2-5 馬との絆 サリオス編 そして突然の訪問者
サリオスは、アストリアの枕元に座っていた。
医者の手当ての後、薬を飲ませて貰ってからずっと、彼女は眠っている。心配は無いと言われていたが、それでも彼は付き添っていた。
大切な妹を、守れなかった。
そんな自責の念が、サリオスを苛む。
アストリア自身も、自分が悪かったと言っていたし、誰のせいでもないと解っている。けれどやはり、彼女が怪我をしたのは、自分にも責任があると思ってしまうのだ。
「・・・・ん・・・」
微かに身じろぎしたアストリアの額に、彼はそっと掌を当てた。
(少し熱があるな・・・苦しそうではないが・・・)
起こさないように気を付けて、そっと手を引くが、ふと彼女の前髪の白いひと房に目が行った。
(この白いひと房・・・旅に出る前は隠していたが、ずっと好きだったな)
特別な妹、という感じだったのかもしれない。
そしてサリオスは、ふと昔の事を思い出す。
(そう言えば、ライゼを選んだ時も・・・)
そろそろ本格的な乗馬訓練をする、という頃だった。
父である公爵に連れられて、所有する生産牧場へ行った。
事前に、嫡男の馬を選ぶと知らせておいたのか、牧場の責任者は選りすぐりの馬たちを揃えていた。
鹿毛、黒鹿毛、栗毛の葦毛。
色は様々だが、どの若馬も最高の血統を持ち、健康も体格も申し分ない。
「サリオス、好きな馬を選ぶが良い」
公爵が鷹揚に言うと、彼は真っ直ぐに1頭の馬の前に立った。
「父上、私はこの馬が良いです」
美しい黒鹿毛の若馬の額には、真っ白で真っ直ぐな、一筋の白い流星があった。
(あの時、ライゼの流星が、アストリアの前髪の様に思えたんだっけ・・・)
ただそれだけの理由で選んだ愛馬だったが、ヴェルトライゼンテと名付けられたその馬は、素晴らしい素質を持っていた。
賢く真面目なヴェルトライゼンテは、サリオスと共に調教や訓練をこなし、立派な軍馬となる。特に足の速さが抜きんでていて、国内で敵う馬はいなかった。
大きな事件やトラブルも無く、けれど着実に強い絆を育て、サリオスとヴェルトライゼンテは主従として、また親友として、夢に向かって努力していたのだ。
最初は、ある意味、見た目(顔?)だけで選んだ愛馬だったが、それが珠玉の得難い逸材だったということだ。ヴェルトライゼンテには感謝しかない。つくづくそう思うサリオスだ。
妹の傍で夜を明かしたサリオスだが、やがて朝になると、怪我人も目を覚ます。
「・・・ん~~~・・・ぁ?」
瞼を持ち上げたアストリアは、額に手を当てて眉を顰めた。
(・・・え~~と?・・・あ、そうだった)
直ぐに、昨日の記憶が蘇り、ここはどこだろうと視線を巡らす。
その時ぬっと、目の前に兄の顔が出現した。
「目が覚めたか?気分はどうだ?」
一瞬驚いたアストリアだが、直ぐにいつものホワンとした顔になって答える。
「ぁ・・・ええと・・・おはよう、兄さん。ここ、どこ?わたし、ずっと寝てたのよね?」
サリオスは、いつも通りの妹に安堵しながら説明をした。
「そっか・・・兄さんにも皆にも、いっぱい迷惑かけちゃった。お詫びとお礼を言わないと・・・レーツェルは、どうしてるの?顔の怪我は、大丈夫だった?」
アストリアの問いに答えていると、ノックの音と共に、トゥーレが顔を出す。
「アストリア様は、お目覚めでしょうか?朝食をご用意しようと思うのですが」
サリオスは、ああ頼むと答えて、妹に言った。
「時間はたっぷりあるから、先ずは食事をしなさい。マイネレーツェルは、後で窓の外に連れて来るから。多分他の皆も、ここに顔を出すだろうし」
春まで逗留すると決めたので、一行は皆のんびりと時間を過ごす。
数日たっても、まだ纏まった雪は降って来ないが、空は分厚く黒い雲が垂れこめるようになっていた。
そんなある日、1頭の馬に乗った旅装束の男が、彼らの家を訪れた。
「私は、ライ・カルストンと言う。こちらに、ジェラルディーナ殿はおられるか?」
サッと馬から降りた男は、玄関から出て来たトゥーレに告げる。
空からサァッと鷹のファルコが降りて来て、彼の肩に止まった。
「はい、少々お待ちくださいませ」
トゥーレは慇懃な物腰で、ライと名乗る男を招き入れる。
帽子とマントを受け取り、その衣服や物腰を見て、身分の高い人物だと判断していた。それに、ファルコが一緒なら、ジェラルディーナの親しい相手だという事に違いない。
声を聞きつけてやって来たケィティに、取次ぎを任せたトゥーレは、彼を応接室に通す。
金髪碧眼、長身でイケメンな男は、美しいとまで言えるような所作でソファーに座った。けれど決して非力な優男ではなく、しっかりと鍛え上げた身体をしていると解る。
そこへ階段を駆け下りる足音が聞こえ、ジェラルディーナがバタンとドアを開けて入って来た。
「ライっ!何で来たんだ⁉ ファルコに返事だけ持たせれれば良いじゃないか」
滅多に聞かないジェラルディーナの大声に、驚いたのはトゥーレとケィティだった。
お茶をお持ちいたしますと言って彼らが出て行くと、ライは立ち上がってジェラルディーナの手を取ってキスをする。
「元気そうで何よりです。ファルコの知らせを見て、漸く居所が解ったので、来ることにしました。旅の資金も減っているだろうと思いましたし、送るよりも直接届けた方が早くて安心ですからね」
(・・・どうりでファルコの帰りが遅いと思っていたが、一緒に来るからだったのか)
だったら、来るという知らせをファルコに持たせて寄越せば良かったじゃないか、と思うジェラルディーナだ。
だがそれ言うより先に、彼に言っておかなければならないことがある。
「ライ、ここで私はジェラルディーナとしか名乗っていない。身分は隠しているので、そのつもりでいて欲しい。くれぐれも、頼む」
それを聞いたライは、フッと口元を綻ばせて答えた。
「そうだろうと思ったので、衣服も普通の旅装束にしてきたんだ」
直ぐに口調を替え、親しい友人としての言動をとるライである。
どうやらこのライ・カルストンと言う男は、ジェラルディーナが言う通り、察しが良いタイプで、頭の回転も速いようだった。




