと見ていた男たちは、ハッとして問いかけた。
「そっ、その『お気の毒』って、どういう事なんだ?」
アストリアは居住まいを糺すと、柔和な笑みと共に話し始めた。
「さっき来ていた人、貴方達の雇い主なのでしょう?身分の高そうな人に思えたけど」
考え込むような顔を見せながら、腕組みをするように右手を左手の袖口から中に入れる。
「あ、ああ・・・そうだけど、それがどうかしたのかよ」
流石に、雇い主の名は口止めされているので言えない。
「その雇い主が誰だが、当ててみましょうか?暖炉の炎は見ていた筈だから、その灰を少し採ってちょうだい」
男の1人が、灰を採って来る間に、アストリアは腕組みを解いて、左腕を捲り上げる。
そして男から灰を受け取ると、白い腕の内側にゴシゴシと擦り付けた。
パタパタと灰を叩き落とすと、彼女の腕の内側、白い肌に浮かぶ赤い文字
『 P D 』
そう読める文字を、アストリアは男たちに見せながら言った。
「・・・PとD・・・プレジール公爵、かしら?」
侯爵は、Dukeと書き表す。そしてPで始まる公爵家は、プレジールしか無いエリンコート王国だ。
それを知っている男たちは、声も出ないほど驚いていた。
(子供の頃の悪戯も、役に立つ時があるわねぇ)
肌の薄く柔らかい部分に、爪で強く引っ掻いて擦ると、赤い筋が出来る。皮膚が敏感だと、それは直ぐにはっきりと浮かび上がるのだ。
(見つかると、怒られたものだけど・・・)
灰と言う小道具を使い、PとDと言う解り易い文字を浮かび上がらせて、プレジール公爵と言う名をあっさりと言い当てる。男たちは、ダメ押しのように、アストリアが不思議な力を使うのだと信じてしまった。
「プレジール公爵は、とても力がある貴族だと聞いているけど、本来の目的が何であれ、今回は調べることだけを貴方達に依頼したのよね。元々の報酬は、どのくらい?」
アストリアの質問に、男たちは素直に答えた。
「金貨1枚ずつだ。俺らのダチも、アンタの仲間を調べるように依頼されてたな。そっちがどうなってるかは知らねえが、俺らはさっき銀貨を1枚もらった。」
左腕の袖を元通りにしながら。アストリアは話し続ける。
「公爵は、調べるだけのつもりだった。けれど貴方達は先走って、私を拉致軟禁してしまった。こっそりと調べるだけなら、何も問題は無かったでしょう。けれどもし、女性を拉致監禁したことが明るみに出たら、色々と面倒なことになるでしょう。きっと公爵は、今後のことを考えて、その準備をするために一度帰ることにしたの。銀貨だけを払ったのは、まだ依頼が終わっていないのだと思わせるため。そして貴方達と私を、ここに居させるため・・・」
「え?・・・それって、どういう・・・」
アストリアは、フッと表情を消して、はっきりと告げた。
「明日の昼頃ここに来て、公爵は私たち全員の、口封じするんですよ」




