14 こっそりひっそり惚れられたらしいです
翌朝、トゥーレ・サニングデールは、肩にヨウムを乗せて、宿の食堂にいた。
昨日、無事に宿を取れたので、改めてアストリアにお礼を言おうと思っている。
実は初めて会った時から、彼女に心惹かれていた。
いわゆる一目惚れ、というやつだったのだろう。程度は軽そうだが。
無職の自分に、何が出来るわけでも無いが、ただ顔を見て話がしたいという気持ちだけなら、素直になっても良いだろうと考えていた。
やがて階段から足音が聞こえ、フェローとケィティが降りて来る。
「あ、トゥーレさん、おはようございます」
フェローが彼を見つけて、明るく声を掛けた。そして傍らのケィティに、説明した。
「昨晩話した、トゥーレ・サニングデールさんだよ。失業中の」
ケィティは頷いて、礼儀正しく挨拶をする。
トゥーレは、愛想良く応えて、再び待ちの体勢になった。
フェローとケィティが、宿の主に朝食の用意を頼んでいると、しばらくしてアストリアたちが階段を降りて来る。
「あ、アストリアさん。昨日は、本当にありがとうございました」
〈アリガトー、アリガトー〉
サッと立ち上がって歩み寄り、丁寧に頭を下げて礼を言うトゥーレと、肩のヨウムである。
「あ、トゥーレさん。おはようございます。ご丁寧に、どうも」
ふわんとした笑みと共に、穏やかに答えるアストリアだが、傍にいたサリオスは怪訝な表情を浮かべた。
するとトゥーレは、そんなサリオスには気づかず、更に言葉を続ける。
「大丈夫でしたでしょうか?その・・・お尻の方は」
トゥーレのその言葉に、サリオスは声を上げた。
「何だって? お尻? アストリア、何があったんだ!」
剣呑な顔の兄を軽く制して、アストリアはとりあえずトゥーレに紹介する。
「あ、こちらは兄のサリオスです。それから、こちらが旅仲間のジェラルディーナ」
声を聞き突けてやって来たジェラルディーナも、ついでに紹介しておく。
そして先にジェラルディーナが、口を開いた。
「よろしく、ジェラルディーナだ。昨日の事は聞いている。アストリアのお尻は青痣が出来ているが、座ったら少し痛いという程度だと思う」
ジェラルディーナの言葉を聞いて、思わずサリオスは声を荒げた。
「何でジェラルディーナは、知ってるんだ! 隠してたのか、アストリア?」
流石にアストリアは焦るが、ジェラルディーナはあっけらかんと言い放った。
「バレちゃったわねぇ、アハハハハっ」
結局アストリアは、昨日の事を兄に白状した。
「・・・と言うわけで、ラビートにお尻をど突かれちゃったの。ジェラルディーナに知られたのは、一緒に宿のお風呂場を使ったから」
昨晩、宿の風呂場、と言っても浴槽がある訳では無く、湯が用意された洗い場という程度のものだが、そこで身体を流していた時に、ジェラルディーナが気づいたのだ。
「アストリア、お尻が青タンになってるぞ。ここだが、この範囲で結構広いな」
青痣の中心を指で触れ、その範囲を指でなぞる。
「痛っ・・・ひゃぁ~~~」
痛みの後に、くすぐったさが加わり、変な声になるアストリアだが、最後にこう言った。
「兄さんには、内緒ね。心配性だし、痣の様子を見せろって言われても困るから」
確かにサリオスなら、そう言いかねない。あの兄は、妹がまだ自分の後をついて回っていた頃のままだと思っている節がある。そう考えるジェラルディーナは、いずれバレるだろうとは思ったが、一応頷いて見せたのだ。
アストリアは、素直に謝った。
「黙っててごめんなさい。兄さんに心配かけたく無かったし、場所が場所だから恥ずかしかったの」
俯いた可愛い妹にそう言われると、許すしかないサリオスだ。
「うん・・・まぁ、解ったが・・・隠し事はやめてくれ」
溜息をつくサリオスだが、悲しそうな顔は隠しようも無かった。
何とかその場は収まったようだ、とそれまで黙って立っていたトゥーレが、改めて挨拶をした。
「トゥーレ・サニングデールと申します。昨日は妹様にこの宿を紹介いただき、本当に助かりました」
