56話「悪魔VS剣の魔神 3」
悪魔の指摘に、ガラティーンは動きを止める。
いつでも振り下ろせた剣を、掲げたまま静止させていた。
顎へ手を当てる悪魔を、無言のまま凝視した。
「ガラティーン……確か元は、太陽の聖剣を冠する名前だったな」
噴水から出た悪魔は、気だるげに偽物の魔剣を捨てた。
ボロついた制服の上着を脱ぎ、ネクタイを乱暴に外す。
白いシャツの格好になった悪魔は、再び空を見上げた。
「魂を肉体から切り離し、他の器へ移す秘術。そうか、神器を選んだか」
「……」
「なるほど、魔王クローツェルの野心は本物らしい」
感心した様子で、悪魔は頷きを繰り返していた。
魔王の魂が神器へ転写された存在。
聖なる神器から転じた悪性──それが魔神。
「魔王だった頃など知らん。我らは我ら、人類を滅ぼすだけだ」
否定することはせず、ガラティーンは鼻を鳴らした。
黒い太陽が、昇っていく。
昏い赤空の中心で鼓動し、光はより強くなっていた。
「そう。同情も、興味もない」
黒い角を一度なぞった後、低い声で言い放った。
悪魔は動じていない。
嗤うこともなく、落ち着き払っている。
「よりにもよって私を喚び、裏切った。その代価は、まだ清算されていない」
魔力が激流となって渦巻く。
翼をなびかせ、悪魔は一歩踏み込んだ。
「契約を軽んじる愚かさを──今教えよう」
軽く膝を曲げ、跳躍する。
爆発的な衝撃。噴水の瓦礫を一掃し、辺りが整地される。
風の抵抗をもろともせず、悪魔はガラティーンへ接近した。
「笑止!」
ガラティーンが剣で迎え撃つ。
悪魔は勢いを止めない。
魔力で包まれた拳を構え、振り下ろされた剣を直接受け止めた。
「貴様──」
悪魔の掌から血が流れ落ちる。
それだけで留まったという事実に、ガラティーンは僅かに硬直した。
「悪いが、粗目にゆくぞ」
悪魔は空いていた右手で、ガラティーンを殴り飛ばした。
ガラティーンに防御されるも、攻撃を途切れさせない。
接近を繰り返し、ひたすらガラティーンを後方へ追いやった。
「この、魔力の重み……! 一体どれだけの──」
拳打、張り手、飛び蹴り、膝蹴り。
正拳突きに上突き、回し蹴り。
悪魔の格闘すべてが、大気を揺るがす一撃だった。
それらを、ガラティーンは剣技にて対応してくる。
美しいとすら思わせる、流水のような剣だ。
隙を見せることなく、一切の迷いがなかった。
「ククッ、フフ……フハハハハハハ!」
悪魔の拳とガラティーンの剣。
互いにぶつかり合えば、傷つくのは悪魔の方だけだ。
だが、引かない。止まらない。
守りを捨てた、驚異の攻め。
たとえ体が斬り裂かれようと、悪魔は嗤い続けた。
「ほら、お前の最後が近いぞ。準備はできているか?」
黒い太陽の真下に来たところで、悪魔は動きを変える。
攻撃を中断した。脇を引き締め、片手を振りかぶる。
ガラティーンを前にして、胴体をがら空きにするという体勢。
「何をしようと無駄だ、貴様に我を殺すことはできん!」
明らかな挙動の変化に、ガラティーンは警戒した。
悪魔が何かを実行するよりも先に、必殺の斬撃を浴びせる。
よろめく悪魔を見て、ガラティーンが嘲笑った時。
「……ハハ!」
自分が斬られたことを意に介さず。
悪魔は手で握った血液を、水滴として飛び散らせた。
そして、一言。
「偽装、家」
発された短い命令は、速やかに実行される。
ガラティーンの懐に入った、無数の血しぶき。
それらは形を得て、一気に膨れ上がった。
「ぐ、なんだと……っ!?」
文字通り、家が出現した。
日本の一軒家や、アスタフィア王国とカルヴェルム帝国の民家。
雨晴が記憶していた住宅たちが、連鎖的に積み重なっていく。
圧倒的な物量に、ガラティーンは不意を突かれた。
