47話「偽装看破」
焦げ臭い地下空間へ降りてきた。
男を殴り飛ばしたのは、その直後だった。
「な、なん──君はだれだ!?」
「ん? あれ、ベルマン先生じゃないですか」
暗がりでよく見えなかったが、その男は魔法学教師のベルマンだった。
彼がなんでここにいる?
この異常事態に駆けつけてくれた?
「……って、いうわけでもなさそうだな」
ガイゼフを仲間として接する言動。
地下へ降りる時に聞こえてきた、あの邪悪な笑い声。
状況的に、彼が俺の探していた魔神関係者なのか?
予めガイゼフに偽装していたおかげだ。
ベルマンの警戒心を欺き、俺の右アッパー攻撃はクリーンヒット。
人を殴れば案外スッキリするという、禁断の発見をしてしまったが。
「……教師に手をあげるとは、どこの生徒だい」
「お互い様でしょ。教師が生徒になにしてんだ」
ブーメランを正確にキャッチして返す。
それにベルマンはギロリと睨んできた。
今は制服姿だが、俺は生徒じゃない。
勘違いしているのならそれでも構わないけど。
「お前……なんでここに……」
フラメアはなぜか宙につるされていた。
俺の登場に心底驚いたような顔をする。
肩や足から血が垂れ出ていて痛々しい。全部ベルマンにやられた怪我なのか?
「きゃっ──」
見上げていると、彼女を拘束していた闇が消えた。
その拍子にフラメアの体がこっちへ倒れ込んできて、
「おっと。大丈夫か?」
すかさず受け止め、そっと支えてあげた。
彼女の顔が肩にのしかかってくる。
「な……離れろッ!」
「ぐへぇ!? つ、突き飛ばさなくてもいいだろ!」
強く胸を押され、フラメアから距離を取られた。
露骨に嫌がられると傷つくぞ。
てっきり動けないほど怪我をしているのかとおもったが、この様子なら肩を貸す必要はなさそうだ。
「よくもあたしの前に出てこれたもんだ。あの時のこと、忘れたとは言わせねぇぞ!」
そう言って敵意剥き出しの構えをしてくる。
窮地を救った相手にひどい言いようだな。
なにもそこまで警戒しなくても。
「……あぁ。あの時ね」
食堂の時を思い出した。
こうして顔を合わせるのはそれ以来になるか。
あの時は全力で逃げ回って撒いた。我ながら迂闊な行動だったと反省している。
そういえば、学園にいる理由を説明していなかったな。
彼女はきっと誤解したままなんだ。
俺はまだ『不法侵入した挙句、堂々と高級学食にありつく正体不明の旅人』……?
「待て待て! 俺は親切な救援。つまり君の味方なんだ!」
誰でも警戒するな。そんな奴。
自分で振り返ってみて、怪しさ満点なことに今さら気がついた。
「証明できる? できなきゃ焼く」
さらっと言うのだから怖い。
レイネと似た波長を感じた。
「それはぁ……できないけど! ほら、魔神の眷属を倒すためにやってきたんですよ! 誓って正義側!」
「……魔神の眷属?」
そうだ。ここにいる理由はひとつだけ。
学園に忍び込んだ目的は最初から決まっている。
「帝国で悪巧みを働く輩のこと。──アイツみたいな」
俺とフラメアは、共通の敵の方へ向き直った。
魔神を殺すための前段階。
眷属を倒して力のつながりを断つ。
そうすれば魔神は弱体化し、討伐がより簡単になるとレイネは言っていた。
今度こそ当たりであってほしいものだ。
「他人に成りすます契術……はは、そうか。クロイツ君の報告にあった『邪魔者』か」
ベルマンはゆっくりと体を起こしていた。
殴られた頬を撫で、髪を乱雑に掻き上げる。
「眷属であることもバレていると。いやはや、時間をかけすぎた。何事も丁寧にやろうとするのは私の悪い癖だね」
自分の失態をおかしそうに笑った。
魔神の眷属であることは隠そうとしていない。
首に手をかけ、だるそうに回している。
何をしてくるかわからない。
だから、細心の注意を払って──
「取引しよう」
「……とりひき?」
彼はそれを端的に持ちかけてきた。
何でもない、世間話をするかのような軽さ。
穏やかなその笑顔は、学園で何度も目にしたものだった。
「君たちを見逃す。代わりに、君たちは制御魔道具を差し出すんだ」
取引というより脅迫じゃないか。
殺されたくなければ降伏しろと?
