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ビヨンド オブリヴィオン / BEYOND OBLIVION  作者: 蓮田 希玲
BEYOND OBLIVION / CHAPTER 1

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Episode 6 - IV / 素顔

「無視かよ」


 私の手はしがみつくようにカメラを掴んでいた。部品のつなぎ目がカタカタと音を立てる。無視ではない。そんなつもりはない。彼らがどんな人かもわからない。何を言って欲しい?背中を丸めた一人は、舌だけを使って咀嚼するような音を出しながら、スマホを見たりこっちを見たり。あなたの声が聞こえているのを知らせるように、私は姿勢を正すことしかできない。


「知り合いじゃないの?」私はベルジにしか聞こえないように囁いた。彼は口を開けたまま、三人を見ないように首を固めている。「ちょっと?」と背中を軽く叩いてみるが、動こうとも答えてくれることも無いままに、後ろからの視線は気配に変身していった。


「仲良いんだな」


 その男の子の立ち姿は、周辺に並ぶ家々を小さくした。彼は私の目を刺すように見ていたが、合う感じもしなかった。でも、ベルジのほうは向かなかった。ポケットの中で手を動かしながら、近づいてくる。彼らの足音と、ベルジの鼻息、ストラップが揺れる音だけが、その場を支配した。


「俺のクラスじゃないよな?お前知ってる?」「ううん」


 ジェスターとベルジとは何かが決定的に違った。何も考えずに淡々と言葉を出している。ずっとなぜか笑っている。彼らは私たちと話している訳ではないのだ。頬の出っ張った一人は、腕を揺らしながら私の足元から上へゆっくりと目を配った。「俺も、知らねえや。誰、クラスは?何年?」石ころを蹴るように足を出しながら、辺りを歩いている。


「あ……えっと、わたしアヴァ。そ――」

「ほら、やっぱ知らねえわ」「クラスは?クラス」「はは、やめとけって困ってるだろ」「聞いただけだろ」「ビビってる」「おいベルジ起きてるー?」「なんだこいつ」「あ、俺らベルジの友達だから」「仲良しだもんな」


 彼らは隙間なく喋り続けた。硬い服が擦れる音は、乾いた指でガラスを撫でるようだった。ただ「ああ……」と相槌を打つことしかできなかった。ベルジの様子の方が気になっていたからだろうか。


 自分の指はスカートの折り目をつまんでいた。ここだけ遮断されているように、私たち以外の気配は不気味にも全く感じない。この、無理やり食べさせられているような、それも見るからに美味しくなさそうなものを押し付けられているような感じは一体……。


「なあそいつといて楽しい?」「楽しい?」「楽しそうだったし楽しいんじゃね?」


 狐みたいな目をした面長の男の子が、整えた金髪をなびかせて、眼鏡を正してから言った。耳からリングピアスを覗かせている。背中も首も崩している。


 理由は言葉にしづらいが、これほど言葉を返す気が無くなる人は初めてだ。何を言おうか、出口が逃げていく言葉の迷路で右往左往しているうちに、その苦悩を白紙にするように彼は続けた。


「しばらく休みじゃん俺ら。暇すぎて」「ベルジちょっと借りていいか?」「邪魔して悪い」


 陽に照らされているのにも関わらず、ベルジの顔はなにかの雲に覆われているようだった。彼の背中をもう一度つついて顔を覗こうと思ったが、それに合わせてそっぽを向かれた。


「あんまり気分じゃないみたい……」私は息を飲んでから、首だけを三人に向けて言った。


「さっきあんな楽しそうに動画撮ってたじゃん、なんでそんな、さあ、俺らが来た途端シュンってなんの?おもろすぎる」「わざとだろ」「あ、あれ演技?」「実はね」「俳優いけるだろ」「あれ、そのカメラめっちゃ古いやつじゃね?」「ガチじゃん」「それ使えんの?」


 同時に喋っているように聞こえる。そのせいで一息つかないと、何を言われているのかさっぱりだった。


 動画、撮ってた。そうだ。楽しそうに。うん、楽しかった。シュンってなる、うん、だからどうして……。カメラ。カメラを両手で支えて、「これ?」と返した。いつの間にか目の前に彼らは来ていた。気づかなかった。金具の音が低かった。


「うわ、すご」「天才じゃね?」「ベルジにゃもったいな」「やめろってただでさえ今あんななんだから」「あはは、忘れてたわあいつのこと」「そんなん使えんの?」


 ベルジが貶されているということは、言葉に追いつかなくても態度ですべて分かった。あ、と声が漏れた時には、彼らにカメラが渡っている。レンズの絞りをいじったり、動かせるところをなんとなくでいじっている。はい、と返され、両手で受け取ると、髪をめちゃくちゃにされたような気持ちになった。


