59話「久しぶりの休息」
数日間の療養を終えて。
俺は一人、帝国の街へ繰り出していた。
帝国はいつにも増して活気に満ちている。
半壊した街の復興は、滞りなく進んでいるらしい。
やはり魔法の存在が大きいのか、すでに直っている建物がほとんどだった。
「さて……授与式まで何してるかなぁ」
そこかしこから、俺を噂する声が聞こえてくる。
むず痒い気持ちになるが、悪い気分じゃない。
不審者より英雄扱いの方が何倍も増しだからな。
「せっかくだし、異世界文化を堪能といきたいところだけど……」
立ち止まって、ざっと辺りを見渡してみる。
魔道具店、服屋、料理店、雑貨屋に武器屋。
暇つぶしには持ってこいだな。
「ん?」
と、服屋の前に、見覚えのある人物がいた。
軍服を着た、ホワイトブロンドのショートヘア。
あの後ろ姿はおそらく──
「おーい、フラメア〜」
「なっ、ア、アメハル!?」
俺を見るなり、フラメアは驚いた顔で後ずさった。
目をキョロキョロとさせて、何故か頬を赤らめている。
「どうしてここに……」
「療養所から解放されてな。こうして出歩けるのは、流石の寛容さだよ」
軍はある程度の自由を保障してくれるそうだ。
バルドルさんは顔に似つかず、案外優しい。
「それで、こんな所で何してるんだ?」
「い、いや? 別に、何もしてねぇよ……」
腰に手をついて、フラメアはそっぽを向いた。
何もしていないということはないだろう。
一体何を見て……ほう?
「可愛らしい服だな。フリフリで」
服屋にはガラスのショーウィンドウがあった。
その中には、華やかなドレスが飾られている。
お嬢様の着るような、上品な一着だ。
「おい、そのニヤケ面を今すぐ止めろ!」
「そんな顔してますかね?」
「よしぶっ飛ばされたいんだな!? こっちに寄れ!」
支給された軍の私服の胸ぐらを掴まれた。
フラメア、よく見ると涙目になっていないか?
「いやいや、よくお似合いだと思うぞ? フラメアって性格に似合わず、結構可愛いし──」
「よ、余計なお世話だッ!」
声を荒げながら、彼女は俺を軽く突き飛ばした。
あまりに反応が良いもので、ついからかってしまう。
「あたしは軍に入ったんだ。貴族の振る舞いは昔に捨ててやった。こんな服、今更似合うわけがない」
そう言ってフラメアはふんと鼻を鳴らした。
両腕を組み、明らかに不機嫌になっている。
「似合うと思うけどな。試しに着てみたらどうだ?」
「……着ない」
「見てみたいなぁ。ちょうど俺も服が欲しかったし」
ついでにという流れで、同行を誘ってみる。
男性用の服もこの店にあるといいが。
「……………まぁ、一度だけなら着てやってもいいけど」
随分と遅い返答だったが、了承してくれたようだ。
さっそく二人で服屋に入ってみる。
店内は見た目より広く、色々な服が売られていた。
「いらっしゃいませ〜」
店の奥から綺麗な女性が出てきた。
優しく微笑んで、俺たちを歓迎してくれる。
「あら? いつもの軍人さん?」
そう言って口元に手を添え、店員さんは笑う。
「……いつもの?」
横を見てみると、フラメアが下を向いていた。
「店前のドレスをいつも見に来てくれていたの。もしかして、ついに心を決めてくれたのかしら」
おいおい、今日が初めてじゃないのか。
まさか、店員さんに顔を知られるほど通っていたとは。
「……こ、ころせ……」
フラメアは肩を震わせて、俺を睨んでくる。
多分、この辺りの人たちは見慣れた光景なんじゃないか?
