50話「火葬方陣」
偽装した本人と並び立つのは、これが初めてのことだ。
瓜二つの人物が横にいる。なんとも不思議でならない。
これまでの痛みが引いていくような、奇妙な安心感があった。
「……どちらかが、あの少年ということか」
張り付けたような笑みを崩さないベルマン。
だが、炎剣によるダメージは確実にある。
その証拠に、奴の剣を持つ姿勢がお粗末だ。
きっと痩せ我慢だろう。
心のどこかでイラついているはず。
「さて、どっちが本物でしょう」
俺も負けじと、余裕があるフリを続行した。
偽装は他人の発言によっても左右される能力。
今この瞬間でさえ、解除させられる可能性は捨てられない。
「順当に言えば、剣を持っている方が──」
その先を言わせてたまるか。
俺とフラメアは、お互いを交差しながら走る。
どっちが本物かという話はもういいんだ。
奴に言い当てられる暇を与えないよう、なるべく焦点が合わさせない──
「知恵土喚、地裂連牙」
地面が盛り上がり、土の槍は波となって迫る。
大雑把だが、俺たち両方を消し去るつもりだな。
察するに、あっちも必死になってきたということ。
俺は立ち止まり、自分の剣を地面に置く。
同時に、フラメアの手を引いた。
「偽装、馬車!」
言い放つと、予告通り馬車は現れた。
偽装の重ねがけは可能……!
馬はなく、荷台だけのハリボテ。
俺たちは出来上がった安全地帯に乗る。
中身はなくとも、土槍の波を一度回避するには、十分。
「チャンスはもうない。決めてこい!」
フラメアは激励すると、馬車から飛び降りた。
もはや、魔力の温存は必要ない。
覚悟を決めろ。
あの男を──仕留める!
その一心で、土槍によって壊れていく馬車から飛んだ。
大して速くもない足は、再びベルマンの方へ駆け出していた。
「……偽装、大布ッ!」
奴との距離は目前。
俺は惜しまず叫んだ。
連想するのは──巨大で、薄く、軽い布。
スマホから剣に、剣は赤い布へ。
俺とベルマンの両方を、容易に覆い隠せるほどの布だ。
それをすぐさま広げ、奴の視界を遮らせる。
「どんな真似をしようと、全て無駄に終わるというものさ!」
奴はなりふり構わず、持っていた剣で布を切り裂いた。
容赦のない一閃が、どこから来るのか把握しきれない。
あるのは防衛本能。
俺は勘で頭を下げ、姿勢を低くする。
「……ッ!」
──奴の剣は、俺の肩を貫いていた。
なんて速さだ。
認識すらできないまま、攻撃されるとは。
吐くほど痛い。
視界が霞む。
偽物の軍服に、赤色が滲み出てきた。
短期間で、連続的に味わう『死』の気配。
──動け。
死ぬよりはマシだ。
前を見据え、ベルマンを睨む。
「な……」
寸前で意識を取り戻した俺を、奴は心底驚いたようだった。
自分はこの中で、圧倒的格下。
だからこそ、意表を突く必要がある。
目の前切り裂かれた布に、手をかざした。
「偽装──柱ァ!」
できるかどうか。
それを検討する暇もなく、柱は現れた。
偽装したのは、地下の支柱。
布から転じた柱は、タケノコのように高く伸びる。
直線上にいたベルマンを、天井へと強く押し上げた。
「今だ、フラメ──」
呼びかけようとした時、すでに炎剣は向かっていた。
「地獄で、父上に詫びろ」
彼女は指揮者のように、指先を閉じる。
四方から無数に発射された炎剣たち。
ベルマンのいる一点のみを、集中的に爆撃した。
パラパラと落ちる地下の天井。
偽装した柱は形を保てず、崩れていく。
──決まった。
これで生きていようものなら、奴は人間じゃない。
「っあァ! はぁ……はぁ……」
思わず、尻餅をついて倒れた。
後から遅れて、忘れていた呼吸を思い出す。
心拍数が数倍に跳ね上がったかのようで、苦しい。
無我夢中で、呼吸を繰り返していると。
──前から歩いてくる、人影があった。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
待ってくれ。冗談だろ?
