13 失業中の男とヨウム
サリオスがフェローと共に、一行に合流したのは、ギアンの襲撃から暫く経ってからだった。
妹から顛末を聞いた兄は、ホッとすると同時に、仲間の有能さを改めて感じる。
それでもやはり、こういう事はこれからもあるだろうと、気を引き締めた。
再び次の町、シャンティーを目指す一行は、運良く野生動物の襲撃にも遭わずに進む。
野宿での食事は、ケィティが料理をした。
長年大工の家で炊事をしてきた彼女は、料理の手順もその腕前もなかなかの物で、一同舌鼓を打って食べる。
「同じ肉でも、これほど違うんだな」
今までは、狩りで得た肉は、塩とハーブを擦り付けて焼くだけだった。けれど同じようにケィティが料理しただけで、肉は柔らかく肉汁もたっぷりで、別の料理のような美味しさだ。下処理とか焼き時間などが、違うのだろう。
またケィティは、あるだけの調味料を使って、具材たっぷりのスープなども作る。
一気に旅の間の食事の質が、爆上がりになったパーティーだ。
そして数日後、楽しい気分を抱えながら、一行は目指すシャンティーの町に入った。
比較的王都に近いこの町は、そこそこ大きくて設備も整っている。
一行は下町の、中程度の宿屋に入って部屋を取った。ここでは少し、のんびりしたいと思っている。
翌日から、別行動の予定を立てた彼らだが、サリオスとジェラルディーナは、依頼所へ向かった。
採集から害獣討伐まで、町とは言えど、結構な数の依頼があるそこで、鍛錬方々依頼を引き受けようという心づもりだ。
アストリアとフェローは、ケィティの就職先を探すために、町の中を歩き回った。
けれど身元保証人が旅人では、住み込みの下女を雇ってくれるようなところは無い。あちこちで情報を仕入れ、良さげなところへ行っても、首を縦に振ってくれるようなところは無かった。
「やっぱり難しいわねぇ~~」
言葉とは裏腹に、全く困ってもいない風のアストリアだ。
「そうですね・・・寧ろ王都の方が、求人は多いかもしれません」
その分、怪しい就職先も多そうだが、とフェローは小さく溜息をついて言った。
「すみません・・・ご迷惑ばかり、掛けてしまって・・・」
心から申し訳なさそうに言うケィティに、アストリアはにっこり笑って提案した。
「もう、今日は止めましょ。明日別方面へ行って、それでも見つからなかったら、フェローの言う通り、王都で探せばイイんだし。それよりこれから、気分転換も兼ねて、町外れに行ってみない?少し薬草でも採集できれば、売ってもイイんだし」
そうですね、と気を取り直し、3人はブラブラと町外れへ向かった。
天気は薄曇りだが、心地よい風が吹いている。
広い草地が広がるその場所は、雑草が一面に生えているが、所々に紫がかった色の草が生えていた。
「あ、あれ、傷薬になるやつじゃない?」
アストリアはそう言って、草地に入ってゆく。
そして数本の薬草を、腰を屈めて前かがみになりながら、摘み始めた。
だが、次の瞬間。
「キャァッ!」
ドンッ!
