57話「目覚め」
俺は目を覚ました。
肌寒さにくしゃみをひとつ。
ぼんやりしていた意識が冴えていく。
覚えのない部屋で、硬いベッドに寝かされていた。
ここはどこだ?
気になって、顔をそっと上げると、
「あ、起きたよ?」
ティオナが俺の真横に座っていた。
彼女はキョトンとした顔で、こっちを見てくる。
「3日も待たせるなんて、随分呑気なのね」
反対側へ目を向けると、レイネがいた。
壁に寄りかかり、腕を組んで呆れ顔になっていた。
「……ここは?」
「軍の療養施設だよ。良かった~、しっかり生きてるね」
状況が読めずに、首を傾げてしまう。
まるで怪我人とするようなやり取りだ。
かけられた毛布を撫でながら、少し考えて、
「──ああッ!」
「なっ……どうしたの?」
慌ててベッドから飛び起きた。
少し引いた様子のレイネに、俺は身を乗り出す。
「制御魔道具、壊されたんだ! 大丈夫なのか!?」
今はどれくらい時間が経った?
地下はどうなった?
魔神が魔力を取り戻したことを、早く伝えなければ。
「な、なんだよ?」
二人は揃って、信じられないものを見るような顔をしていた。
「あなた、まさか覚えていないの?」
レイネは低い声色でそう聞いてくる。
覚えていないって、何をだ?
気絶していたのだから、今がどういう状況かは知らない。
それとも、寝ぼけて変なことでもしたのか?
「剣の魔神を倒したのは──あなたよ」
あまりにも突拍子のないことを言われた。
レイネは至って真剣に、俺と目を合わせてくる。
「いやだから、魔神を倒さないと帝国が……」
「君が魔神をやっつけたんだよ。さっすが救世主!」
「……は?」
ティオナは笑顔で拍手する。
パチパチと鳴り響くも、部屋はすごく静かに感じた。
誰が?
俺が?
魔神を?
「角と翼が生えてさ。別人みたいに強くて、ガラティーンを一瞬で倒しちゃったでしょ?」
「待て待て、本当に何の話?」
まったく身に覚えがない。
だが、二人は冗談を言っている風ではなかった。
「ねぇ、教えてほしいの」
レイネがベッドの傍まで歩み寄る。
真っ直ぐ俺を見据え、静かに問いかけた。
「アメハル。あなたは一体、何者?」
以前の彼女に戻っている。
初めて会ったあの日と同じ、俺を値踏みするような眼差し。
背筋をゾクリとさせられる警戒を向けてきた。
俺は何者って、当然──
「邪魔するぞ~」
突然、部屋の扉が勢いよく開かれる。
入ってきたのはフラメアとルシアンだった。
ズカズカと押し入ってきたフラメアは、俺に指を差してくる。
「って、起きてるじゃん!」
「姉上、もう少し静かにできないものか……」
元気な姉と、冷静な弟。
部屋の空気が変わり、少し騒がしくなった。
「具合はどうだ。無茶をしたと聞いたが」
「いや……それがよくわかんないんだよ。俺が魔神を倒したとかさ」
「あぁ。帝国を救ってくれて、感謝する」
ルシアンは俺に向かって、深くお辞儀をした。
どうしよう、まったく身に覚えがない。
感謝されても仕方ないんだが。
「アメハルが気絶したと思ったら、目ん玉赤くなって飛んでいくんだもんなぁ。そんな奥の手があるならベルマンの時に使っとけよ。このこの~」
フラメアはおかしそうに俺の背中を叩いてくる。
目が赤くなった? 飛んでいったってどういうこと?
