2-7 雪と氷で、鍛えて遊んで
数日間振り続けた雪は、エリンホルムとその周辺を、銀世界に変えた。
彼らの屋敷の庭も、腰の辺りまで雪が降り積もり、木々や植え込みは真っ白な綿をこんもりと被っているようだ。池や噴水は凍り、庭のオブジェも雪像のようになった。
そんな庭の中で、馬たちは自由に過ごしている。
厩の馬柵棒は外され、彼らは何時でも好きな時に庭に出ていられる。食事の時と夜間だけしか、馬房に戻らない事も多い。
「ああ、またやってる。庭を見てみないか?」
ジェラルディーナが、1人掛けのソファーに座るアストリアに声を掛けた。
肩の怪我の腫れもほぼ治まり、微熱も無くなってきているアストリアは、往診してくれている医者から、室内なら歩き回っても良いという言葉を貰っていた。
「え? 何?」
アストリアは持っていた本を閉じて立ち上がると、窓辺にいるジェラルディーナの傍へ歩み寄った。
「馬たちだ。ほら・・・」
庭に面した窓から眺めると、深い雪をラッセルしながら力強く歩くフォルテヴェローチェとヴェルトライゼンテがいた。
「自主トレのつもりなのだろうか。雪が積もってからは、ああやって鍛錬してるようなのだが、見ててごらん。マイネレーツェルも、やるんだ」
2人が見守る中、鹿毛の牝馬は、2頭の軍馬に倣って深い雪の中を歩き出した。
凍るように冷たい外気の中に、馬たちの吐息が白く棚引く。
2頭の先輩馬に倣うように、マイネレーツェルも雪を蹴立てていた。
ジェラルディーナは、眼を細めて続けた。
「マイネレーツェルはあの一件以来、面構えも違って来た」
「それって、顔に傷跡が出来たから?」
呟くように尋ねるアストリアに、女戦士は笑みを深くして答えた。
「いや、目つきが違うんだ。以前のマイネレーツェルの眼は、丸く大きくてクリクリしてだだろう?だが今は、鋭くなってキリッとした。雰囲気も違って、意思と言うか決意のようなものを感じるな」
やがて馬たちはラッセルを止め足を止めるが、先ずフォルテヴェローチェが、深い雪の中にドサリと体を投げ出した。
そして仰向けになり四肢をバタバタさせ、雪浴びのように転げる。
けれど直ぐに、バッと立ち上がってブルブルと胴震いをした。
暑くなった身体を冷やしているのかと思ったが、フォルテヴェローチェはその動きを何度も繰り返し、やがて転がると同時に瞬時に立ち上がるようにする。
それを見て、残りの2頭も同じように転がっては立ち上がるという動きを繰り返した。
「・・・フォルテは、教えているのかもしれないな」
ジェラルディーナは、暖かい眼差しを投げながら、そう呟いた。
戦いの場では、何があるか解らない。背中の主を落とさないことは当たり前だが、それでも不測の事態は起こる。馬が転倒した場合、鞍上の戦士にとっては絶体絶命のピンチになることは間違いない。
そうなった時、馬自身が瞬時に態勢を整えることが出来れば、危機回避が出来る可能性が生じる。
転倒してもダメージを最小限にして、直ぐに起き上がって次に備えることは、軍馬としての奥義に近いものがあるのだろう。
ヴェルトライゼンテは、慣れているのか、直ぐに同じような動きが出来るが、マイネレーツェルにはまだ難しいようだ。
不格好に藻掻きながら、それでも必死に学ぼうとしているマイネレーツェルを、先輩馬たちは優しく見守っている。
「レーツェルは、強くなろうとしてるのね・・・私を護るために」
アストリアは、泣きそうに顔を歪めながらも、嬉しそうに微笑んだ。
母親のように、姉のように、育てて来た愛馬。
けれど、子供や妹は成長して巣立ってゆく。
寂しくもあり誇らしくもある気持ちを、アストリアは確かに感じていた。
やがてアストリアも、医者から完治を告げられ、外出が出来るようになった。
そんな妹がかえって気掛かりな兄サリオスだが、そうも言ってはいられない。屋敷を借りた時に出した金のせいもあって、手持ちの金貨が底をついていた。
このままでは、ジェラルディーナに頼りきりで生活することになる。
(出来ることがあるのに何もしないで、寄生虫のような生活をするのは、人としてどうかと思う)
ジェラルディーナが女性だからというわけでは無く、健康な体と能力があるのに誰かに頼り切りと言うのは、あまりにも情けないと思うのだ。
そこでサリオスは、王都の依頼所に足を向けた。
独りでもこなせそうな依頼を選び、少しずつ金を溜めてゆく。ジェラルディーナも、鍛錬の意味もあって、時々は同行していた。
時々と言うのは、普段は王都にある剣術指南所、つまり平民たちの道場のようなところだが、そこを訪ねては稽古をつけて貰っていたからだ。まぁ、道場破りっぽい感じではあったが。
外出可能になったとはいえ、流石に兄たちに同行したり、採集などの依頼を受けるほどまでは回復していないアストリアは、街中を歩くことで体力回復に努めていた。
「アストリア様、どちらへ?」
寒くない様に万全の服装で屋敷を出ようとしたアストリアに、トゥーレが声を掛けた。
「広場にある池が凍って、人々が滑って遊んでいると聞いたので、見に行ってみようかと思って」
アストリアは、もこもこに着こむ服の中から覗く顔を、楽しそうに輝かせて答える。
「それでは、私もご一緒いたします。フェローとケィティも、そこに行っているはずなので」
サリオスから、アストリアを1人で外出させないように、と厳命されていた。
いつもはまるでアストリアの従者になったかのように、買い物やら散歩に同行しているのはフェローだったのだが、たまには自由な時間も必要だろう。
昼下がりの数時間、遊んでおいでと送り出したのは、他でもないアストリアだ。
「もう独りでも大丈夫ですが・・・」
少し不満そうなアストリアだが、以前は付いて来たがったマイネレーツェルも、近頃は自己鍛錬に余念がないので、多少は不安もあった。
「いえ、私も見てみたいと思っておりましたので」
彼女に気を遣ってそう言うトゥーレに、アストリアはふわりと笑って頷いた。
広場に着いてみると、厚く張った池の氷の上で、大勢の人々が笑い声を上げながら楽しんでいた。
今で言うスケートに近い遊びだろう。
氷の傍まで行って、トゥーレが氷上を見渡しながら言った。
「流石に人が多すぎて、フェローたちがどこにいるかは解りませんね」
「そうねぇ・・・でも、皆楽しそう」
何やらウズウズとしてきたらしいアストリアに、トゥーレは強い不安を覚えた。




