2-12 種明かしと騒動の原因
「私が良いと言うまで、全員黙っていて下さいね」
椅子に座ったケィティの前に立ってアストリアが言うと、仲間たちは2人の様子が横から見える位置に移動した。
準備が整うと、アストリアは両手をケィティの前に出し、その目の前で右手と左手の人差し指を立てて見せる。プレジール公爵夫人にした時と同じように。
「ケィティ、貴女が目を瞑ったら、私はその瞼に指で触れるけど、いいと言うまで目はつぶったままでいてね」
そして彼女が頷いて目を瞑ると、アストリアはその瞼に指の腹でそっと触れた。
左手の人差し指と中指で。
そう、アストリアはケイティが目を瞑ると、左手の中指と人差し指を『V』の形にして、その2本の指で瞼に触れたのだった。
そしてあの日と同じように、空いた右手でケィティの前髪に触れ、その額に掌を当てる。
(そう言う事かっ!)
種明かしを見れば、何と簡単なことだったのかと思う。
ケィティは、眼を開けた後、驚きの声を上げた。
「わ、私も感じました! アストリア様って、聖女だったんですか⁉」と。
ジェラルディーナは、怪訝そうな顔になり、自分で自分の瞼に指で触れながら言う。
「解らないものなのか? 違いは微妙だが・・・」
するとアストリアは、穏やかな微笑みと共に説明した。
「先入観もあるのよ。最初に、ごく自然に人差し指を2本見せると、相手は『これだな』って思うでしょ。それだけのことだけど、目を瞑った状態で当てるのは結構難しいと思う」
ジェラルディーナはフェローを相手に、眼を瞑ってやってみるが、最後は納得したように頷いた。
「確かに、当てるのは難しいな。という事は、公爵夫人は別の何かに触られたと思ったわけだ」
「そう言う事。公爵夫人は、それを精霊の手だと思ったって事なんじゃないかと・・・」
夢見がちな少女じゃあるまいし、と思わないでも無いが・・・・。
そう思う一同だが、そこでトゥーレが口を挟んだ。
「公爵の屋敷で聞いたところによると、夫人はエリンコートから嫁いできた方だという事です。こちらに来てからは、ご苦労なさったらしいですが、思いつめる傾向があったようで、以前は何度かヒステリーの発作を起こしていたそうです」
思い込みが激しく、感情の起伏も激しいタイプなのだろう。
ストレスに晒され続けた夫婦生活に疲弊し、気難しくなり、頭痛に悩ませられる日々がつづいていたのだ。
そんな時に得た、驚愕の出来事。
少女時代に、聖女の物語に傾倒していたのかもしれない。
歳をとると子どもに戻る、とはよく言われることだし。
「・・・何となく、納得したかも。とは言え、やっぱりちょっと困るわよね」
アストリアの言葉に、全員が頷いて見せた。
「だが、こっちとしてはどうしようもないんじゃないか?」
ややあってサリオスが言ったが、これにも同意する以外にはない。
結局、様子を見ようという事になったが、その数日後、リープ子爵家から狩りの招待状が届けられた。
おそらくプレジール公爵夫人は、舞踏会の主催者であるリープ子爵に、尋ねたのだろう。子爵としては、隠すような理由は無いから、当然知っていることは全て教える。
異国からの旅人であることを知った公爵夫人は、宿屋を探し回るが、それが徒労に終わると、空き家や空き部屋の斡旋業をしている人間に聞いて回った。それには、おそらく子爵家も、協力したのだろう。
そしてそこから、アストリアたちが借りている屋敷を見つけたのだろうと思われた。
招待状は、子爵の方から提案したのだろう。
「我が家で『狩り』を催して、彼らを招待いたしましょう。娘のグレイスは、あのお二方と親しくなっておりますので、来ていただけるのではないかと思います。そこで、もう一度お会いすればよろしいのではないでしょうか」と。
再び招待を受けて行くほど親しくはなっていないと思うアストリアだが、これはチャンスかもしれないと思う。
もう一度公爵夫人と会って誤解を解けば、妙な噂も消えるだろう。
アストリアとサリオスは、そんな軽い気持ちで、招待を受けることにした。
リープ子爵家の『狩り』は、比較的小規模な感じで、招待客の数も左程多くなかった。けれど貴族主催の狩りのお手本のような段取りで、スムーズに進行してゆく。
サリオスは、狩りならこれで良いだろうと、旅装束でヴェルトライゼンテに騎乗している。地味な恰好ではあるが、女性たちがひそひそと噂するくらいには目を引いていた。
アストリアも、今回は旅装束のローブ姿で、公女らしくは無い。けれどその方が、誤解を解くにはちょうど良いと思っている。
ちなみに今回も、トゥーレがお付きの者として来ていた。前回の舞踏会の時と違うのは、ヨウムのヤーコを肩に乗せているところだ。
サリオスが狩りの輪の中に入ってゆくと、トゥーレは肩のヤーコに命じた。
「アストリア様の方に、行ってておくれ」
自分はいつも彼女の傍にいられうるわけでは無いから、と説明すると、賢いヨウムは直ぐに飛んでアストリアの肩に乗った。
狩りの様子を眺めていたアストリアだが、そこに1人の従者らしき男がやってきて声を掛けた。
「失礼いたします。主人がお話ししたいと言っておりまして、恐れ入りますが、少々お時間をいただけますか?」
アストリアは、とりあえず下馬するが、そこははっきりと断った。
「すみませんが、辞退させていただきます。兄も、傍におりませんので」
トゥーレも、今は傍にいない。警戒しておいても、良いだろうという判断だ。
けれど男は、強引にアストリアの腕を掴んだ。
「そう仰らず、さぁ、こちらに」
引っ張ってゆこうとするその態度に、肩のヤーコが声を上げた。
〈フシンシャーーーユウカイーーーカドワカシーーー〉
近くにいた人々が、ギョッとしたように見る。
男は大慌てて、サッサと逃出して行った。
「ありがとう、ヤーコ。助かるわ」
〈ドーイタシマシテェーーーヤーコ、カシコイカラーーー〉
アストリアが話しかけていると、そこにリープ子爵家の令嬢、グレイスがやって来て声を掛けた。
「アストリア様、ヴィクトリア・プレジール公爵夫人が、お目に掛かりたいと仰っておられます」
彼女の後ろの方に、見知った老婦人が立っていた。
「はい、それでは兄も一緒の方が良いと思いますので、少しだけお待ちいただけますか? レーツェル、
サリオス兄さまを呼んできてちょうだい」
アストリアは、愛馬に頼んだ。
鹿毛の馬は小さく頷いて、サッと走ってゆく。
ヤーコとの会話も、レーツェルとのやり取りも、全て見ていたグレイスと公爵夫人は、どこかうっとりとしたような目で、アストリアを見つめていた。