右手を胸に当て、45度に頭を下げる彼のマナーは完璧だ。サリオスとしては、そこで難癖をつけるほど非常識ではない。
トゥーレは、更に続けた。
「旅をなさっておられると伺いましたが、不躾ながら、どちらの方へ向かわれるのでしょうか?」
慇懃に問い掛ける彼に、ジェラルディーナの方があっさりと答える。
「私たちは、王都へ向かおうと思っている」
するとトゥーレは、サリオスにとって驚くようなことを言って来た。
「誠に申し訳ないお願いなのですが、王都までご一緒させてはいただけないでしょうか?」
先ずは座って、朝食を食べながら話しましょう、と提案したアストリアの言葉に従って、テーブルに付く一行である。
トゥーレは、食事には手を付けず、静かに話し始めた。
「私は、この町にあるトール子爵のお屋敷で、執事見習いとして働いておりました。ですがお屋敷の御嬢様の、不倫相手と誤解されてしまいまして・・・」
婚約者がいるにも関わらず、別の男性との関係が親にばれた御令嬢は、相手は執事見習いのトゥーレだと言ったらしい。青天の霹靂であったトゥーレだが、無実を証明することも出来ず、即刻解雇となったのであった。
「鞄一つで追い出されたわけですが、紹介状が無いと同じ仕事は出来なくて、困り果てました」
身に着けた技能は、執事の仕事に関するものだけだ。出来れば見習でも良いから、別の屋敷で働きたいと思うが、紹介状が無かれば門さえ潜れないのである。
「この町では、噂も広まるでしょうから、いっそ王都で職を探したいと思ったのです。執事は無理にしても、私に出来る仕事があるのではないかと思いまして」
トゥーレはそこまで言って、居住まいを糺した。
「王都へは、馬車の定期便もあるのですが、先日の嵐で橋が流れてしまい、ずっと運休なのです。王都に用事がある人は、橋を迂回する隊商に同行したり、用心棒を雇ったりしているようですが、私にはその伝手がありません。それで、先ほどのようなお願いをした次第です」
執事見習いだった男は、再び頭を下げた。
「同行させていただけるだけで良いのです。自分の面倒は自分で致します。何かあった時は守っていただくことになるかとは思いますが、多少の貯えはございますので、礼金は払わせていただく所存です」
嘘や方便を言っているようには見えない、真摯な態度と言葉に、サリオス以外の面々は絆されてしまう。
「私は、構わない。アストリアは?」
ジェラルディーナの言葉に、アストリアも頷いて見せる。
「1人ぐらい増えても、大丈夫じゃないかなぁ。人助け、よね?」
そうなると、後はサリオスだけだ。
「・・・・我々は馬で進むんだが・・・」
歯切れが悪くそう言って、暗に断る方向へ話を持ってゆきたいサリオスに、トゥーレは穏やかに答えた。
「大丈夫です。馬はレンタル出来ますし、乗馬もできますので」
そして結局、トゥーレが旅に加わった。
馬5頭、人間6人、鳥が2羽の、そこそこ大きなパーティーである。
最期の決定権は一応サリオスにあるのだが、女性たちの主張が優先されがちな一行は、なんやかんや賑やかに旅を進めることになった。
おそらくこれ以上は、旅の仲間が増えることは無いだろう。
王都に到着した後、無職のケィティとトゥーレが離脱するとしても、それはまだ先の事である。
アストリアたちのの旅は、仲間を増やして、さらに続くのだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
第1章「旅の仲間たち」はこれにて完結になります。第2章からは、様々なトラブルやアクシデントを乗り越え、互いの関係もLoveとLikeが交錯していきます。長い話になると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
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