2-4 北の都エリンホルム
北の都エリンホルムは、王都としても立派で、他国のそれと比較しても勝るとも劣らない規模を誇っていた。
一行は都の門を潜ると、何はともあれ医者を探す。
道行く人に尋ねて一番近い医者の家に向かい、そのドアを叩いた。
人の良さそうな初老の医者は、早速アストリアの怪我を診てくれた。
「ポーキュパインの大棘が刺さったんだね。応急手当が適切だったから、大事には至らないと思うよ」
医者の言葉に、ホッと胸を撫で下ろすサリオスだが、診察台に横になったアストリアが、ぐったりしている様子が気になる。
「だが実は、ポーキュパインの棘には弱い毒があってな、命にかかわるようなものでは無いんだが、結構長い間、腫れるし微熱も出る。ひと月くらいは、安静にしておいた方が良いだろう。儂も、数日おきに往診するから」
サリオスたちは、顔を見合わせた。
「・・・長逗留になるな。私は構わないが・・・いや、これだけ大きな都なら、寧ろ歓迎かも知れん」
ここエリンコート王国は、レジネッタともゲルチュタールとも遠く隔たっている。長い期間いたとしても、居場所がバレるようなことは無さそうだ。
ジェラルディーナがそう言うと、医者は再び口を開く。
「おそらく2週間以内に、纏まった雪が降るよ。そうなると、旅を続けるのは大変になるだろうね。急ぐ旅では無いのなら、雪が溶ける春までここに逗留してはどうかな? そうなると宿代も大変になるだろうから、いっそどこか家を借りるのも良いかもしれないな。儂の知り合いで、空き家や空き部屋の管理と貸与の斡旋をしている友人がいるから、良ければ紹介しよう」
全員が納得し、医者の言葉に甘えて、長逗留のための家を探すことになった。
この場合、一応パーティーのリーダー的な立場のサリオスが行くのが妥当なのだが、彼は妹が心配なようで行くのを躊躇っている。
「アストリアは、私とケイティで診ているから安心して行って来い。フェローにも街の様子を見ておいて欲しいし、トゥーレも役に立つと思うからな」
つまりは、男性たち全員が追い出された形になったわけだが、ジェラルディーナに他意は無い。
結局サリオスは、トゥーレとフェローを連れて、それぞれの所持金を搔き集め、医者の友人の店へと向かった。少なくとも数カ月間家を借りるなら、まとまった金は必要なので、これはかなりの大任だと言えよう。
そして冬の陽が早々と落ちる頃、サリオスたちは医者の家へ戻って来た。
「家の契約が出来た。今日から住めるそうだから、早速そちらへ移ろう」
首尾よく家が借りられたと言うサリオスは、医者に新しい家の場所を伝えると、眠っているアストリアを抱いて外に出た。
「凄い早業じゃないか?契約が、随分うまくいったのだな」
ジェラルディーナが馬上でフェローに話しかけると、従者の少年は笑顔で答えた。
「トゥーレさんが、凄かったんですよ。商談って言うのかな・・・色んな空き家や空き室の話を聞いて、家賃や期間の話をして、あっと言う間に日割り計算とかもして、一番良い物件を押さえたんです。丁寧に礼儀正しく値引き交渉もしたりしてくれたんで、資金も余りができました。サリオス様も驚いていて、トゥーレさんを見直したみたいです」
どうやらトゥーレ・サニングデールと言う男、相当頼りになる人物らしい。人当たりが良く礼儀正しく、経済や物価などにも精通していて、見かけこそ地味だが有能な男なのだろう。
ジェラルディーナは、思った。
(よく見れば、トゥーレは顔立ちも整っているし、鍛え上げた身体では無いが、背が高くて均整がとれている体格だ。充分イイ男で、才能もあるし・・・サリオス殿としては、心中複雑だろうなぁ)
だがそれも、一興だ。とジェラルディーナは、内心面白がるのだった。
一行が借りた家は、下級貴族の別邸だったらしい屋敷だった。
石造りの2階建てで、そこそこ広い庭も厩もある。内部も綺麗に掃除してあり、家具調度も多少古いが使用するには全く問題が無い。厨房にも、ある程度の調理器具が揃っていて、それにはケィテイも大喜びだ。
暫くは療養中になるアストリアを1階の一番良い部屋に寝かせ、後の5人もそれぞれに部屋を決める。
部屋数をしっかり確保でき、馬たちも快適に過ごせるような物件をゲットしたトゥーレには、皆頭が上がらないくらいだ。
その晩、ケィテイが急いで用意した夕食をとると、皆早めに自室に入った。
ジェラルディーナも2階の部屋で、装備しているブレストプレートを外し、楽な恰好になる。そこにノックの音がして、フェローがやって来た。
「ジェラルディーナ様、御用はございませんか?」
「いや、大丈夫だ。お前も、早く休め」
けれどフェローは、言いずらそうに口を開いた。
「あのぅ・・・実はそろそろ、旅の資金が心許無くなってきていまして・・・」
ジェラルディーナは、その身分ゆえ、充分すぎるほどの資金を持って旅をしていた。けれどそれも少しずつ減っていたし、今回家を借りるにあたってかなりの金額を出している。
「ああ、そうか。・・・そうだな、ここで暫く暮らすわけだから・・・ライに伝えておくか。ファルコを飛ばすことにしよう。今いる場所を伝えれば、察しの良いあの男の事だから、何とかしてくれるだろう」
「・・・カルストン公爵家のライ様ですね」
カルストン公爵家は、レジネッタ王国で最も力がある。その嫡男であるライは、ジェラルディーナの婚約者だった。
幼い頃に決められた婚約だったが、幼馴染のようにして育ったジェラルディーナとしては、彼は武芸に関するライバルのような位置づけである。
「ちょっと何を考えてるか解らないところはあるが、私の武者修行を快く後押ししてくれたのもあるから、信頼はしているんだ」
ジェラルディーナはそう言いながら、椅子の背もたれの上で翼を休めていたファルコに歩み寄る。
「ファルコ、しばらくはここが私の家だ。覚えておけよ」
2本の指の背で、優しく鷹の頭を撫でながら、ジェラルディーナは静かに告げる。
「明日の朝には、お前の本当の主の元へ、飛んでもらうから」
ジェラルディーナは、フッと視線を窓の外に投げる。
本当に久しぶりに、自分の婚約者の事を思い出していた。