次々と出現する家が、彼を上へ押し上げる。
ダメージはない。流れにも逆らえない。
「──現存する悪魔の数を、数えたことはあるか?」
黒い太陽の目前まで押し上げられたガラティーンへ、悪魔は問う。
聞こえているかも定かではない。
聞かせるためではなく、自らの力を誇示するためだけの独白。
「魔力の一割が……この手の中に」
積まれた家を眺め、悪魔は紫の光を手に集めた。
背中の翼を広げ、傷口から血を垂らしながら上昇していく。
徐々に落下する家々を躱しながら、魔力を一点へ集中させる。
「……見事だ。感服すらした。見下すことすら愚かしい」
ガラティーンは、飛んでくる悪魔を遠目から賞賛した。
自分を押し上げる家の屋根に、剣を突き立てる。
黒い炎を巻き起こし、爆散させた。
「故に、もうよい」
崩れ去る住宅。その上でガラティーンが浮かぶ。
黒い太陽を背に、落ち着いた声色で言い放った。
「これは戦いではなく、災厄の訪れなのだから」
「……っ! 来るか!」
ガラティーンが黒い太陽へ近づいていく。
掲げた剣先が、太陽の炎と接触した。
すると、それまであった黒い太陽が剣に吸収された。
「──ソル・カタストロフ」
人々は見上げた。
肌を灼く感覚が消え、太陽の消失を確かめた。
代わりに、身の毛がよだつような震えが襲う。
赤空に輝く、漆黒の刃。
太陽を取り込んだ剣は、真に完成した。
性質を反転させた終末剣、『ガラティーン』へと。
「この地に刻むとしよう。人類の滅亡、その一歩目を!」
ガラティーンが終末剣を振るおうとする。
赤みを帯びた金髪が逆立ち、鎧は爛々と燃え盛る。
帝国は甚大な被害では済まされない。
太陽のエネルギーを解き放てば、生命は焼き払われる。
だが人類は、固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
「……これはこれは、ありがとう」
人外である彼を除いて。
「童に神聖力がなくとも、効くことは実証済みだ」
悪魔は嗤う。
ガラティーンの行動に、喜んでいた。
「偽装、叢雲。魔天モード」
手に滲んだ血液を、ボロついた刀へ変化させる。
刀の鞘をすばやく抜き捨て、ゆっくりと構えた。
「!? そのような、醜い棒切れで……っ!」
ガラティーンは終末剣を振り下ろした。
帝国全土を両断せんとする、巨大な黒炎の斬撃が飛ぶ。
逃げることのできない、まさに災厄だ。
だが、悪魔は問答無用で突き進む。
斬撃に向かって、自分から衝突した。
「──本当に、良い契約をしたよ」
災厄の斬撃が消失する。
悪魔の持つ刀に丸ごと吸収された。
斬撃のあった場所には紫の霧が漂っている。
その霧は、元の形へ瞬時に修復した。
「貴──」
悪魔は極光まばゆい妖刀を握る。
引き絞る刃に迷いはない。
間髪入れず振り上げた。
『魔天の叢雲』
音が消えた。
風が歪み、一閃が走る。
激しい光の奔流が、ガラティーンを飲み込んだ。
星の煌めきのように打ち上がり、爆ぜる。
赤空をも裂いて、澄み渡る青空を切り拓いた。
暗雲が引いていく。
現れたのは──本物の太陽。
暖かな陽光が帝国に差す。
灼熱の災厄は、影さえ残さず姿を消した。
「……想定より早く終わったな」
悪魔は嗤うことなく佇んだ。
手元を見下ろし、乾いた血を眺める。
ゲームが生んだ虚構の一振り。
されど妖刀は、神造の終末剣を凌駕した。
「手本は見せた。せいぜい感覚を忘れないことだ、見習い」
悪魔は目を閉じた。
すると、頭から角が消える。
続くように翼もなくなり、瞳は黒く染まった。
悪魔の意識は静かに遠のく。
帝国を救った英雄は、力無く地上へ落ちていった。
帝国での戦いは、これにて決着です