「命の保証と交換。悪くないだろう? 私の優しさを、大人しく受け取ってくれると助かるな」
言い換えれば、最後の警告だ。
これを断ることは殺し合いの合図と同じ。
とはいえこの取引が成立するはずもない。
ベルマンの目的は知らない。
だが、制御魔道具を守るべきだと直感できた。
「……ふざけるな。あたしは許さないぞ。絶対に父上とルシアンの仇を取ってやる!」
フラメアはそう言い放つと、空中に炎の剣を出現させた。
メラメラと燃え盛る炎剣。
餓狼の森で魔物を一掃した記憶を蘇らせる。
当然、取引は応じない。
身の危険が晒されるのは承知の上だ。
じゃないとここに来た意味が……?
ルシアン? どうしてアイツの名前が出てくる?
「うーん、それは賢明とはいえない。馬鹿な弟とそっくりだ」
ベルマンは呆れた様子で首を振る。
落ち着いた口調とは裏腹に、嘲るような言い方だ。
「っ、それ以上……喋るな……!」
「彼も自業自得さ。クロイツ君に余計な火をつけたからね。そのせいで悲惨な末路を辿ったのに、姉弟揃って滑稽なのはどうなんだい?」
あからさまな挑発だった。
そして、思い至るエピソードがある。
悪いがルドに火をつけたのは俺だ。
それに、
「なあ。なんで勝手に殺してるんだ?」
「……うん?」
俺は一歩前へ踏み込み、待ったをかける。
「ルシアン死亡説を唱えるのは勝手だけどな。確定させるにはまだ早いだろ」
まるで過ぎたことのように話していたものだから、つい口を挟んでしまった。
「ど、どういうことだ? ルシアンは生きてるのか!?」
「ルシアンには頼もしい護衛がついてるんだよ。上手くいけば返り討ちにしてる……はず」
「本当だな!? ほんとうに……!」
泣く子も黙る雷少女──レイネさんを舐めるなよ。
剣士斬りが襲来したら、彼女が戦ってルシアンを守る。
負けたらおしまいだ。幸運を祈るのみ。
「ところで君は、誰なのかな? 目障り極まりないのだけど」
眉間を寄せ、ベルマンは心底嫌そうな顔をした。
彼にとって俺は『邪魔者』らしい。
だったら邪魔するしかないだろう。
「偽装。オーバーキャスター」
こういうのは初手で決まる。
俺の場合、二言口にするだけだ。
アイツに代わってしまえば全て解決するのだから。
「取引は、同じ土俵に立ってからやるもんだぜ」
黒霧が現れ、新しい体はすぐに馴染んでいく。
契術の反動はない。むしろ好調だ。
通常通り機能し、魔力とおもわれる光が溢れる。
「たった今──対等じゃなくなった」
「なっ!? お前は、手配書にあった顔の……!?」
その過程を見ていたフラメアは、目を見開き、たじろいでいた。
「……驚いた。白い髪と青の瞳。まさかクロイツ君が戦ったという、騎士紛いの男かい?」
「ご名答。同一人物だよ」
「なるほど。どうりで探しても見つからないわけだね。そうやって姿を変えながら過ごしていたとは」
反対に、ベルマンは口では言いつつも、さほど驚いてはいなかった。
冷静に見定めるような目を俺に向けてくる。
「もういいだろ。お前は俺にやられて、終わりだ」
グダグダとやるつもりはない。
腰の剣に手をかけ、すぐに抜けるよう構えた。
ベルマンは魔法使いだ。
魔法を使うには、まず詠唱する。
アルタか、ヴェルトか、エルダか。
どれを使うにせよ、予備動作が必要だ。
俺が動くべきはそれを見せた瞬間だろう。
「偽装……つまり君のその姿は、ハリボテというわけか」
「あァ?」
ベルマンは顎に手を当てて、笑みを浮かべた。
「どうだろうな。確かめてみるか?」
「偽物如きが偉そうに。契術を自分の才能だと思い込むその傲慢。本物の魔法をもって、気づかせてあげよう」
「ハッ! 上等。叩き潰してやるよ」
先手必勝だ。魔法を使う前に動けばいい。
そうやって無駄話を続けていろ。
侮ったことがお前の敗因になる。
地面を踏み締め、俺は剣を引き抜こうとして、
「は?」
その瞬間。
違和感が身体中を駆け巡った。
──偽装が解けた。
何が起きたのか理解できない。
視界には、また黒い霧が見える。
俺の姿は元の制服姿に逆戻りしていた。
力のない一般人、曇雨晴に。
「……え?」
意味がわからない。
オーバーキャスターはどこにいった?
俺の契術、俺の経験値が見当たらない。
引き抜こうとしていた剣は消失した。
鎧とマントも消え、湧き上がる力を感じない。
敵に対抗する術が、この一瞬ですべて無くなっている。
「あ」
頭が真っ白になり、あらゆる細胞は硬直した。
そんな明らかな隙。
ベルマンは動いていた。
俺が困惑していた間に、魔法を発動させたらしい。
鋭利な石礫が、高速で迫っていた。