悲鳴と共にアストリアの身体が、お尻を突き出した姿勢のまま宙を飛び、2メートルほど前方へ吹っ飛ぶ。
「ぶべっ」
そしてそのまま、顔から草の中へ突っ込んだ。
「アストリア様!」
慌てて駆け寄るフェローとケィティだが、アストリアは直ぐに起き上がる。
「痛ったぁぁ~~、何なの?」
情けない声を上げ、お尻を摩る彼女だが、そこにいたのは仔犬ほどの大きさの、山羊に似た獣だった。
フッフッフッ・・・
鼻息も荒く、足を踏ん張っている小さな獣は、まだ攻撃を続ける気満々だ。
「ラビートです、まだ子供だけど、きっと近くに親が・・・居たぁ!」
ドドドッ、と足音も高く走って来る親ラビート。山羊の身体に兎の耳を持つ獣は、角こそ無いが飼いならせる様な気性ではない。
やんちゃな子供を助けに来た母ラビートを倒すのは気が引けるし、この3人では少々心許無い。
「ぅひゃぁ~~、ごめんなさいぃ~~~って言うか、お子さんの方からぶつかって来たんですぅ~~」
通じるわけもない言い訳を叫びながら、お尻を抱えて逃げ腰になるアストリア。
フェローも棒を持って身構えるが、そこにケィティが追いついて、彼の棒を引っ手繰った。
「えっ?」
驚くフェローには目もくれず、ケィティは常に持っているフライパンを棒でガンガンと叩いて叫んだ。
「あっち行けっ!(ガンガンガン)・・・あっち行けっ!(ガンガンガンガン)」
けたたましい音に、ラビートの親子は怯んで、踵を返して去って行った。
「助かったわ・・・ありがとう、ケィティ」
ヒョコヒョコと歩きながら言うアストリアに、ケィティは嬉しそうに笑う。
「ああいうのを追い払うには、こうすればイイって知ってただけです」
するとそこに、知らない声が掛かった。
「だ、大丈夫ですか・・・(クスクス)」
笑いを噛み殺しながら近づいていた男は、地味な見た目の真面目そうな男だった。
「あ、はい・・・」
流石に恥ずかしくて頬を赤くするアストリアだが、ここで漸く気づく。
この草地には、野生のラビートが棲んでいて、人が入ると問答無用で頭突きをかましてくるのだ。
だから人々は、お尻を痛くしてまで採るほどの価値は無い、と薬草を放置しているのだろう。
「痣になってるかもですけど、ここで確認するわけにもいかないから、宿に帰って見てみます」
ちょっと無理に笑って見せるアストリアに、男は何故かハッとしたように固まった。
黒髪に黒い瞳で、見るからに実直そうな男は、少しくたびれてはいるが、きちんとした衣服を身に着けている。
黒に近いグレーの上下に、白いシャツと細い黒のボウタイをしている姿は、どこかのお屋敷勤めではないかと思われた。
「・・・あのぅ、どうかしました?」
いきなり動かなくなった男に、アストリアは小首を傾げて怪訝そうに尋ねた。
「・・・っ、あっ、いいえ何でもありません。ええと・・・宿へ帰ると仰いましたが、旅行中なのでしょうか?」
男はハッと我に返り、居住まいを糺して問い返す。
アストリアは、ちょっと引きながら、それでもハイと返事をした。
男は少し離れた場所に置いてあった鞄を持ってくると、礼儀正しく頭を下げて言った。
「私は、トゥーレ・サニングデールと申します。実はついさっき、勤め先を突然解雇されてしまいまして、今晩泊まる宿も決まっていないのです。今からあちこち探すのは、少し大変なので、もし良かったら貴女がお泊りの宿を紹介して貰えないでしょうか?」
よく見れば、彼の頬は薄っすらと染まっている。
アストリアは、人差し指を顎に当てて考えた。
(確か、まだ空きはありそうな感じだったわね)
見た感じ悪い人ではなさそうだと判断した彼女は、柔和な笑みを浮かべて答える。
「良いですよ。部屋は空いていそうだったし」
「ありがとうございます。助かります」
もう一度深々と頭を下げるトゥーレと名乗った男は、頭を上げると振り返って声を投げた。
「お~~~い、行くよ~~~」
すると直ぐに、近くの木立から1羽の灰色の鳥が飛んできて、トゥーレの肩に止まった。
〈ハーーーイ、イコウ、イコウ〉
喋る鳥に、ポカンと口を開けるアストリアたちに、トゥーレは大真面目な顔で言った。
「私の兄弟のような存在で、名前はヤーコと言います。ヨウムです」
洋鵡とも書くヨウムは、大型のインコで、賢く長寿で言葉も話せる鳥だ。
「素敵ですね。仲間の1人も鷹を連れているから、宿は大丈夫だと思います」
ニッコニコでヨウムのヤーコを見つめるアストリアの横で、フェローは奇妙な予感を抱いていた。
(求職中の人間が2人で、鳥も2羽になって・・・まさかそんな、大所帯になったり・・・しないよなぁ・・・)
人が6人、鳥が2羽、馬は4頭以上?
少なくとも暫くは、賑やかになりそうだ。
(でも、サリオス様はこっそり頭を抱えそうだなぁ。若い男性が、アストリア様の近くにいるんだから)
フェローは、サリオスのシスコンを実は知っていたのであった。




