2-2 馬との絆 アストリア編1
「あ~~~、ちょっと、レーツェルぅ~~全部食べちゃダメよぉ」
ウインターベリーの茂みの前で、アストリアが不満の声を上げた。
「・・・フヒン・・・(モグモグ)・・・ヒン(ムシャムシャ)・・・」
けれど鹿毛の馬は、額の?模様の流星ごと頭を突っ込んで、次々とベリーを食べてゆく。
よほど気に入ったのだろう。
イイじゃん、イイじゃん。とでも言いたげにパクパク食べる馬のお陰で、あっと言う間に実は無くなってしまった。
「あ~~もう、仕方が無いわねぇ・・・あ、でもこの奥に、まだあるわ・・・」
アストリアはガサガサと茂みに分け入り、森の中へ入った。後から着いて来ようとする愛馬より先にウィンターベリーを摘みたいと、彼女は足を進める。
(仕方が無いわね、レーツェルは昔からそうだったから・・・)
ふと、アストリアはマイネレーツェルと最初に出会った時の事を思い出した。
あれは15歳の誕生日の頃だった。
父である公爵が、自分の馬を持っても良いだろうと言ってくれたのだ。
ゲルチュタール王国では、王族貴族が主催する『狩り』と言う催しが盛んである。主催者が所有する狩場で、客を招待して狩りを行うという社交的な意味合いが強い。
国王が主催する場合は、貴族たちの兵力を見定める大規模な『狩り』となるのだが、それ以外は娯楽のような催しである。
主催者の狩場に、勢子や猟犬が獲物(鹿が多いが、猪や兎などもある)を追い込むことからスタートする『狩り』だが、貴族たちはその狩場で待っているのが常だ。
腕に覚えがある男性陣は、良いところを見せようと見栄え重視の装備で、追い込まれてきた獲物を馬に乗って狩る。そして女性陣も、同じく馬に乗ってその様子を眺めるのである。
当然そこに、将来の縁組に発展する可能性もあるので、未婚の若者の保護者達も観覧すると言うわけだ。
そういった事情もあるので、貴族の娘の嗜みとして、乗馬は必須である。
アストリアも、そろそろ乗馬を習う年頃になったので、公爵は彼女の馬を買い与えることにしたのだ。
(あの時は、本当に嬉しかったなぁ・・・)
その数年前、兄も自分の愛馬ヴェルトライゼンテを得ていた。元々動物好きだったアストリアは、それが羨ましくて仕方が無かったのだ。
そして漸く自分の馬が貰えると喜んで、アストリアは公爵に連れられて、生産牧場へと赴いた。
王族や有力貴族は、自身のお抱え牧場を持っている。そこで軍馬や騎乗用の馬を生産し、自分たちが使用する以外にも、贈答用としたり献上したりもする。
父である公爵が所有する馬の牧場に着いた時、そこには10頭近くの2歳馬たちが揃っていた。
まだ調教前だが、いずれも血統が良く、健康で見栄えの良い馬が並んでいる。
「ふむ・・・どれが良いと思うか?」
公爵が尊大な態度で尋ねると、牧場長は1頭の馬を指して答える。
「これがよろしいかと存じます。気性も穏やかで、丈夫で美しい馬に育つと思われますので」
けれどアストリアは、全く別の方向を見ていた。
列の一番端にいる、1頭の鹿毛の若馬だ。
その視線に気づいたのか、その若馬はアストリアの方に頭を向け、彼女の視線を受け止めた。
真っ向から見つめ合い、そして彼女はそちらへと足を向ける。
茶色の額にある流星が、?の形をしている変わった顔の馬だった。
「・・・この子・・・お父様、この子が良いです」
眼があった瞬間、アストリアは、不思議な縁を感じていた。
賢そうな目と、妙に人間臭い表情。ちょっと気難しそうで、拗ねたような瞳の煌めきに惹きつけられた。
「あ、いや・・・そいつはちょっと、あまりお勧めできないです。血統も健康も問題無いのですが、気性が・・・我儘と言うか、気まぐれと言うか、色々と面倒くさいタイプでして」
牧場長の言葉に、けれどアストリアは希望を通した。
「絶対に、この子が良いのです。お願いします、お父様」
それまで一度も、ドレスやお菓子でさえ、これが良いと主張することが無かった娘に、公爵は目を丸くする。大人しく従順なだけが取り柄だと思っていた娘の、初めてのお願いに、公爵は眉を寄せながらも頷いてくれたのだった。
そしてマイネレーツェルと名づけられた若馬は、アストリアの愛馬になった。
牧場長の言う通り、納得しなければ梃子でも動かない気性難ではあったが、不思議とアストリアとは気が合ったようで、やがて1人と1頭は仲の良い姉妹の様に育つ。そう、マイネレーツェルは牝馬だったのだ。
賢さは抜群だが、それゆえどこか、自分を馬だと認めないような行動もある。それでもアストリアの言う事だけは、不承不承でも聞くようになった。
甘えるように好きなように振舞って、ウィンターベリーを食べ続ける愛馬から逃げるように、アストリアは苦笑を浮かべながら奥へと進み、そして気が付けば、かなり森の中へ入ってしまっていた。
(・・・もう、このくらいでイイかな?)
アストリアが腰を伸ばして辺りを見回した時、突然藪の向こうから物音が聞こえて来た。
ガサガサガサッ、バキッ、バサガサッ!
ハッと身構えたアストリアの目の前に、1頭の獣が飛び出してくる。
「ポーキュパインっ!」
ネズミに似た頭と、モグラに似た前脚。尻尾の先に鋭く大きな棘を数本持つその獣は、体長3メートルほどの大きさがあった。
通常は大人しく、巣穴と餌場を往復するような暮らしの獣だが、今目の前に出現したそれは、血走った眼をしている。よく見れば背中に1本の矢が突き刺さっていて、手負いの状態で逃げて来たようだ。
(刺激しないように、そっと・・・)
ここは逃げたほうが良いと判断したアストリアが、静かに足を引いた途端、ポーキュパインはパッと身体を捻り、その長い尾をブンッと振り抜いた。
ヒュンヒュンヒュンッ・・・
獣の尾の先にある長く太い棘が、凄い速さで飛んで来る。
「ゥアッ!」
避ける暇も無く、その中の1本が、アストリアの右の肩に刺さった。
近くの梢にいたヨウムのヤーコが、バサバサと羽音を響かせて飛び去った。トゥーレに、知らせに言ったのあろう。それと同時に、マイネレーツェルが駆けて来る蹄の音が聞こえる。
(マズイわ・・・失敗した。どうすれば・・・)
痛みに耐えながら、膝立ちになるアストリアは、目の前のポーキュパインを睨みながら唇を噛み締めた。




