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偽装された異世界召喚  作者: 石畑サン輔
第二章 炎と剣
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53話「悪魔は嗤う」


 レイネは苦悶の表情を浮かべていた。

 頬に汗を流し、変貌した男から目を離さない。


「……まずいわね」


 肌を指す魔力の圧に、呼吸が速くなる。


 あの不気味な太陽が現れたせいだ。

 そのせいで、この魔神に勝つ未来が見えない。

 先ほどの魔神とは、まるで別物だった。


「逃げてもいいぞ、無駄だがな」


 ガラティーンは歩いてくる。

 得体の知れない剣を引きずって、ゆっくりと。


 抑えられていた魔力は戻ってきた。

 それでも、体力が万全ではない。

 変貌する前なら、勝てる算段はあったのに。


 今は、どうすればこの窮地を脱せるか──

 

「お待ちください」


「なんだ、クロイツ総司令官」


 踏み出す足に迷っていた時。

 ガラティーンの歩みが止まる。

 

 クロイツと呼ばれた男は、ガラティーンの傍らに駆け寄った。


「こんな小娘に構わず、カルヴェルム城へ向かうべきかと。ここは私が処理しておきますので──」


「そうか」


 クロイツは一歩前に出ると、レイネを鋭く睨みつけた。

 

 チャンスかもしれない。

 今の魔神を相手にするよりかは、まだ勝機がある。

 

 その内に、打開策を──

 

「え?」


 思わず声が漏れた。


 ガラティーンが、クロイツの胸に剣を突き立てていたからだ。


「我に指図するとはな」


 ひどく不機嫌な顔で、剣を引き抜く。


「それとも、レオンとして扱っていた癖が抜けていなかったとでも?」


「ガ、ガラ……」


 クロイツはその場で崩れ落ちた。

 屋上に、また赤い血が流れていく。


「貴方、どうして仲間を……!」

 

「仲間? 此奴は眷属ですらない。帝国を内から崩すために利用した駒に過ぎん」


 冷徹な眼差しを、クロイツへ向けるガラティーン。


「先代の剣士斬りといい、滑稽だな。真の強者を前にした時、奴らは平気で己が故郷を差し出すのだから」


 彼は利用した相手を、とことん見下していた。

 尊厳を踏みにじり、命を無差別に奪う。


 自分の兄と同じように繰り返すのだと。

 レイネは奥歯を噛み締めて、唇を震わす。


「ふ、ふざけないで……!」


「言ったであろう、例外はないと。誰一人、生かしておく気はない」


 もはや怒りは抑えられないと、赤雷は迸る。

 短剣を強く握り、足を踏み出そうとした。


 その時、彼女の瞳孔が見開かれた。


「かはっ──!?」


 体の動きが突然硬直してしまう。

 地面に両膝をつくと、激しく咳き込み始めた。


「常人に我が太陽は直視できん。帝国にいる人間のほとんどは、灼かれる苦しみで意識を手放しているだろうよ」


 ガラティーンは背後の太陽を振り返った。


 人体に何らかの作用を引き起こしているらしい。

 人間にとって害で、魔神には強化を施す。

 レイネの顔色は、段々と青ざめていく。


「紛い物なりに耐性があるようだな。では、殺す前に聞いておくとしよう」


 ガラティーンは、四つん這いになった彼女の前まで来た。

 いたって平然のような顔をして、見下ろす。


「なぜ我にそこまでの恨みを抱く。肉親でも殺されたか?」


 突拍子のない問いに、レイネは目を見開いた。


 短剣を支えにして、片膝を立てる。

 顔をあげた時、彼女の瞳には消えない憎悪が渦巻いていた。


「私の兄を殺した──その報いは必ず受けさせる!」


「だろうな。そんなところだろうと思っていた」


 予見していたと、ガラティーンは口元を歪めた。


「復讐を望む時点で勇者ではない。所詮は真似事、貴様に我は殺せん」


 レイネは苦悶の声を漏らす。

 ただ、ガラティーンからは目を離さない。


「両腕は止めだ──貴様の首を落としてやろう」


 剣が振り上げられ、容赦なく斬り伏せられる。


 覚悟して身構えた、その時。


 ガラティーンの振り上げた右肩が、撃ち抜かれた。

 剣の軌道は逸らされ、あらぬ方向へ斬撃が飛ぶ。


 水を圧縮した玉が、高速でどこからか──


「……小賢しい。余計な足掻きを」


 レイネは勢いよく振り返った。


 そこには、青髪の少女がいた。

 屋上入り口の上に立ち、右手を突き出している。

 ガラティーンを撃ち抜いたのは、彼女?