「待ってくれ!」
たまらず叫んでしまった。
みなが静まり返る。
俺は深く息を吸い、観念して聞くことにした。
「何があったのか、教えてくれ」
それから俺は、地下で倒れた後の出来事を聞かされた。
俺が悪魔のような姿になったこと。
剣の魔神というガラティーンを打ち倒したこと。
帝国を救った英雄として扱われていること。
「……うん。多分それ、俺じゃないぞ」
「間違いなくあなたよ。『偽装』の契術を使っていたもの」
まるで実感がない。
その戦いの記憶が、綺麗に抜け落ちていた。
俺は異世界から来た、ただの日本人だ。
アスタフィア王国で、フェイルノートに召喚される。
そして、知らぬ間に悪魔と契約していたらしい。
悪魔になる原因は、フェイルノートか悪魔のどちらか……
「まぁ、いいんじゃない?」
眠そうに背を伸ばして、ティオナが言った。
彼女は椅子から立ち、俺の横に来る。
「英雄なのは事実だよ。僕たち誰も困ってないし、細かいことは別によくない?」
ティオナの言葉に、レイネの目つきが鋭くなった。
「信頼関係の問題よ」
「そう? 僕はかなり信用できたけどなぁ」
バチバチと、二人の視線が衝突する。
レイネの言い分はもっともだ。
俺だって、他人の立場なら警戒しないとは言えない。
「命を張って助けてくれたことが、何よりの証明でしょ?」
「彼を非難するつもりはないわ。だからこそ、ここではっきり話してもらう必要があるの」
毛布を握る力が、自然と強くなる。
四人を直視できず、下を向いてしまった。
不甲斐なさが募るばかりだ。
自分のことなのに、誰よりも理解できていない。
「お、俺は──」
「あたしは……コイツに助けられた」
フラメアがボソリと呟いた。
「アメハルのおかげで父の仇を討てた。誰がなんと言おうと、それは変わんねぇよ」
彼女はそう言うと、持っていたバケットをベッドに置く。
バケットの中には、この異世界のフルーツがあった。
「悪魔と契約しているのだろう? その悪魔との間に、何らかの事情があっても不思議ではない」
フラメアを肯定するように、ルシアンも続いた。
「契約内容を話したら死ぬ、とかな」
「……口外を禁じられている契約、ということ?」
それを聞いたレイネは、顎に手を当てて考え始めた。
記憶がないのも、契約の副作用なのか?
だとすれば、悪魔と契約したこと自体も忘れている可能性が……?
「本人が思い出すまで休ませてやるってのが大事だと、あたしは思うね」
「フラメア……」
堂々と胸を張り、フラメアは優しく笑いかけてくる。
素性がどうだろうと関係ない。
そう言ってもらえて、俺は肩の力を少し緩められた。
「姉上はアメハルを相当心配していた。壁外へ勝手に出た件もな」
「おい、余計な一言を添えるな!」
フラメアと初めて会った時か?
そういえば、喋るなって脅されたっけな。
「本当に、何も覚えていないのね?」
「あぁ……ごめん」
「いいの。思い出した時は、教えてちょうだい」
レイネは視線を伏せた。
「疑っているわけじゃないわ。ただ……信じたいから、知りたいだけ」
レイネがここまで問い詰める理由もわかる。
俺がフェイルノートに召喚された以上、警戒するのは当然だ。
「はいはい、暗い話おわり~」
ティオナがベッドへ飛び乗り、俺の肩をぐいっと抱き寄せた。
「知らないことは、これから知っていけばいいもんね~?」
「ちょ、近い!」
花のような香りが鼻孔をくすぐる。
相変わらず、この子は何を考えているのかわからない。
その時、廊下から重い足音が近づいてきた。
「おいおい、窮屈になってんな」
部屋の扉がまた開かれた。
やってきたのは、大柄でひげ面の軍服男。
「あなたは……?」
「よう。帝国軍元帥、バルドルだ」
バルドルは名乗った後、こっちへ歩いてくる。
その前に、フラメアが立ちふさがった。
「……おい元帥。まさか、アメハルに処罰を下そうってんじゃ」
「あぁ? 誰がそんなことするか。どけ、俺が来たのはな──」
雑にフラメアを退けると、彼は目を閉じる。
丁寧な所作でベッドの前に膝をついた。
「クモリ・アメハル。軍を代表して、心から感謝しよう」
声色が柔らかくなり、初見の大雑把な雰囲気が消えた。
「皇帝陛下より、令状を預かっている」
バルドルは持っていた巻物を広げ、読み上げ始めた。
異邦人 クモリ・アメハル。
そなたは黒き太陽を打ち払い、剣の魔神の脅威よりカルヴェルム帝国を救った。
比類なき武勲と、帝国民を守るため命を懸けた勇気を高く評価し、ここに深き感謝を表する。
その功績を称え、望む褒美を一つ授けることを約す。
また、本日をもってカルヴェルム帝国内における居住および往来を正式に許可し、帝国法の下でこれを保護するものとする。
この栄誉が、そなたの偉業を永く称える証となることを願う。
カルヴェルム帝国 第十五代皇帝。
「ま、マジか……」
読み上げが終わると、俺は令状を受け取った。
帝国を救った英雄。
そう呼ばれても、俺には何一つ実感がない。
剣の魔神を倒した記憶も。
悪魔と契約した記憶も。
俺自身が、何者なのかも。
令状を握り締める。
俺は、一体何者なんだ。
その答えだけは、自分の手で見つけ出さなければならない気がした。




