51話「契約に従い──」
もう無理だ。これ以上動けない。
俺は背中から倒れ、改めて呼吸を繰り返した。
ベルマンは死んだ。
頭にトドメを刺した以上、俺たちの勝ちだろう。
「かはっ、こほっ……ま、マジで死ぬ……」
自分のしぶとさに段々と呆れてきた。
生身で戦って生きていることが信じられない。
悪運だけが強くなってきたのか?
だが、制御魔道具は守った。
魔神の企みを防いだと言っていいだろう。
「……さっさと立て。まだ問題が残ってる」
「いや、いやいや。そう言われても」
フラメアだって怪我をしているだろうに。
小一時間の休憩も贅沢なのか?
1週間の休日でも足りないくらいだぞ。
実際、問題は山積みになっている。
ガラティーンとかいう魔神が帝国にいるはずだ。
制御魔道具は死守したものの、地上はどうなっているのかわからな──
「──そうさ。まだ終わっていない」
ありえない。
今のは幻聴だ。
でなければ、この期に及んで生きているわけが……!
「ハ、ハハ──ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
発狂が聞こえてくる。
首だけしか動かせない今、耳を傾けるしかない。
「どういうことだ……確かに殺したぞ!」
俺を見下ろしていたフラメアは、腰を据えていた。
心底驚いたような顔で前方を警戒している。
「知恵地喚、土牙ッ!」
鋭い声が木霊した。
爆発的な風圧と、熱を帯びた衝撃。
身動きが取れない中、それらを肌で感じ取る。
何かの魔法を使った?
まずい、避けられない──
「この身が……朽ち果てようと、全ては、貴方様の……ため……に……」
状況を把握できないぞ。
何が起きた? 何をされた?
バタンと倒れた音は、誰のものだ?
「──最悪だ。扉を、破られた……!」
フラメアの震える声が聞こえる。
「最終手段を用意してやがった。外付けの魔力使って、無理やりこじ開けるなんて……!」
どういうことか説明してほしい。
扉を破られた?
あれだけ必死に守った扉を、一瞬で?
「お、おい……どうなって……」
「ベルマンは死んだ。制御魔道具も、死んだ!」
「はあ?」
呆気ない結末を、信じられなかった。
俺は暗い天井しか見られない。
だから、ベルマンがあの鉄扉を破ったという話も、自分の目で確かめるまで信じたくない。
それに、制御魔道具が死んだとも言ったのか?
「信じない……信じないぞ……」
「寝るな、起きろ! 今すぐにここを出る」
彼女の声が、遠くなってきた。
まぶたの閉じる力が強くなっている。
眠くないのに、寝なければならないと体が叫ぶ。
──寒い。
凍えるような悪寒が芯から広がっていた。
恐怖はないが、安心もない。
やり切ったと思えば、途端に不幸が舞い降りたショックか。
「早くしないと帝国が──!」
立ち上がる気力すら湧かない。
もう、帝国のことはどうでもいいとすら……。
血が流れすぎたんだ。
魔力も限界まで使った気がするし、体力はもちろん残っていない。
「……死……」
俺にはわかる。
本物の『死』が迫っていることを。
可能な限り手は打った。
戦った結果がこの始末なら、潔く逃げればよかった。
『──死すら欺くのが、ワタシの仕事なのサ」
唐突に、知らないはずの声を聞いた。
──思い出した。
この瞬間、記憶は復活するということを。
心臓が勢いよく跳ね、生命活動を再開させる。
視界が消え、音が消え、心が沈んでいく。
なぜ忘れていたのか?
そういう契約をしたからだ。あぁ、そうか。
この世界に来たのは、アイツに呼ばれたからだ。
俺は悪魔と契約した。
嫌でもあの顔が浮かぶ。
金髪で、生意気で、常に薄ら笑いで。
傲慢な態度のくせして、俺に頼み事をしてきた。
──アスタフィア王国で死ななかったのはなぜか。
──あるはずのない魔力があるのはなぜか。
──魔力が尽きないのはなぜか。
──ただのゲーマーが選ばれたのはなぜか。
──魔神を殺さなければならないのは、なぜか。
死にかけることで、あの時の記憶を取り戻せる。
変な誓約と、偽装という契術は引き換えなんだ。
命懸けで戦場に出向くのも。
フェイルノートから逃げることだって。
この場で意識が堕ちることさえ。
「なんだよ……全部お前らの都合じゃないか──」
あぁ、面倒くさい。
コイツらの経緯を知っているから、なおさら。
ここから生き返って、約30分だったか。
俺の体の自由はアイツに委ねられる。
その後に俺が死んでいようと、契約に従って不問となるのが理不尽極まりない。
生きるか死ぬかは彼女の選択しだいだ。
本来は死んでいる身だったとしても、知らぬ間に二度と目覚めないというのは勘弁してほしいな。
ともかく、今は疲れた。
どれだけ酷使する気かは知らないが、ほどほどな行動を心がけてほしいと願う。
「──! ──!?」
フラメアが何かを叫んでいる。
青ざめた顔で、こっちを心配してくれているみたいだ。
取り戻した記憶は、また消えるらしい。
次に目覚めた時、俺はベルマンとの戦い後の記憶しか残っていないと言う。
いわゆる、『オートバトル』というやつだ。
彼女の目的は、魔神を殺すこと。
厄介ごとを潰してくれるなら、それはそれで助かるよ。
「──さて、ゆくか」
俺の意識は堕ちた。
この悪魔が、全てを片付けてくれることを願って。




