2-10 舞踏会の準備をして、いざ訪問
妖精もいなけりゃ、魔法使いもいない。
舞踏会へ行くなら、先ずは自分で衣装を揃えなければならない。
そうなるとまず必要になるのがお金だが、一度きりの舞踏会に大金を使うのは勿体ない。
この一行は、王女もいる身分高めな仲間だが、金銭感覚はすっかり庶民のそれだ。
するとジェラルディーナが、ふと思いついたように言った。
「出身地は言っていないんだよな?」
「ああ・・うん、ゲルチュタールの名は言ってない」
サリオスの返事に、女戦士王女はニヤリと笑った。
「だったらいっそ、とんでもなく遠い異国から来たことにすればどうだ?」
「は?」
ジェラルディーナの意図が解らず、怪訝な顔になる一同に、彼女は滔々と説明した。
「レジネッタは海に面しているんだが、遥か遠い島国とも交易をしている。それらの異国は、文化も習慣もかなり違っているんだ。勿論、衣服もな。多分この国では、誰も知らないんじゃないかな。大雑把に言えば、色鮮やかな布を体に巻き付けるような感じなんだ」
「あ・・・そうか!」
そこでアストリアが、気づいた。
「シンプルなドレスの上に布を縫い付ける様な感じにすれば、費用はかなり抑えられるわよね。アクセサリーなんかも、異国の盛装では使用しませんっていう顔をしていれば良いんだし。いかにもこれが当然って感じで振舞って、それを公然と笑ったりすれば、外交問題に発展するぞって軽く脅しをかけてもイイし」
最後は笑いを交えて言うアストリアだが、そこまでする気は全く無い。
リープ子爵家の面目が立つよう、礼儀正しく御礼を受ければ良いのだから。舞踏会の会場で、自然に受け入れられる程度の衣装で良いのだ。
そしてジェラルディーナ監修により、衣装の製作が始まった。
白をベースとして、そこに鮮やかな布を配置してゆく。
アストリアの白いドレスは、青い布と緑色の模様が入った布が使われ、サリオスの服にはオレンジ色の布が使われた。
「この青菜みたいな模様、結構素敵でしょう?人参色の布も、新鮮そうでイイ感じだと思ったんです」
布を買い求めて来たケィティが、嬉しそうに報告する。
この最高に腕の良い料理人の少女は、色を食材で言い表す癖があるらしい。
「ああ、そうだな・・・あっ、サリオス。そこはもっとゆったりと・・・そう流れる様な感じで縫い留めてくれ。トゥーレ、その部分はしっかりと留めてくれ」」
ジェラルディーナが、針を持つ2人に注文を付ける。
そう、仲間内でまともに裁縫が出来るのは、サリオスとトゥーレだけなのだ。
大の男2人が、ちまちまチクチクと裁縫に勤しむ様子を見ながら、アストリアはしれっとお茶を飲んでいた。
そうして何とか衣装を用意し、アストリアとサリオスは屋敷を出る。
ジェラルディーナは、自分を見知っている者がいるかもしれないと言って、留守番を選んだ。
トゥーレは、侍従っぽい人物が居た方がそれらしいだろうという事で、2人に同行する。
異国風の衣装に身を包んだ、公子と公女の兄妹は、付き人を連れてリープ子爵家の門を潜った。
招待状を求められたので、代わりにグレイスから渡されたブローチを見せると、話は通してあったようで、3人は丁重に招き入れられる。
館の中へ入ると、直ぐにグレイスが奥から出て来た。
「いらしてくださって、本当にありがとうございます。サリオス・ノイエルング様、アストリア様」
子爵令嬢は、優雅に頭を下げる。
「祖母のところへ、ご案内します。先ずは直接お会いして、お礼を述べたいとのことですので」
別室に案内された2人は、そこで初めて彼女の祖母、モリアーナ・リープと対面する。そして後から入って来たリープ子爵夫妻とも挨拶を交わし、丁寧な御礼の言葉を貰った。
御礼の気持ちだと言って、金糸刺繍の袋を差し出されたが、それはきっぱりと固辞する。
すると子爵は、鷹揚に頷いて言った。
「それではせめて、この舞踏会を楽しんでいって下さい。ありきたりの物ですが、お二方には異国の地。多少は珍しい物や話もありましょう」
アストリアとサリオスは、子爵令嬢グレイスに案内されて会場に入った。
舞踏会は始まったばかりのようで、2人はグレイスに導かれるまま、あちこちで紹介されてゆく。
異国風の服は目を引いたようで、囁き声が聞こえて来た。
「あのお二方は、どなたかしら?」
「エキゾチックな衣装をお召しだけど・・・」
「小耳に挟んだのですが、異国からいらした公子様と公女様らしいですわ」
「兄妹だという事だが・・・建前かもしれんな」
「遥か南の島国からいらしたのではないかな? 何でもこちらの御令嬢と御母堂様を、ノースウルフの群れから助けらたそうで、子爵殿は恩人だと感謝しておられるとか」
「シンプルな白のドレスに、美しい布をあしらうのは、斬新で素敵ですわね。私もやってみようかしら。新しい流行になりそうだと思いません?」
「そうですわね。あの公女様の前髪も、白いひと房が神秘的じゃございませんこと?」
どうやらジェラルディーナが提案した衣装は、かなり役に立っているようだ。
やがて音楽が始まり、舞踏会らしく人々が踊り始める。
サリオスはアストリアを誘って、ダンスの輪の中に入った。
(久しぶりだな・・・アストリアと踊るのは)
軽やかに踊る妹のパートナーを務めながら、サリオスは思った。
ノイエルング公爵家が没落する前、家族で舞踏会に参加する時は、妹のダンスの相手は殆ど彼だった。大事な妹に、変な虫がつかないよう眼を光らせていたのだ。
そしてアストリアの方も、当時は積極的に舞踏会を楽しむ風でも無かった。
ふと思いついて、サリオスはアストリアに耳打ちする。
「来たがるとは、思わなかったな」
するとアストリアは、フゥっと笑みを浮かべて答えた。
「エリンコートの貴族って、どんなかなぁって思っただけ。ゲルチュタールと、どう違うかなぁって。どうせなら内情も知りたくて、そっちは今頃トゥーレさんが、聞きこんでくれてると思うけど」
つまりは、好奇心と知識欲の合わせ技のようなものなのだろう。
アストリアが楽しんでくれているならそれで良いし、昔を思い出して懐かしくも慣れたし、とサリオスはホッとしていた。
やがて舞踏会も終盤を迎えた頃、アストリアは一息入れに庭へ出た。
手入れが行き届いた庭は、美しい雪景色を見せている。空気は冷たいが、珍しい程良く晴れて暖かい日だ。
(あら?・・・あれは?)
少し離れた四阿のベンチに、座っている人影を見つける。
年配の女性と見えるその人影は、独りで座って、こめかみを押さえていた。




