56.5話「決着後」
黒い太陽が消え、青空が戻った。
この怒涛の出来事に、レイネは体を動かせなかった。
悪魔がガラティーンを打ち破る。
一連の死闘を、ただ黙って見上げているだけ。
放心とも言える硬直に、レイネは苦しそうな表情を浮かべていた。
彼女は拳を強く握った後、ハッとした。
「アメハル……!」
先ほどまで悪魔の姿をしていた雨晴。
彼が気を失ったように体を傾け、真っ直ぐ地面へ落ちている。
レイネはすぐさま、軍司令館から跳躍した。
雷を身にまとって、落ちてきた雨晴をキャッチ。
雨晴をそっと抱えながら、無事地面に着地した。
「ちょっと……ねぇ、寝てないで……説明しなさい!」
助けたというより、捕まえたという方が正しい。
意識のない雨晴を揺さぶる、レイネの顔は険しかった。
青ざめたとも違う、もっと別の──
「うーん、そんなに動かさない方がいいかも?」
いつの間にか、レイネの背後にはティオナがいた。
ティオナは後ろに手を組み、雨晴を覗き込んでいる。
「ビックリだよね、あれだけの大物を倒しちゃうんだもん」
「あなた……アメハルとはどういう関係なの」
「見てわからない? 学友仲間だよ」
制服を翻して見せるティオナに対して、レイネは身構える。
帝国に来てからそれほど日は経っていない。
只者ではない女子生徒と聞いていたので、警戒を解かなかった。
「僕、アメハルのこと好きなんだよね」
「はあ?」
突拍子のない告白だった。
レイネはおもわず眉をひそめ、呆れている。
その反応が面白かったのか、ティオナは笑いをこぼした。
「目を覚ましたらお見舞いに行くから、なるべく無理させちゃダメだよ。じゃあね」
ティオナはそれだけ言い残して去っていった。
彼女を追う気力はレイネにはない。
瓦礫だらけの街の中に長く留まると、面倒なことになる。
一刻も早く、雨晴を連れて安全な場所へ行こうとした。
「待て」
だが、レイネの通路は阻まれる。
やってきたのは、軍の兵士バルドルだった。
「お前たちには重要参考人として、俺についてきてもらう」
「っ……!」
腰の短剣を抜こうしたレイネに、バルドルは両手を上げる。
敵意はないと武器を持たず、その場で足を止めた。
「心配すんな。どんなナリであれ、国を救った英雄に手荒な真似はしねぇさ」
肩を落とすバルドル。
それを見て、レイネは短剣にかけた手を緩めた。
バルドルは魔神の手先ではないと、彼の態度からそう判断した。
「皇帝陛下から命があるまで、ウチの施設で休ませてやるよ」
「……いいの?」
「ただし! 尋問はさせてもらうぞ。そいつにもな」
バルドルは頭を掻くと、ビシッと雨晴を指差した。
レイネにとっても、雨晴はもはや得体の知れない存在だった。
一体何者なのかを追求したいが、彼の正体だけは知らなけれなならない。
レイネは少し考えた後、バルドルへ答える。
「……わかったわ」
ついていくことを了承すると、バルドルは頷いた。
レイネは雨晴の肩を組んで支えて、バルドルの後ろを歩き始めた。
段々と、周囲にざわめきが広がっていく。
国民や兵士たちが、ようやく避難先から姿を現した。
恐る恐る空を見上げ、壊れた街を見渡し、生き残ったことを確かめるように息をつく。
半壊した建物、瓦礫に埋もれた街路、負傷者を運ぶ人々。
脅威は去っても、残された爪痕はあまりにも大きい。
生き延びたことを喜ぶ声と、失ったものを嘆く声が、帝都のあちこちで交錯していた。
「ったく、とんだ災難だったぜ。レオンの野郎……説明もなく死にやがって」
どこか遠くを見つめながら、バルドルは呟いた。
軍の指導者が二人も消えた今、統制はままならない。
復興するまでどれだけの労力を要するのか。
レイネには想像できず、暗い顔で下を向くばかりだった。
「──いた! アメハルッ!」
と、誰かがレイネたちの方へ走って来る。
息を切らしてやってきたのは、ホワイトブロンドの少女、フラメアだ。
「勝手にどこか飛んでいきやがって! どれだけ探したと……」
フラメアの声が小さくなる。
目を閉じている雨晴を見つけ、彼女の口は半開きになった。
「おい……まさか死ん──」
「生きてるわ。ルシアンのお姉さんだったかしら」
レイネはため息を吐く。
立ち尽くすフラメアの前に歩いて、目線を合わした。
「ルシアンに伝えておいて。屋敷を貸してくれてありがとう」
「は? それはどういう……」
端的に感謝を述べて、レイネはフラメアの横を通り過ぎた。
魔力切れが近い。
黒い太陽によるダメージもある。
彼女はすでに満身創痍ながらも、平静を装っていた。
「絶対、話してもらうわよ──あなたのこと」
あえて雨晴を見ずに、レイネは話しかける。
返答はない。呼吸する音が聞こえるだけだ。
抵抗なく足を引きずられ、雨晴は眠ったまま連れていかれた。
こうして、帝国を揺るがした剣の魔神との闘いは幕を閉じた。