「──君が言うまでもなく、偽物だね?」
フラメアの偽装を破られた。
俺はたちまち、元の制服姿へ戻される。
ベルマンは生きていた。
ボロボロの教員服と、無数の刺し傷と火傷痕。
見るに堪えないが、生きている。
魔法で守ったのか?
だが、そんな素振りは一度も、
「はぁ……はぁ……がっ!?」
「アメハル!」
近づかれた──気づいた時には遅かった。
首を握られ、潰される。
凄まじい握力で、体ごと宙へ持ち上げられた。
つま先が届かない。
呼吸が、できない。
奴の顔を見ると、そこに張り付けた笑顔はなかった。
「稚拙な作戦だったが、悪くなかった。こんなにも多彩な契術は見たことがない」
その瞳の奥には、ベルマンの本音が現れていた。
徹底的に見下し嘲る。
優しさなんて微塵もない。
俺を殺そうとする、冷たい邪悪だった。
「ベルマン……どうして死んでない──!」
「ガラティーン様がくださった、外付けの魔力さ。魔法は使えないが、こうして身体強化に回せる」
ベルマンはフラメアを一瞥し、すぐに視線を戻した。
外付けの、魔力?
自分のとは別の、予備タンクみたいなもの?
そんなのズルじゃないか。反則だ。
彼女の動きも当然鈍る。
魔力を使えるとなれば、余力があるということ。
また攻撃は耐えられ、避けられるに違いない。
「ここまで披露したんだ……もう、十分だろう?」
首を締め付けが増してきた。
偽装を看破され、足も地に着かない。
次は──どうする?
フラメアの偽装時に負った傷は消えた。
だが、それ以前の怪我は治癒していないんだ。
おまけに、今看破された分のペナルティもやってくるだろう。
ひょっとして、詰んだのか?
もう挽回できる可能性を見出せない。
薄れていく意識の中、戦いの終わりを悟り、
「……往生際が悪いな」
首を掴む奴の腕を、逆に掴み返していた。
認めて、たまるか。
少しでも延命するために、この拘束を引き剥がせ。
目を見開き、歯を食いしばる。
「本当に、君はなんなんだい?」
自分でもわからない。
ここまで命を賭ける意味を、疑問に感じてきた。
だが、コイツに勝つ。
最悪それさえ達成できれば、どうなってもいいと。
半ば自暴自棄のような反動が、頭からつま先の隅々にまで行き渡った。
手も足も出ないのなら、使わずに勝てばいいんだ。
何度も見てきたものがある。
必要なのは──自分の声だけでいい。
「ぎ、そぅ──」
握り潰されながらも、絞り出す。
僅かに作った隙間から、掠れ声が出た。
俺が知らぬうちに契約した悪魔。
もし、この世にある全てを偽装できるというのであれば。
「火葬、方陣──!」
モノだけでなく、能力すらも覆してくれ。
「な、に──?」
俺はフラメアを真似て、拳を握った。
周囲に炎の剣が無数に現れ、飛翔する。
ベルマンが躱わす暇なく、奴の体を貫いた。
正真正銘、完全な不意をついた。
「ぐっあ……はぁ……はぁ……!」
首から手が離され、重力に引かれるように落ちた。
成功した、まさか成功するなんて。
他人の契術を偽装できた……?
限界を超えたような感覚が駆け巡る。
酸素を急いで取り込め。
まだ終わっていない。何とか意識を保つんだ。
「……ガラティーン様の魔力を、破っただと?」
口から血を流して、俺を見下ろすベルマン。
痛みを感じていないのか?
ほとんど表情が変わっていない。
どう見ても致命傷を与えたはず。
まさか、これでもダメだと?
「これしきのことで終わるとでも──」
「いいや、終われ。今度こそな」
ベルマンが俺に手を伸ばそうとした瞬間。
奴のこめかみを、飛んできた炎の短剣が貫いた。
フラメアの放った、最後の一撃だったのだろう。
魔法学を専攻する、長身の教師。
学年主任であり、爽やかな優男。
誰にでも微笑む優秀な魔法使い。
帝国を裏切った魔神の眷属は、ついに崩れ落ちた。




