2-9 リープ子爵家から招待
エリンコート王国の長い冬も、漸く折り返し点になったと思われる頃、アストリアは兄に強請って、都の外への遠乗りに出かけた。
都を出て少しばかり駆け、遥か遠くにエリンホルムを眺められる雪原に到着した時、ふとサリオスが気づく。
「・・・ん?あれは、ノースウルフの群れじゃないか?」
キタオオカミとも呼ばれるその狼は、ゲルチュタール王国のそれよりも、身体はやや小さい。
けれど同じように、小規模な群れを作り、狩りをして暮らす野生動物だ。
「あ、ホント・・・馬車を襲っているのかしら。大丈夫らしら?」
「う~~ん、少し苦戦しているようだ。助っ人に行ってくる」
合図とともに駆け出したヴェルトライゼンテを追って、アストリアもマイネレーツェルを駆けさせる。
ノースウルフの獲物は主に鹿で、馬車を襲う事は滅多にない。けれどあの群れは、余程飢えているのだろう。馬や人間で、腹を満たそうとしているようだ。
アストリアは、戦闘力では殆ど役に立たないと自覚しているが、遠く離れた場所でポツンと独りで待っている方が危なそうだと判断した。
けれど彼女の愛馬マイネレーツェルは、滅茶苦茶張り切っている。
サリオスとヴェルトライゼンテは、疾風の勢いで駆けつけた。
抜き放った剣で、次々と狼たちを切りつけるサリオスと、その動きを助けるべく俊敏に対応するヴェルトライゼンテ。
続いて駆け寄ったマイネレーツェルは、馬上のアストリアを落とさないよう注意しながら、狼たちを蹴り散らかす。アストリアも数発だけ、狼の脳天にロッドを叩きつけた。
ほんの僅かな時間で、ノースウルフの群れは不利を悟り、半数ほどに減った頭数で逃げてゆく。
護衛の兵士たちがサリオスたちに礼を言っていると、馬車の扉が開いた。
身軽に降りて来た女性は、アストリアより少し若いくらいだろうか。貴族令嬢らしい服装と髪形で、サリオスに歩み寄って腰を屈める。
「お助け下さいまして、本当にありがとうございました。私はリープ子爵家の娘で、グレイスと申します。馬車の中に祖母がおりますが、高齢ゆえ私が代理でお礼を申し上げさせていただきます」
グレイスと名乗った子爵令嬢は、丁寧に頭を下げて続けた。
「祖母を迎えに行った帰りですので、本当に助かりました。きちんと御礼をしなければいけない、と祖母も申しておりますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
サリオスは妹と顔を見合わせるが、微笑んで頷く彼女に、礼儀正しく口を開いた。
「サリオス・ノイエルングと申します。事情があって、故国の領地を離れ旅をしております。こちらは、妹のアストリアです」
礼に適った作法で優雅に頭を下げるサリオスは、言葉にしなくてもその身分を相手に知らしめる。
やはり祖母の眼に狂いは無かった、とグレイスは言葉を続けた。
「祖母が申しますには、来週リープ家で行われる舞踏会に、ご足労ですが是非いらしていただきたいとのことです。そこできちんと御礼をしたい。このまま済ませてしまっては、リープ家の名折れになる、と」
そしてグレイスは、掌に乗せたブローチを差し出した。
「祖母の物ですが、こちらを招待状の代わりにお持ちくださいとのことです」
リープ家の紋章なのだろう。小鳥と兎をあしらったデザインで、小さな黄色の宝石がついている。貴族女性の身分証明にもなる代物だ。
「いや、それほどの事をしたわけでもありませんので・・・」
サリオスが固辞しようとすると、グレイスは無理やりブローチを彼の手に押し付けた。
「お願いいたします。そうして貰わないと、私が叱られてします」
祖母の代理を懸命に努めようとする令嬢にほだされる様な形で、結局サリオスはブローチを受け取ってしまった。
その晩、屋敷で寛ぎながら、サリオスは事の顛末を仲間に話した。
そしてアストリアは、最後に兄の言葉を引き継いた。
「この際だから、言っておこうと思うの。私と兄の父は、ゲルチュタール王国のノイエルング公爵。でも今では没落して、ちっぽけな地方領主よ。お家再興のために金で売られる縁談が持ち込まれたんで、家出したってわけ。兄さんは元々支援者探しの旅に出るところだったから、便乗しちゃったのよね」
けれど皆、ああやっぱりね、と言う顔になるだけだ。
多分サリオスは、妹を逃がすために旅の目的を変えたのだろうと察した。
するとジェラルディーナも、丁度良いと言わんばかりに白状する。
「それでは私も、明かしておこう。私の故国はレジネッタ王国で、私は国王の末娘になる」
今度も一同は、納得したように頷くだけだ。
かなり長い間、旅を続けて来た。アストリアが以前言ったように、お互いが彼ら自身に変わりは無いと思っている。公女だろうと公子だろうと、王女であろうと変わらないのだ。
あっけらかんと身分バレをした後で、話は前に戻った。
「では、ご招待を受けて、リープ子爵家へ行かれるのですか?」
トゥーレの言葉に、アストリアが答える。
「う~~ん、どうしようかと迷ってる・・・」
今回、ノイエルグという名を出したのも、この地がゲルチュタール王国から遠く離れているからだ。自分たちの居場所が父親の元に届く可能性は低いし、万が一届いたとしても、それにはかなり時間が掛かるだろう。
もし届いても、それはそれで、サリオスが受けた父の命によって、遠い異国まで足を延ばしたという証拠になるのではないか。それによって、父である公爵が希望を持つかどうかは、どうでも良いのだが。
「特に問題が無いのなら、行っても良いのではないか?コネが出来たら、ケィテイやトゥーレの就職先が見つかるかもしれないしな」
けれどそんなジェラルディーナの言葉に、失業中の2人は複雑そうな顔になった。
実はこの2人、エリンコート王国についてから、全く就職活動を行っていない。
春まで逗留なのだから焦ることは無いと言いうのもあるが、このメンバーから抜けたくないとかなり切実に思っているのだ。
けれどアストリアは、溜息をつきながら言った。
「問題・・・あるのよ。舞踏会でしょ・・・着ていくものが無いじゃない?」
ある意味、シンデレラ状態である。
旅を続けていたので、そう言う場合に着る様な衣装などは持っていない。春までの長逗留とは言え、また旅に出るのだから衣服を必要以上に増やすのは、勿体ないだろう。
アストリアもサリオスも、今まで着ていた普段着の上に、防寒用の衣服を重ね着して暮らしているのだ。
「あっ・・・そうか」
サリオスでさえも、そこで漸く気づいた。