「どうしてそんなにベルジくんのこと……」と思っていたことが咄嗟に口から飛び出した。ベルジの左足が地面を擦った。


「友達だから」「友達だからだよ」「ごめん俺らなんか、まずいこと言った?」「常識だろ」「学園来てないのかお前」

「い、行ったことない……」


 一斉に彼らは笑った。奇妙だった。誰かが笑っている時は、私もだいたい笑っていたのに、今ここでそんな気持ちになれない。足元から音が鳴ったと思えば、自分の足が後ずさりしていた。ベルトがさっきよりも何故かきつく腰を締め付けているように感じる。笑い声が迫ってきているような、くすぐってくるような……。


「やめろ」ベルジが彼らと反対側の方を向いて言った。その声はひどく震えていた。初めて出会った時に見た芯が、ここではもろくヒビが入っているようだった。


 こんなものを見るつもりはなかった。今すぐここから離れたい。さっきの写真の中へ飛び込んでしまいたい。浮き出た笑顔のベルジの顔を見ながら、私は時間が過ぎるのをただ待っていようと思った。


 三人は固まってなにか話している。彼らに聞こえないように、私はベルジの服をつまんで「あの人たち嫌」とつぶやく。そこにいるのを確かめたかった。ベルジはようやく振り返り、ゆっくり彼らの元へ向かっている。手を見ると、小さな花火みたいな光がちらついたのが見えた。私は小さくなって、彼に続いた。


「こんなとこ歩いても遊ぶとこ無くね?」


 ベルジは人が変わったように、力を抜いた様子で歩きながら言った。彼は腕で壁を作っているように伸ばしている。


「気づいてなかったのかよ」

「イヤホン」


 絶対に気づいていた。イヤホンという馴染みのない言葉も相まって、いつものベルジみたいに私は目が落ち着かなくなった。誰をどう見ればいいのかだんだん分からなくなってくる。


「おいおい、どっから引っ掛けたんだよー」

「何が?」

「彼女だろ?俺ちょっとタイプかも」「やめろよ」「どうやったんだよ」

「……たまたまカフェで会って、声かけてみたんだ。そしたらちょっと境遇が似ててさ」

「マジかよ、お前運良いな!」

「だろ?」


 口にしたくないが、ベルジは本当に彼らと友達なのかもしれないと思った時、膝を落としそうになった。この三人の顔は見ていたくないほどに、心から避けたくなっていたからだ。ずっと笑ってどこを見ているか分からない。ずっと自分たちだけの間で話して、こっちは仲間外れにされているような気持ちになる。私はみんなとは違うんだという一番忘れたい考えが膨らみだすのだった。


「で、仲良くデート中?似合わな!」

「ひっでえ」

「俺ら男三人でさ、コイツらと遊ぶのもなんかなーとか思ったりして」「おい」「なんだよ」

「試験が終わった後だしな。俺も浮かれてたのかもな」

「浮かれすぎだろ」「上手くいってんの」


 そんなに笑わないでベルジ。置いていかないで。彼の服のつまんだところを、私はぐっと引っ張った。腕だけは私の方を向いているようだった。


「お前らのする心配じゃないよ」


 私のことをすっぽかして喋っていないか怖くなって「友達……?」と声が漏れた。見れば分かるだろ、とか言われてしまいそうだが、そんなことを静かに考えていられなかった。


「あーごめんごめん、そうだよそうだよ。これが俺らのノリっていうか?あはは」「いやーそれにしてもさ、めっちゃ仲良さそうでよかったわ」「アヴァだっけ、こいつやらかす前に離れたほうがいいぜ?」


 ベルジの手のひらがこちらをむいて、指を曲げたのが見えた。


「ははは。もう遅いなそりゃ」


 突然、足で一番背の高かった男の子をベルジは蹴飛ばしてしまった。靴の跡のできた彼は起き上がると、一回り体が大きくなったように見える。顔つきも、他二人一緒に仮面を外したかのような変わり様だ。作っているようにも、本当に笑っているようにも見える。


「ずっとずっとつけてきやがって。俺が気づいてないと思ってんのか?」


 ベルジが低い声で三人に向けてそう言った。これも「ノリ」というものなのか。友達とはこんなことをし合う仲のことをいうのか。それとも全部、嘘だったのか。意味の分からないことが立て続けに起こる。やっぱりベルジを最初に引き留めておけばこんなことにはならなかった。


