2-14 誘拐されたら、今度は魔女?
その日の夕方前、厨房で夕食の支度を始めていたケィティが、焦るように声を上げた。
「あっ!しまったぁーーー」
「どうしたの、ケィティ?」
馬の飼い葉補充に出ているフェローの代わりに、ジャガイモの皮むきをしていたアストリアが尋ねる。
「ハーブが切れていたの、忘れていました。どうしよう・・・」
既に下拵えを始めていたので、今から献立を変更するのは難しい。本気で困っているケィティに、アストリアは気軽に立ち上がって言った。
「それじゃ、私がひとっ走り行ってくるわ。お店は近いし、まだ今ならギリギリ間に合うと思う。ケィティは、下拵えの続きをしてて」
芋の皮むきと言うより、芋削りのような作業になっていたアストリアは、そっちの方が楽だとばかりに、身軽に立ち上がって出て行った。
その頃、屋敷の門を見通せる物陰で、2人の男が寒さに震えながら愚痴をこぼしていた。
「もうこれで、何日見張ってんだ、オレたち・・・調べろって言われたって、相手が家から出てこねぇんじゃ、どうしようも無いっつうの」
「だよなぁ~~~、出て来ても仲間たちとずっと一緒で、怪しい素振りも不思議な様子も全く無いしなぁ」
「今晩が報告の日だけど、これじゃ『何もございません』って言うしか無いぜ。金が貰えるどころか、下手すりゃ護衛の奴らにぶん殴られるかもしんねぇし」
「もう、時間が無ぇんだよなぁ~~~」
八方塞がりだと落ち込む男たちだったが、そんな時、ふいに屋敷の潜り戸が開いた。
中から駆け出して来たのは、上着を羽織っただけの女性。帽子やフードも被らない頭に、前髪の白いひと房が見えた。
「ーーーぅ!あれだっ!」
「運がいいぜ!もうこうなったら、まどろっこしいことはヤメだ!」
男たちは、アストリアの後を追って駆け出した。
「・・・・イッツ・・・」
頭の痛みに即されて、アストリアは目を覚ました。
(・・・ここ、どこ?・・・ええと?)
辺りを見回すと、見事に薄汚く粗末な壁と天井、そして小さな窓と扉がある。
手足は縛られ、ズキズキする頭の様子さえ確認できない。
(門を出て少し走って・・・後ろから足音が聞こえて、振り返ったら・・・そっか、殴られたんだ)
相手は男が2人だったと思うが、全く知らない奴らで、チンピラ風だったように思う。
(拉致・・・誘拐・・・そんなところかしら。でも何故、私を?攫われるような覚えは無いんだけど)
図太い性格が幸いして、こんな状況でも落ち着いて考えるアストリアである。
するとその時、薄い壁の向こうから馬車の音が聞こえて来た。
馬の蹄の音と車輪の音が、壁の外で止まる。
(誰か、来たのね・・・)
アストリアは芋虫のように床を這って、ドアに向かった。
朽ちかけた木材を繋ぎ合わせたようなドアは、イイ感じで隙間が出来ている。アストリアは、ドアの傍で体を起こして座ると、隙間から隣の部屋の様子を探った。
あばら家のような家の扉を開けて入ってきたのは、脂ぎった顔の男性で、アストリアには見覚えがあった。
(あれは、プレジール公爵・・・どういう事?)
夫人は、聖女の件は噂の鎮静に協力してくれる筈で、夫は寧ろホッとしてるのではないかと思う。意味が解らず、アストリアはとりあえず耳を欹てる。
「報告を聞こう。怪しい素振りは、何かあったか?」
公爵が尊大に尋ねると、男2人はペコペコしながら答えた。
「そ、それが・・・その。よく解らなくて、時間も無かったので、とりあえずとっ捕まえて、隣の部屋に閉じ込めているんですが・・・」
怪しいならば、これからゆっくり調べれば良いだろうと言い訳をする男たちだが、公爵は飛び上がらんばかりに驚いた。
(なっ、何と言うことだ!先走りにも、程がある・・・)
公爵の目論見では、先ずは何か証拠になるような出来事が欲しかっただけなのだ。
そう、聖女ではなく、人をたぶらかすような魔女あるいは妖女と、言いがかりをつけられるような出来事が無いかと思っていたのだ。
(こ奴ら、本当に無能であったな・・・とは言え、こうなると・・・)
馬鹿な男たちを雇ったのは自分の責任だが、彼らの始末は後でも出来るだろう。それよりも、攫ってきてしまった公女をどうすれば良いかが問題である。
プレジール公爵は、何とか怒りを抑えて男2人に銀貨を与えた。
「明日の昼頃また来る。それまで見張っていろ。人をたぶらかすような女だから、注意は怠るな」
その言葉に、男の1人が尋ねた。
「ええと、つまり詐欺師ってコトですかい?」
「いや、怪しげな・・・魔女とか妖女とかに近い者だ。そんな噂があるのでな」
チンピラ風の男たちは、ギョッとしたように固まっていた。
ドスドスと帰ってゆく子爵の背を確認して、アストリアはドアから離れた。
(・・・魔女とか妖女って・・・聖女から急にそっち?)
与り知らぬ噂が、急転直下で反対方向に飛んで行ったような気がする。
(聖女じゃ無いなら、怪しい妖女の方が好都合らしいのは解るけど・・・)
けれど、それ以上は何も解らない。けれどそれならばそれで、この状況を利用しようとアストリアは思った。
その頃屋敷では、アストリアが行方不明になったことに気付いていた。
「アストリア様が、戻ってこないんです。ちょっとそこまで、買い物に行ったのに」
ケィティがサリオスたちに報告に行くと、後からフェローも駆け込んできて告げる。
「外を見て来たんですが、屋敷から少し離れた場所に、3人の乱れた足跡がありました。足跡の様子から見るに、アストリア様が2人の人間に攫われたように思えます」
「何だとっ!」
叫ぶなり、外に飛び出してゆくサリオスと、後を追うジェラルディーナとトゥーレだ。
ケィティも料理を放り出し、彼らの後を付いてゆく。
現場に来てみても、乱れた足跡は追い切れなかった。途方に暮れて足を止めたサリオスだが、そこでジェラルディーナは指笛を吹く。
ややあって、翼の音と共にファルコが降りて来た。日中は自由に辺りを飛び回っている鷹だが、呼ばれれば直ぐにやって来るのだ。
「ファルコ、アストリアを見なかったか?」
ジェラルディーナの問いに、鷹は首を傾げる。
王都の全てを俯瞰しているわけでは無いし、注意していなければ見逃すこともあるだろう。
「そうか、ではアストリアを空から探してくれ。おそらくまだ王都の外には出ていないと思うし、独りでいるとは思えないが、どこかに運び込まれるような姿がチラッとでも見えたら、知らせに来てくれ」
賢い鷹は、一声鋭く鳴いて、力強く飛び立っていった。
その様子を見ていたトゥーレが、深呼吸をしてから一同を見回して提案する。
「一度屋敷に戻りましょう。手分けして探すにしても、分担した方が良いですし、馬たちも役立ってくれると思うので」
逸る気持ちを押さえながら、仲間たちは屋敷に駆け戻った。