「……!」


 レイネは即座にガラティーンへ視線を戻す。

 地面を蹴り砕き、一気に間合いを詰めた。


 決死の特攻に声は出ない。

 短剣は半円を描き、赤雷が後に続く。

 大雑把でも、高スピードの薙ぎ払い。


 つんざくような雷音が鳴り響いた。


「ふん、効かんな」


 雷撃は直撃した。

 だが浅い。致命傷には遠く及ばない。

 ガラティーンは後退しただけだった。


「詰めが甘いぜ──レオンッ!」


 その時、建物の外から声が聞こえた。

 巻き起こる風に乗って現れたのは、軍服の中年男。


 レオンと叫び、ガラティーンに斬りかかった。


「バルドル元帥。なぜ生きている」


 剣がぶつかり、鍔迫り合う。

 バルドルと呼ばれた男は、獰猛に笑った。


「あの程度でくたばるか、それで元帥務まるかっての」


「……回復魔法か。貫かれてなお意識を取り戻すとは、確かに侮っていたぞ」


 強く斬り返され、バルドルは押し除けられる。

 レイネの側まで退き、剣を構え直した。


「テメェら誰だか知らんが共闘してくれ。軍司令官の不法侵入は不問にしてやる」


「うーん、僕は別に……」


 青髪の少女も、レイネの横へ降りてきた。


「あなた、確かアメハルが言っていた……」


「ティオナだよ。お礼は後でたっぷりしてもらおうかな」


「……えぇ。助かったわ、ありがとう」


 素直に感謝すると、ティオナは両肩をすくめた。

 詮索は後回しにする。

 今は味方が増えたことを喜ぶべきだろう。


「でも、どうしよっか。このままじゃジリ貧だよね?」


「帝聖隊も来ねえ。クソ、陛下は何考えてんだ……!」


 ティオナの言う通り、状況は大して変わっていない。


 レイネの赤雷は魔を滅ぼす力がある。

 それを受けて、ガラティーンはもろともしなかった。


 黒い太陽は常に人間を照らし、灼いている。

 このままでは、全員の身は持たない。


「……あれを使えれば。私に、『エクスカリバー』を出すことができれば……!」


 もはや手は残されていないだろう。

 であれば、最後の可能性に賭けるしかない。


「……エクスカリバーだと?」


 その名を聞いて、ガラティーンは目を細めた。

 

 ──エクスカリバー。

 

 勇者が使っていたとされる聖剣。

 勇者の血統、もしくは神に認められた者のみが扱えるとされる武器の名称だ。


 問題は、自分はまだ一度も聖剣を呼び出せていない。

 それでも、やるしかない。


 レイネは短剣から手を離す。

 その右手を、胸の前へ掲げた。


「来て……!」


 魔力を練り、勇者の血を巡らせる。

 思い浮かべるのは、兄が振るっていた聖剣の姿。


「……っ!」


 ──だが、何も起きない。


 もう一度魔力を注ぐが、聖剣は応えなかった。


「やっぱり、私にはできないの……?」


 焦りが募るだけだった。

 震える指先と、乱れる呼吸。


「お願いだから……エクスカリバー……!」

 

 魔神を前にしても。

 覚悟を決めたとしても。


 沈黙が返ってくるだけだった。


「──茶番は終わりだな」


 ガラティーンは宙へ浮かび上がった。


 同時に、黒い太陽が脈打ち始める。


 魔力は膨れ上がり、大気が揺れ動く。

 

「剣を握れる人間が、こうもワラワラと。虫唾が走る」


「おい、まずいぞこりゃあ……!」


 ガラティーンは剣を振り上げた。

 太陽から黒い炎が流れ出て、剣先は燃え盛る。


「大掃討の時間だ。この地を焦土にしてくれる」


 膨大な魔力が渦を巻く。

 剣を振り下ろされれば、何もかもが焼き払われる。

 全員が、このどうしようもない状況に身構えた。


 レイネの額に汗が垂れる。

 もう間に合わない。


 誰も動けない。

 誰も止められない。

 

 その瞬間だった。

 

「──フフ、フハハハハハハハハハ!」


 突然、空から場違いな高笑いが聞こえてきた。


 誰もが反応するよりも、速く。

 

 黒い影は飛来し、ガラティーンの顔面を鷲掴みにした。


「な──」


 ガラティーンの姿が消えた。


 衝撃波が遅れて炸裂する。


 帝国中央広場が爆ぜた。


 石畳が砕け散り、建物が何棟も吹き飛ぶ。


 魔神の身体は、地面を抉りながら叩き落とされていた。


「──フ、フフ」


 黒い影は翼を広げる。


「200年前の借りを、取り立てに来てやったぞ」


 黒い髪。


 捻れた2本の角。


 背に生えた漆黒の翼。


 学園の制服を着た、愉悦に笑う赤い瞳。


「………………アメハル?」


 レイネは信じられないものを見るように呟く。


 そこにいたのは──クモリ・アメハルだった。



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