 彼らの喉から出る音は、私の足を縛り付け、頭を掴んでくる。口も閉じることができず、ただ立ち尽くすだけ。


「アヴァちゃん、こっから逃げようぜ、な?」


 ひとりが腰を低くして寄ってきた。私は目だけを動かして、彼を見た。言うことを聞かない背中を軽く叩いてくる。喉を何かが塞いでくるような。逃げるという言葉の意味も、体を揺さぶってくるせいで出てこない。


「知らない?ほらこれ、ベルジってこれだぜ?」


 目だけを動かして、彼の出したスマホを見てみると、映し出されたものに思わず下唇を八重歯で噛んだ。


 間違いなくそれはベルジだった。酷く顔はしわを寄せて赤くしている。首もとくらいまでの髪の女の子を、後ろから押し倒してケガをさせている。彼女の背負っていたカバンにできた凹みは元に戻らない。顔を隠して泣き始める。その泣き声よりも目立つのは、震える画面とせせら笑う声。


 見たくないのに釘を打たれたように視線が動かない。鼓膜の内側から何かが膨らむようだった。


「アヴァだっけ、それほんとだからな、先生にも手出して骨折ってる」


 三人は顔を合わせてはニヤニヤしていた。ベルジがこっちを見ている。私の目を見ている。でも嬉しくない。そんな今にも壊れそうな顔で見られても。顎が横に動いているのが見える。歯を擦り合わせて目を細めたり大きくしたりしていた。私は別人のようなベルジの姿と、そこに立っている姿を交互に何度も見比べた。


「ち、違うんだ……違う、アヴァ!それは……!」

「何が違うの……?これベルジくんじゃないの?」


 どう見ても彼だった。はじめて会った時と同じような様子。動画の彼はもっと酷い。倒れているのに追い打ちをかけている。この場から早く離れたくなってくる。私は知らぬ間に、気づかれないように足を後ろへずらしている。信じられないほどにこの街路が長く見えた。


「おん。まだならラッキーだね」


 ベルジに蹴られた男の子が、不気味に笑いながら土埃を払って言った。ひたすら首を振るベルジ。動画に映る凶暴な男の子もベルジ。そこにあるのは嘘では無いことは分かっている。私をあの時撃とうとしたことが何よりもそれを証明している。それでも、これを見て面白がっている嫌な三人の言うことなんて鵜呑みにしたくない。溜め込んでいたものが、喉の弁を貫いた。


「なに撮ってるの……?」


 みんなの口角が下がる。八つの目がこちらを向いた。


「何って……?いや、証拠として――」

「止めてあげようよ!気持ち悪いよ……!ずっと、笑ってるじゃん……」


 彼らは横目に見合って、肩を上げ、甲高い音を鳴らした。前歯でせき止めているのは、溢れ出そうな笑い声なのだろう。注意したつもりだったし、気分の悪いことをしていると気づかせたかった。どうしてそんなに笑うのか、ずっと分からない。私のどこがそんなに面白い?


「待った待った」「え?」「ガチで知らないっぽいからさ」「ごめんほんとに知らないとか、思ってなかった」「マジマジマジマジ」「おいおい……なあアヴァすまんかったって、そんな本気になるとか、はは」「そうだよ。ああ……」


 力いっぱいに手に力を入れて私は抑えていた。拳の中だけが氷を握っているかのように冷たく、火傷に似た痛みが走る。目を瞑って落ち着こうとするが、彼らの声が邪魔をする。氷は手のひらを傷もぐれにするように暴れている。肺が干からびているのか掴まれているのか。息をよく吸えないし吐けなくなってきた。


「い、行こう、なんかダルい」「おお」「ベルジ、次会ったらお前の足跡返すからな」「あ、俺ら別にお前のこと殴ったりしねえからな。悪いのこいつだし。行こうぜ」


 彼らは膝を崩したベルジに向かって小石を蹴って振り返り、固まって笑いながら目の前から消えていった。冷たい風が髪を揺らしてくる。ただそこに俯いた彼を見ているだけの何秒かが、目が覚めたあの時くらいに膨らんでいる。


 手が痛みを思い出してきた。四本の指を丸めて手のひらを撫でると、ぬめりがザラザラを誤魔化しているのが分かった。針でつつかれるような感触も走る。腕を上げて、そのぬめりを見た。焦げたような茶色の混じった赤黒いもの。底から震え上がるような気味の悪さが襲ってくる。痒さの混じる傷を無闇に触りながら、ベルジに近づいた。

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