2-11 聖女? 聖公女?
(・・・あれは確か・・・プレジール公爵夫人?)
四阿のベンチに座る初老の女性と、舞踏会の会場で挨拶をした覚えがある。
色々な意味で精力的に見えるプレジール公爵の隣にいた夫人だった筈だ。
アストリアは静かに、そちらへ歩み寄った。
「失礼いたします。ご気分が優れないようですが、誰かお呼びしましょうか?」
穏やかで気遣い溢れる言葉を掛けると、気難しそうな顔が振り向いた。
「・・・必要ありません。医者も薬も役に立たないのですから」
ピシャリと断る老婦人は、思い切り顔を顰めて辛そうだ。おそらく頭痛だろうが、それによる苛立ちもあるのだろう。
サッサと立ち去れと言わんばかりな公爵夫人の態度に、けれどアストリアは何を思ったか、四阿の中に入った。
「騙されたと思って、少しだけお時間いただけますか?」
優しく声を掛けたアストリアは、老婦人の前に立った。ヴィクトリア・プレジールと紹介されていた夫人は、腹立たしそうな顔のまま彼女を見上げる。
その顔の前に、アストリアは両手をそっと揚げ、両方の人差し指を立てて見せた。
「・・・おまじないでも、する気なのかい?」
怒鳴りたい気持ちを、無理やり抑えたような声だ。
けれどアストリアは、穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「そんなようなものでしょうか。目を瞑っていただけますか?私は失礼して、その瞼を人差し指でそっと押さえますので、指が離れるまで動かないでください」
プレジール公爵夫人は、忌々しそうな表情のまま、それでも瞼を閉じた。
(何でしょうかね、この異国の女は・・・サッサと立ち去って欲しい・・・ん?)
2本の人差し指の感触を、瞼に感じたように思う。押されるような強さではなく、そっと触れる様な感じだ。
(これで頭痛が治るなら、何の苦労も無いではないか・・・おや?)
流している前髪が、ふわっと上がるような・・・
そっと持ち上げられるような・・・
そして、額に何がそうっと触れる。
(えっ?・・・これは・・・手?)
ひんやりと、けれど優しく額に触れたのは何だろう。
(掌だわ・・・え?でも・・・そんなはず・・・っ!)
ヴィクトリアの身体が、ギクリと強張った。
相手の両手は、自分の瞼を押さえているはずだ。まだ瞼には、その感触がある。
そうすると、今、額に触れているのは誰の手なのだろう。
次の瞬間、瞼に乗った2つの指がすぅっと離れてゆくのが解る。
公爵夫人は、慌てて眼を開けた。
目の前には、右手と左手の人差し指が、真っ直ぐ立てられている。
「いっ、今のは・・・」
驚きのあまり呆然とする初老の夫人に、アストリアは静かに微笑んだ。
「少しでも効果があれば宜しいのですが?」
「え?・・・っあっ!」
ヴィクトリアは、そこでハッと気づいた。
(あの酷かった頭痛が・・・消えている?)
「では、失礼いたします。効果がどれだけ続くかは解りませんが、どうぞお大事になさってください」
声も無く固まっている公爵夫人をその場に残して、アストリアは静かに立ち去った。
(今のは・・・御業・・・話に聞く、癒しの御業?・・・そうすると、あの方は?)
ビクトリア・プレジール公爵夫人は、勢いよくベンチから立ち上げっていた。
公爵夫人が中に戻ると、舞踏会は終わりに近づいていた。
サリオスとアストリアは、もう既に暇を告げて帰っている。夫人は自分を癒してくれたあの女性を、探し回り聞き回った。
(あの方・・・確か、挨拶をした時に、アストリア様と仰っていた・・・異国から来た公女様だと紹介されたが。・・・どこか神秘的な御姿でした)
初老の夫人の頭の中で、少し前の記憶が蘇るが、それはあっと言う間に脚色されてゆく。
(話でしか知らなかったけれど、もしかしたらあの方は・・・いいえ、確かにアストリア様は、聖女であるに違いない。聖女・・・聖公女?)
今はもう、あの酷かった頭痛が、医者や薬でも治らなかった頭痛が、きれいさっぱり無くなっている。
(もう一度、何としてでもお会い申し上げて・・・)
侯爵夫人の眼は、狂信者のように煌めいていた。
その数日後には、あっと言う間に『聖女』やら『聖公女』の話が広まっていた。
エリンコートの宮廷内では一二を争う勢力の、プレジール公爵家の夫人の立場が為せる業だったのだろう。
そしてそれは、屋敷に居る仲間たちの耳にも届くようになった。
「一体どうなっているんだ? 何をしたんだ?」
ジェラルディーナがアストリアに詰め寄るが、一緒に行ったサリオスも含めて、皆同じ気持ちだ。
「う~~~ん、まさかそうなるとは・・・」
アストリア自身も、驚いているようだが、とりあえずあの日の事を一堂に説明した。
「つまり、そのプレジール公爵夫人の頭痛があまりに辛そうだったから、気が紛れたら良いかなって思っただけなの。医者も薬も役に立たないって言ってたから、精神的なものが原因かもしれないと思ってね」
心因性の頭痛は、悩みやストレスなどから引き起こされる場合がある。アストリアは、以前読んだ医学書に、そんな記述があったことを思い出したのだ。
そして夫人の夫であるプレジール公爵は、私生活でも、あからさまに言えば女性関係にも精力的らしい。その話は、トゥーレが仕入れて来た噂である。
つまり公爵夫人には、ずっと『頭が痛い』問題が付きまとっていたのではないかと考えられた。
「それで、おまじないと言うか・・・ビックリさせたら、頭痛がマシになるかもと思って」
「・・・で、どうやってビックリさせたんだ? 聖女の奇跡でも、起こして見せたのか?」
ジェラルディーナが更に突っ込むと、アストリアは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「実際にやってみた方が、解り易いと思う。ケィティ、手伝ってくれる?」
突然、名指しされたケィティは、飛び上がらんばかりに驚いた。
「な、何をすればよろしいのでしょう?」
「公爵夫人の、代わりをしてくれればいいの。この椅子に座って、私が言うとおりにしてくれるだけでいいから」
ケィティは、素直にアストリアが用意した椅子に座る。
何が起こるかは解らないが、何やらドキドキわくわくした気持ちだった。




