52話「剣の魔神」
軍事司令館の屋上にて。
太陽が天頂に達した頃。
「──つまらん。実にくだらない」
赤みを帯びた金髪を、無造作にかき上げる男がいた。
名をガラティーン。
漆黒の鎧を身にまとう、禍々しい騎士の風貌だ。
「き、貴様ァ……! 絶対、許さな──」
「そうか」
かろうじて息のあった帝国兵に、彼は容赦なく手刀を突き立てた。
「これが帝国屈指の精鋭部隊か。ハッ、聞いて呆れる」
手刀を抜き、その指に血が滴る。
帝国兵は怨みを抱いたまま動かなくなった。
「内から崩せばあまりに脆い。鉄壁など、恐るるに足らんな」
屋上には帝国兵の死体が転がっている。
折り重なり、血で床を赤く染めている。
一瞥しただけで、すぐに興味を失った。
「さて、ルドは死んだか。それなりの者もいるらしい」
自らが先日取り入れた眷属──ルド。
彼の気配はすでに消え失せた。
それを鼻で笑い飛ばし、たった一言で済ませる。
「愚かしくも、ただ傍観するだけの皇帝よ」
帝国の中央に目を向け、睨んだ。
視線の先には、カルヴェルム皇帝のいる城。
目障りだと言わんばかりに、鋭く眼光を光らせる。
「王室直属の兵士とやらを疾く出すがいい。暇つぶしの余興にはなるだろうよ」
ガラティーンは待っていた。
制御魔道具が破壊される、その刻を。
「……ほう?」
だが、その刻はまだ訪れない。
その来訪者は、屋上の入り口に現れた。
「やっと、見つけたわ。貴方が魔神ね……!」
赤髪を揺らす女だ。
両腰には短剣。
黒いローブを翻し、ガラティーンを睨んでいる。
たった1人で、この戦場に足を踏み入れるとは。
「恐れず来たことは褒めてやる。だが、身の程を知るがいい」
勇気ではない。蛮勇だ。
あの勇者と比べるに値しない。
彼女が反応する暇もなく、一息で殺せてしまう。
「我はガラティーン。剣の魔神、太陽を呼ぶ者」
女の肩が強張る。
呼吸が一瞬止まり、臨戦態勢に入った。
「幾度となく無粋な真似をしてくれたのは貴様か?」
「……っ!」
「フン、この程度で臆するのなら、貴様に用はない」
ガラティーンは建物の端に座った。
目の前の女を警戒することはなかった。
「貴方は、どうしてこんなことを?」
女は2本の短剣を引き抜いた。
戸惑いながらも、退くという選択肢はないらしい。
「剣を使う人間という種を──皆殺しにするためだ」
特に隠す必要はなく、目的を明かした。
それを聞いて、女の持つ短剣の刃先が静止する。
「剣士を、皆殺しにする……?」
「軽率に剣を取る醜悪さは、もはや見過ごせるものか。凡作ばかりを生み出し、剣の価値を貶める人間ども。それをこの世から葬り去る」
ガラティーンは人間たちを蔑む。
兵士の死体を踏みつけ、天に手を伸ばした。
「剣士は我の他に必要ない。我こそが、唯一無二を冠する剣にふさわしい」
「……だから人を殺すと?」
「そうだ、帝国はその最初の礎。二度と剣士が生まれぬよう、例外なく殺すのだ」
頂にある太陽を握り潰すかのように、強く指を閉じた。
ひと通り嘲笑うと、女の方へ向き直る。
「今まで納得いかないことばかりだったけれど、くだらない」
女は短剣を構えた。
臆する姿勢を改め、静かに憤る。
「それで人を殺していい理由にはならない。貴方は私が止めてみせる」
片方の短剣を、ガラティーンへ突き付けた。
「私の名はレイネ。無念を受け継いだ勇者の末裔。200年前の勇者に代わって、罪深き貴方を滅ぼしにきた!」
「勇者の──末裔だと?」
ガラティーンは目を凝らす。
レイネと名乗った女の本質を覗き見る。
途端、笑いが込み上げてきた。
「ク……クハハハハハ! 笑わせてくれる、くだらないのは貴様の方だ! 紛い物の分際で、よくも吠えた!」
「何を──!」
「貴様如きにくれてやる魔力なぞ……?」
ガラティーンの体が硬直した。
直前まで笑っていたはずが、一瞬にして口角は下がる。
「来たか」
彼の待ち侘びていた、刻がやってきた。
「──オオ、オオオオオオッ!」
制御魔道具の破壊を、すぐさま察知した。
漲る魔力の流れに、ガラティーンは両手を広げる。
「刻は来た! よくぞやり遂げたベルマン。我が魔力を縛る楔は今、解き放たれたッ!」
もはやベルマンの死は眼中にない。
自らの魔力は自由となった。
生身のみで戦う暇つぶしは、終わった。
「──殺すッ!」
レイネは異変に気づき、駆け出していた。
赤雷を放出しながら、短剣をガラティーンに振りかざす。
だが、当たる寸前でその攻撃は防がれた。
「邪魔はさせん」
「なっ、邪魔……!」
レイネは後ろへ弾かれる。
現れたのは、クロイツ総司令官。
主人を守るように、レイネの前へ立ちはだかった。
「悪鬼羅刹よ、神聖なき灼熱の歓喜に狂うがいい。今こそ、血染めの都を捧げよう」
ガラティーンを中心として、大気が張り詰めていく。
外壁に集まる魔物たちは、一斉に遠吠えをあげた。
帝国中から、大量の赤い液体が立ち上る。
青空は染まっていく。
夕焼けとは程遠い、昏い赤が広がっていった。
「ここに昇れ、黒き天輪!」
ガラティーンの頭上に、液体が集まった。
丸みを帯び、形を変えていく。
それは太陽に重なり、新たに暗黒の光を地上にもたらした。
「──フェイスレス・ネガ・ソル」
黒き太陽は呼ばれた。
光を受け、ガラティーンの全身が燃え盛る。
亜空間から、剣を取り出した。
太陽を模した柄のある、禍々しい剣だ。
「さぁ、蛮勇なる者──両腕を差し出すがいい」
先ほどとは比べ物にならない、魔力の圧。
荒々しい殺気を放ちながら、剣先を引きずっている。
黒き太陽を背負い、剣の魔神は歩き出した。