そんなに恥ずかしがることでもないだろうに。
「えっと、服を買いに来たんですけど……」
「はい、ここではどんな服でも揃えておりますよ。私服から作業服、冒険用もございます。実用性からデザイン性まで、どうぞご要望ください」
「おぉ。それは助かります」
冒険用っていうのがあるのか。
思えば、ジャージや学園服しか着てこなかったな。
よし、新たな装いに身を包むとしよう。
「じゃあ、アレ着たら教えてくれ。俺は服見てるから」
「お前、前と態度が違くないか……?」
その指摘を無視して、商品の吟味を開始した。
約10分後。
俺は試着室から出て、店員さんにお披露目する。
「あらあら、よくお似合いですよ」
「そ、そうですか?」
小さく拍手を受けて、俺は自分の姿を見下ろした。
落ち着いた青を基調とした、冒険用の服装だ。
長袖長ズボンに、ベルトと革具のセット。
黒のブーツをトントンと叩き、手袋をキュッと締める。
想像通りのカッコ良さだ。
実に気分がいい。
「俺は着替えたけど、そっちはまだかかりそうか?」
隣の試着室に呼びかけてみる。
すると、箱自体が飛び跳ねたように見えた。
「も、もう着替えた。だけど、これは──」
「なんだよ、終わったなら早く見せてくれ!」
「あ! 待て、ちょっ……!」
俺は我慢できず、試着室のカーテンを開けた。
「お、おぉ!」
そこにいたのは、お嬢様だった。
淡い空色を基調とした、白いフリルのワンピース。
胸元には小さなリボンが結ばれ、ふわりと広がるスカートが歩くたびに軽やかに揺れる。
普段は軍服しか身にまとわないフラメアには、十分すぎるほど可憐な装いだった。
「…………」
「わぁ、すっごいお綺麗ですよ!」
彼女は落ち着かない様子でスカートの裾をつまんだ。
視線を泳がせ、頬がみるみる赤に染まっていく。
「に、似合ってるとか……間違っても言うなよ」
視線を外し、フラメアは小さく呟いた。
照れ隠しなのが一目瞭然である。
不覚にも、俺はその仕草に見惚れてしまっていた。
「なんというか、フラメアに会って良かったなって」
「はあ? そっちこそなんだ、その格好」
フラメアは俺を見て少し笑った。
まるで、少し小馬鹿にしたような目で。
「おい……何か文句でも?」
「フフ、いや? アメハルにしちゃあ、張り切りすぎだと思ってな」
「はいはい、どうせ俺は強そうに見えないですよ……」
素朴な日本少年で悪かったな。
ゲームのように、着ただけでステータスアップするわけじゃない。
だが見た目から入るのは、決して悪いことではないだろう。
このニュースタイルで、残り2体の魔神も攻略してやるさ。
「じゃあ、もういいだろ。早く軍服に──」
「せっかくだしこれで街歩こう。店員さん、お会計お願いします」
「は?」
店員はニコニコで頷き、店の奥へ引っ込んだ。
「あ、俺金持ってないからさ。ここはフラメアさん頼みますわ」
情けない話、未だに一文無しだ。
冒険者にでもなって、小遣いを稼ぐことも考えなきゃな。
ここはひとまず、偶然いたフラメアに貸しを作るとする。
「お、お前……あたしを相当舐めているようだな……?」
フラメアは拳を震わせて、口角をピクピクと動かしている。
「あたしは買わないぞ、こんな服!」
「自由にしてくれ。買うのは俺の服だけでいい」
「それはそれでムカつくんだよ! 人に頼む態度じゃねぇだろ!」
少し横柄すぎたか。
そこは反省しよう。
「ったく……おい、アメハル」
「ん?」
目を合わせず、フラメアは静かに俺を呼んだ。
「──似合っているか」
何を言い出すかと思えば、そんなことか。
「あぁ、超似合ってるよ」
「……フン。なら買ってやる」
フラメアは顔を背けて、店員のいる受付へ歩いて行った。
結局買うのかよ。
正直に褒めただけなんだが、フラメアってちょろい。
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